212 校外学習その7
午前中の体験講義で出された課題は、結局どこの班も時間切れ。
今週末までに学校へ提出する課題となった。
さらにあの後、カオス化した我が班が提出できるかどうかも疑わしい。
体験受講が終わってから、五十嵐教授が退室。
俺達生徒は、各班毎で決めた昼食をとる事になっていて移動が始まった。
長谷川からの話だと、うちのクラスにも弁当持参の班があるらしい。
弁当組のために大学側が空いている教室を用意してくれている。
屋外でもエリアが指定されていて、そこで食べてもいいらしい。
我が班は、どうせなら大学の食堂で味わいたいと、全員一致で大学内の学食だ。
俺達も食堂へと移動を始めた。
列の後方に並んでいた俺は、くいっと美咲から服を引っ張られる。
何か話でもあるのだろうかと、残ったのが間違いだった。
何の気なしに、太一達に先に行っておくように伝えた。
学食の場所は分かっているので、後から追いかければいいやと安易に考えた。
それも間違いだった。一人になるんじゃなかった。
「ごめんねー。後ですぐに行かせるから」
美咲は先に教室を出た太一達に手を振り、カラカラと入り口を閉める。
扉を閉めた途端、美咲は全身から禍々しいオーラを放った。
「美咲、ど、どしたの?」
思わず声が上ずる。
「わからない?」
うわ、目が据わってる。
振り返った美咲の目が危険な目になっている。
「どうして響ちゃんとあんなにくっついてたのかな?」
この状況はやばい。
今までに散々体験している俺の危機だ。
「え? いや、俺の意志じゃないし」
「その割には嫌がってなかったけど?」
ずいっと一歩踏み込んでくる美咲。
それに対し、俺は一歩後ずさる。
「美咲も見てたなら分かるだろ。困った顔はしてたでしょ?」
「普段からそうなの?」
美咲はずずいっと、また距離を近づける。
俺は斜め後ろへとまた下がる。
距離を取らないとまずい。
すでに美咲の射程距離内だ。
「え、そんなこと――――無い」
俺の脳裏に学校で愛と響にくっつかれたことが思い浮かぶ。
「今、嘘言った!」
速攻でばれた。
美咲の上半身がゆらっと動く。
やばい、あの動き。いいかげん見慣れたあの動き。
俺を襲うときに見せる動きだ。
咄嗟に、教室から逃げようと扉側へ足を向けたのも間違いだった。
瞬時に首に美咲の腕が絡まり、きゅっと締め上げられる。
何、この素早い完成されたルーチンワーク。
そして耳元に響く、いつもの台詞。
「おしおきだああああああっ!」
「ぐああああああっ!」
定番と化しつつある展開だが、おかしい。
ここは大学で、俺は校外学習でここに来ただけだ。
先ほどまで体験受講していた教室での惨状。
何故、俺が美咲に首を絞められなくちゃいけないんだ。
「デレデレと~、私にはデレないくせに~」
「ぐああああああっ! 落ちる、落ちる! 美咲落ち着け!」
まだ完全に極まっていないのが救い。
かろうじて抵抗できている。何とか解除してもらおうと足掻く。
だから後ろから首絞めたら、背中に柔らかいものが当たるってば。
「うるさい。人前であんなにイチャイチャして、恥も外聞も無いの?」
「美咲待てって。俺のせいじゃないだろう!」
「またそうやって人のせいにする。明人君がしっかりしてれば、そういうことも起きないの!」
俺のせいなの?
これはやばい。なんとかここで落ちるの避けたいぞ。
何か、何かないか――――無い。
「美咲、落ち着け!」
「無理!」
その時、カラカラと入り口の扉が開いた。
入ってきたのは先に行ったはずの響だった。
「……美咲さん、何をしてるんですか?」
響が俺と美咲の姿を見て、首を傾げて問いかけてくる。
見てわかるだろ。恒例のお仕置きだよ。
「えーと、お仕置き?」
何で語尾に『?』がつくんだよ。
そのまんまじゃねえか。
「そうですか。お仕置き中申し訳ないです。私の班も食堂を利用するって太一君に言ったら、一緒に行くことになったんです」
それで迎えにきたのか。
「明人君がいないと私が寂しいので、連れて行っていいですか?」
俺がいないと寂しいとか真顔で言うなよ。
どう返していいか分からないだろ。
「え、う、うん。いいよ」
美咲は、手を離して俺を開放して答えた。
結果的に響に助けられた。
でも、美咲にやられた理由って、お前がくっついてきたせいなんだよな。
感謝していいのか、微妙な気分だ。
「それと太一君が美咲さんもご一緒にって言っていましたよ。よろしければどうですか?」
「私は大丈夫だけど、いいの?」
美咲はそう答えて、俺を見る。
俺が頷くと、美咲も頷いた。
「じゃあ、一緒にお願いします」
響は振り返ると右に行こうとした。
「響ちゃん、出口は左だよ」
素早くくるりと反転して戻ってくる響。
ほんの少しだけ頬が赤くなってるぞ、お前。
よく、この教室にたどり着けたな
俺と響、美咲とで、太一達の後を追い通路を進む。
響が俺と美咲の顔をちらちらと見てくるのだが、何だろう?
「響、さっきから何でちらちら見てんの?」
「――明人君、一つ聞いてもいいかしら?」
「何だよ?」
響はそう言った後、また美咲の顔をちらっと見た。
「……やっぱり、いいわ」
「何だそれ?」
響が何を言いたいのか、よく分からなかった。
教室のあった建物を出ると、右手に古い時計塔が見えた。
前に教習所に申し込み用紙を貰いに行った時に見えた物だ。
「これって随分古いけど、何か知ってる?」
横を歩く美咲に、時計塔を指差して聞いてみた。
「ああ、これね。設立当時からあるみたいよ。この大学のシンボルと言っていいかな」
「この大学って、設立したのはいつなんですか?」
響が時計塔を見上げて言った。
「私の入学した期がちょうど五〇期なの。入学した時、五〇周年がどうとか言われたし、イベント多かったよ」
五〇年以上もあるんだ。結構、長いんだな。
「でも、この時計塔。耐震対策がどうとかで、取り壊しの話も出てるって、教授が言ってたんだよね。あ、さっきの教授ね。もう反対運動があるとか、どうとかも言ってたような……」
今まであったものが無くなるのって、寂しいよな。
この大学を卒業した人には、時計塔に懐かしい思い出もあるだろうに。
それから、太一達が待つ学内の案内表示板の前へ移動。
我が班と、響達の班が一緒になって待っていた。
太一と長谷川が困った顔をしていた。
川上と柳瀬が口論しているようだ。
何を揉めてるんだ?
「川上ー、やっぱ、カフェっしょ?」
「えー、和食がいい」
「せっかく大学来たんだから雰囲気味わおうよ」
「ご飯が食べたい」
どうやら、場所で揉めているようだ。
女子に任せていた話だったが、まだ決まってなかったのか。
俺と太一は女子の意見に付き合うつもりだった。
「まだ、決まってないのね?」
響が川上らに聞いた。
「東条さんはどっちがいいと思います?」
「こちらの美咲さんにお奨めを聞いてはどう?」
響は美咲を指し示すと、皆の視線が美咲に集まる。
美咲は指折り数えながら、お奨めを教えてくれた。
「学生の間で人気はメニューが豊富なカニタ食堂、中華なら包々《パオパオ》、カフェならブーンかな。私は包々のチャーハンが好き。値段はどこも安めだよ」
「この人数でもいけますか?」
「全然、平気だよ。それぞれ広いから」
男子、女子、それと美咲にも参加してもらって、多数決の結果カニタ食堂になった。
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