207 校外学習その2
下駄箱のある中央入り口の前に集められた生徒達。
順番にバスへと移動していく。
我がB組は早い順番でバスに乗車していく。
乗る座席は、各班ごとで座る。
順番に乗っていくが、中でちょっと揉めている。
どうやら補助席に誰が座るかで揉めているようだ。
今回、五人一組で一つの班。
座席は補助席をあわせるとちょうど横一列に並んで座れる。
俺のクラスは奥から順に一斑から座っていくことになっている。
俺達は八班なので、一番最後に乗車だ。
提出した順に班が確定したので、たまたまそうなった。
担任の菅原先生がバスに乗り込み、さっさと座るように指示を出す。
どうでもいいから早く乗せろ。
待ってるほうの身になれと言いたい。
次第に座席が埋まっていき、俺達が乗る順番になった。
柳瀬はバスに酔いやすいからと窓際を希望した。
川上は通路側でもいいよと承諾。
二人で並んで座るつもりだろう。
まあ、二人は仲がいいので、その方が自然だ。
となると、男子同士で座った方が自然だよな。
太一もそのつもりだろうと思ってみてみると、太一は長谷川の顔を気にした様子で見ている。
太一と視線のあった長谷川は、太一に「私、補助席でもいいよ」と言った。
川上、柳瀬、それと俺達に気を遣ってのことだろう。
それだったら、俺が窓際か。
長谷川が真ん中だと、俺、太一、長谷川、川上、柳瀬と並ぶのが自然だと思う。
太一と長谷川は古い付き合いだ。俺の横に座るよりいいだろう。
長谷川の声に、太一は間髪いれず手をバツにして言った。
「お前すぐ酔うから駄目だ。補助席は俺が座る」
「千葉ちゃん、大丈夫だって。昨日だって帰りのバス平気だったでしょ」
「行きは酔ってたじゃねえか」
「大丈夫だもん。多分……」
「もう弱気になってんじゃねえか。お前、窓際な」
――ん? それだと俺の横になるんじゃないの?
「長谷川と俺、ほとんど接点無いから、太一が横の方がいいだろ?」
「いや、いいよ。補助席狭いじゃん」
「そっちの方が俺は気を遣わなくていいんだけど?」
「いいのかよ?」
「少しの時間だ。たいしたことじゃねえよ」
渋々、太一は俺に補助席を譲った。
俺はいいから長谷川に気を遣ってやれ。
「やっぱ二人怪しいよね」
「同意する」
俺の後ろで川上と柳瀬が何やらはしゃいでいる。
相変わらず、ゴシップネタが好きな二人だ。
「どっちが受けだと思う?」
「千葉君でしょ」
「同意、同意。でも逆もありよね」
「ありあり」
聞こえてきた内容は耳にしたくない内容だった。
てっきり、長谷川と太一の話していると思ったのに。
美咲のお姉さんが喜びそうな話だった。
それはともかく話し合いどおり、長谷川、太一、俺、川上、柳瀬の順番に座ることになった。
俺達が座った席の前に、担任の菅原先生と、副担任でもある水戸先生が座った。
水戸先生は四十代半ばのベテラン教師である。
科目は現代国語を担当している。
我が高校では若い先生が担任につき、ベテラン教師は副担任としてサポートする。
ベテランでもある水戸先生は学年を跨ぎ、副担任をしているのだ。
一年B組、二年B組、三年B組の副担任が水戸先生の担当だ。
各種行事のときに引率が多く必要な場合には参加している。
菅原先生が生徒の数をチェックし、水戸先生に報告。
はいはいとにこやかな顔で答える水戸先生。
相変わらず温和な感じである。
バスの扉が閉まり、バスはゆっくりと動き出す。
バスの中は、段々と生徒達の話し声でうるさくなっていく。
チラリと長谷川を見ると、ほんの少し青白い顔をしていた。
酔ったらどうしようと思いがあるのだろう。
傍から見ててもそんな感じに見えた。
こういう時は話しかけた方がいいような気がした。
「そういや、昨日はどこに行ってたんだ?」
「んあ? ああ、総合会場行ってた。――なあ?」
「う、うん。昨日は文化会場でイベントがあって」
「イベントって何の?」
「写真の個展だよ。名前なんつったっけ?」
「千葉ちゃん、もう忘れたの? マリセだよ。女性写真家のマリセ」
マリセ……聞いたことが無い。
「それほど有名人じゃないよ。でも、その人の作品が好きなの」
「こいつ、本人に弟子にしてくださいって言ったんだぜ。びっくりしたわ」
「それで、弟子にしてもらえたの?」
「駄目だった。高校生だって言ったら、卒業してからおいでって言われた」
ちょっと残念そうな顔で答える長谷川。
「へー、じゃあ、いんちょと千葉君デートしたってこと?」
横から川上が興味津々に顔を突っ込んでくる。
「具体的に聞きたいね」
柳瀬も窓際の席からにやにやとした顔で聞いてくる。
「で、デートじゃないよ。一人じゃ、心細いからついてきてもらっただけ。ね、千葉ちゃん」
「千葉ちゃん言うな。長谷川の言うとおり、勘ぐるような事じゃねえぞ。なあ?」
長谷川も太一も手をふりふりと、やんわり否定する。
「えー、そうなの? 仲いいし、結構お似合いだと思ったんだけど」
川上は、あわよくばくっついちゃえと言わんばかりに追撃する。
まあ、確かに太一の長谷川への対応は、仲がいいように見える。
俺への対応に似てるな、と俺自身が思ったくらいだ。
「なに、もしかして、委員長も木崎君みたいなのがいいとか?」
柳瀬が俺の顔をちらっと見ると、長谷川に聞いた。
「木崎君?」
そういわれて長谷川は太一越しに俺の顔を覗き込んで、
「ないな」
ぼそりと言った。
お前、今すっごく真剣に言っただろう。
地味に傷ついたぞ。
いや、そりゃあ、最近ちょっともてすぎだと思ってるよ。
愛とか、響に好きって言われて、調子に乗ってたかもしれない。
嫌われたわけじゃないだろうけど、ちょっと悲しくなった。
しばらく、バスの中では川上と柳瀬のコンビの長谷川と太一いじりが続いた。
そのおかげか、目的地である清和大学に入るまで、長谷川がバスに酔うことは無かった。
正門から入ってバスが停車。
降車すると、前に外から見た大きな時計塔が見える。
時計塔のある建物はやはり歴史があるのか、近くで見ても古びた感じだ。
「高校より全然広いね」
川上がキョロキョロとしながら柳瀬に言った。
「これ、迷子になる人いるんじゃないの?」
柳瀬の言った言葉で、脳裏に響が浮かぶ。
あいつ、やばいんじゃないか?
そんな不安が胸をよぎった。
それから、俺達は大きな講堂へと引率された。
うちの学校の体育館より広い。
バスケットコートが3面くらい取れそうな広さだ。
講堂には俺たちのためにパイプ椅子が並べられていた。
1班から順に前から座っていき、俺ら8班は後ろの席についた。
ここでグループ分けと 簡単な説明を行うようだ。
数人の教授と思しき人に連れられて、若い集団が入ってきた。
その中で、一人俯き加減な見慣れた顔がいる。
美咲だったのだけれど、そこにいるのは俺の知ってる美咲じゃなかった。
その表情はとても不安そうで、人の目をすごく気にしているように見えた。
陰鬱そうな表情で、美咲の綺麗さを台無しにしているようだった。
いつも見る、人懐っこい明るい美咲はそこにいない。
目立たぬよう、隅の方に立ち、なんとなくだけどビクビクしているような。
美咲は俺達生徒の方へ、ちらっ、ちらっと視線を飛ばしては、また俯く。
ちょっと落ち着きも無い感じだ。
もしかして、俺たちを探してるのか?
俺たちは8班だから後ろの方に並んでいる。
美咲は気づいていないようだ。
ここにいる事を知らせる方法が何かないだろうか。
考えていると、先生らが大学の教授ぽい人に挨拶している。
一人の女性が一歩前へ足を進め、講壇の前に移動した。
「起立」
水戸先生は、そのタイミングにあわせて号令をかけ、みなが従う。
「礼」
「「「おはようございます」」」
女性は俺達の挨拶を聞いてにっこりとして話し出す。
「はい、おはようございます。ここで教授をしている五十嵐といいます。本日は我が清和大学へようこそ。ゆっくりと見て色々学んでもらえると嬉しいです。今日は君達に在校生がアシスタントとしてつきますので、質問等あれば彼らに。では、今後の説明をしますので着席して下さい」
「着席」
これチャンス。
俺はわざと余所見をした。
みんなが席についたのに、一人だけ講堂を見回しているように見えただろう。
「こら、木崎早く座れ!」
「すいません!」
菅原先生から注意され、声を大きめにして謝る俺。
ちらりと美咲の方を見ると、俺と目が合った。
そこには俺の知っている美咲の顔があった。
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