20 子供と大人7
「俺、最初店長の事誤解してたけど、いい店長ですよね」
「ああ、店長格好がだらしないからね。口調もああだし、動きも緩慢だから誤解は受けやすいだろうね」
春那さんが言うのは、俺が初めて店長を見たときの印象をそのまま言い当てていた。
「もしかして店長って、ずっとあんな感じだったんですか?」
「私の知る範囲では変わらないね」
自分の過去を見ているのか、春那さんは少し遠くを見ているように見えた。
さっきから美咲さんが無口なのが気になる。いつもなら、俺の発言に絡んできても良さそうなのに、そこにいる美咲さんは、何だか目が虚ろになっているようにも見えた。
「美咲さん? どうかしたんですか?」
「え、何にも無いよ? バーベキュー楽しみだなって思ってただけだよ」
声をかけると、何かを誤魔化したような気がしたが、深く追求するのも気が引けたので、そのまま流す事にした。
「美咲は食いしん坊だから、当日、目を離すとお肉無くなるぞ」
「ちょっと! 春ちゃん。私そこまで食いしん坊じゃない」
「いや美咲さんも春那さんも、スタイルいいからそんなに食べないような気が」
「あら、私これでも着やせするタイプなのよ? は! 明人君もしかしてデブ専?」
「いや! それ絶対違うから!」
何故俺の会話から、その方向性に打ち出せる。
「おやおや、明人君はお世辞上手だね。私の太っているここ見てみるかい?」
春那さんはそう言うと、自分の豊か過ぎる胸を指しながら言った。
「ちょちょちょ、どこ指して言ってるんですか! そこ胸じゃないですか」
指された春那さんの胸を見て、心臓を中心に体全体が熱くなっていく。
顔から火でも出たんじゃないかと思うくらい顔が熱い。
「春ちゃんが言ったら、エロいから駄目! 私より、おっぱい大きいからって、自慢しないでよ」
美咲さん頼むから、おっぱいって単語は言うな。その単語は、初心な青少年が聞くだけで余計に恥ずかしい。
美咲さんの申し立てに、春那さんは悪びれることなく、
「育っちゃったものは仕方ないだろう。男に揉まれたからか?」
そう言うと、春那さんは自分の豊満な胸に手を当て、もにゅもにゅと揉んだ。
揉まれた胸は、沈み込む指を見るからに、柔らかそうなのと同時に弾力性がある事を示していた。
うん。そろそろ限界です。鼻血が出そうなくらい顔が熱い。目線が胸に釘付けです。
「もー! 春ちゃん! 明人君には刺激が強い! 明人君もどこ見てんの!?」
「おや? すまない。明人君わざとだわざと」
春那さんはニヤリと笑うと悪びれもせず言った。
「か、勘弁してください」
ただでさえ、美咲さんの暴走で精神的に疲れるのに、春那さんのは、精神的にも肉体的にもダメージが蓄積する。恋愛経験すらまともにない俺には刺激が強すぎる。今夜は眠れない夜になりそうだ。
「はは、美咲も明人君もからかい甲斐があって楽しいね」
俺は美咲さんが難儀な性格をしているのは、この人の影響を受けたと確信した。
この人と一緒に暮らしていたら、突然キャラチェンジする暴走位、可愛いような気がする。
前に、この美咲さんと暮らしているなんてすごいなと、尊敬の念を覚えたが、それは間違いだったようだ。
「うん。でも明人君を見て安心した。美咲が気に入ったのもわかるよ」
春那さんは笑いながら、美咲さんの頭を撫でそう言った。
撫でられてる美咲さんは、気持ち良さげな顔をしている。
「ところで明人君、君童貞だろ。いつでも来なさい、相手するよ?」
俺への攻撃はまだ終わってなかったのか!?
「春ちゃあああああああああああああん!」
美咲さんは、さっきまで撫でられて大人しくなってたのに、火がついたように怒って言った。
「冗談に決まっているだろう。美咲も真剣に取るな」
美咲さんの怒りを静めようと、肩をぽんぽんと叩きながら、平然と何事も無かったかのように、笑って言う春那さん。
春那さん……あなた俺を苛めに来てるでしょう?
もう何か春那さんを見る、自分の目が恥ずかしくて耐えられなくなってきて、ああ、生まれて来てごめんなさい。
春那さんは俺らを見て『ふっ』と軽く笑うと嬉しそうに
「今度からここにオーナーが来る時は、一緒に来る事になったから」
それを聞いた美咲さんは、嬉しそうに飛び上がって、春那さんに抱きついた。
「やった! 春ちゃん、またここに来てくれるんだ」
やれやれといった顔で、春那さんは美咲さんを抱きとめ、
「オーナーと一緒だから、長い時間じゃないけど来れるよ」
美咲さんの頭を撫でながら、優しく笑って言った。
この二人の間には、一緒に暮らしている事だけでなく、何か固い絆があるような気がした。美咲さんは旧知の間柄と言っていたが、それだけでは説明できない事がこの二人から感じ取れる。何だか羨ましい気がした。
美咲さんが春那さんから身を離すと、春那さんはてんやわん屋での昔話をしてくれた。
今年の三月まで約三年間ここで働いていた事。その間にいたアルバイトの人達との話や店長や高槻さんに非常に世話になった事を掻い摘んで話してくれた。
今度の日曜日にやるバーベキューに参加できる事は、懐かしさもあってとても嬉しいようだ。
「まだ、私をここの一員で置いてくれているようで私は嬉しいよ」
春那さんはしんみりと俺達に微笑みかけた。
「春ちゃんは、私にとって家族と一緒なんだし、ここに来たって問題ないよ。オーナーと一緒に仕事してるんだから、ここの一員だよ」
美咲さんは自分の事をよそ者のように言う春那さんに、ムッとした顔をしながら言うと、
「ははは、美咲が家族だから余計に気を使いそうだよ」
からかうように笑って言ったが、その目は美咲さんに感謝しているように見えた。
「さて、ところで明人君。美咲との進展はどうかな?」
俺をちらりと見ながら、春那さんは真顔で急に聞いてきた。
「はい?」
言ってる意味がわからない。美咲さんも目が点になっている。
「若い男女がこうも同じ場所で同じ時間を過ごしているんだ。お互い気になってるんじゃないか? 私は心配してるんだよ。美咲は顔はいいのに男の影が全然見えなくて、大学でもおとなしいらしいし、そんな時に明人君の話を美咲の口から耳にしてね。私はね、期待してるんだよ」
春那さんは本当に、美咲さんの事を心配しているような顔で言っているが、俺は美咲さんを恋愛対象として見た事も無いし、想像ですら考えたことも無いから、どう答えていいか分からない。
「春ちゃん! 明人君はただの一緒のバイトの子だよ? まだ高校生だよ?」
美咲さんも我に返ったのか、慌てて赤面しつつも異を唱えていた。
「いやいや、歳の差なんて関係ないよ。要はお互いの気持ちだ。それに一昨年まで美咲だって高校生だ。美咲は大学生なのに、私から見たら成長してるように見えないぞ?」
美咲さんの物言いなどまるで戯言を返すように言う。
「あの、俺そういう風に考えたこと無いんですけど。そ、そりゃ美咲さんは綺麗だと思いますけど」
俺の申し立てに何故か美咲さんが睨んできたので、ついお世辞が口に出た。
「ふむ。そうか、まだそういう気持ちは無いのか。美咲もそんな感じだな。私の思い違いにしておこう。それは残念でもあるが、私にとってはチャンスか」
言いながら顎に手をやると、俺の全身を値踏みするかのようにじっと見つめてきた。春那さんは何を伝えようとしているのか、俺には理解できない。
「私は年齢なぞ気にしないぞ? 自分で言うのも何だが体はいい感じに仕上がっている。どうだ? 今は男もいないしな」
そう言いつつ真剣な表情のまま、自らを指差した。
すいません。全く考えがまとまりません。俺は今何を言われてるんでしょうか?
俺、春那さんに口説かれているのか? こんな美人に誘われているのか?
「ほ、ほへえええええええええええええ?」
俺は自分でも驚くほど素っ頓狂な声があげていた。
美咲さんはまるで蝋人形のように俺を見つめたまま硬直している。
俺がなんと答えるか見定めようとしているようにも見える。
俺がどう答えていいかわからずにしていると、
「ふふ、冗談だよ。二人とも本当にからかい甲斐があるな」
春那さんはおどけて言い、俺と美咲さんは全身の力が抜けた様にカウンターに突っ伏した。俺達は、春那さんの手の平で遊ばれていただけのようだ。本気と冗談の境目が全くわからないから対応できる気がしない。
「まあ君達が仲良くやっていける事に期待しているのは事実だ。これからも美咲をよろしく頼むよ。帰り道の騎士さん」
そう言って春那さんは軽くウインクした。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。