206 校外学習その1
月曜日。
今日は校外学習の日。登校自体は同じ時間。
いつもと同じ時間に学校に着いた俺は、駐輪場で俺を待つ愛の姿を見つけた。
愛は俺を見つけると、嬉しそうな顔をして頭を下げる。
駐輪場のいつもの場所に自転車を入れると、
「おはようございます。土曜日はお世話になりました」
愛は俺に近付き、また頭をペコリと下げて言った。
「おはよう。それは別にいいけど、身体の具合は大丈夫なの?」
「はい。昨日も一日ゆっくりしてましたので、もう全然大丈夫です」
愛の顔を窺っても、確かに顔つきもいいし、調子が悪そうには見えない。
「病み上がりだから無理したら駄目だよ?」
「はいっ。ところで今日は本当にお弁当いらなかったんですか?」
「うん。今日は校外学習の班で大学の食堂にいく予定なんだ」
「そうなんですか」
愛はちょっと残念そうな顔をした。
今日の昼食は各班ごとであるならば、大学内にある学食を利用していい。
清和大学には三つの食堂と二つのカフェがあるらしい。
川上と柳瀬がぜひ利用したいというので、わが班は利用することに決まった。
そうなると、弁当はいらなくなる。
その事を愛に伝え忘れていたのを、美咲と分かれた帰り道で思い出した。
昨日の夜、アリカに連絡をとった。
弁当の件もあるが、愛の様子を聞きたかったからだ。
本人でも良かったのだが、寝ていることを考慮した。
遅い時間だったから、まずはメールで確認。
するとすぐに返事がきて、電話に切り替えさせてもらった。
「悪いな、こんな夜遅くに」
『平気。まだ勉強してたし』
「余計に悪かったな。愛ちゃんに用事があってさ。明日の弁当いらないって言いたかったんだけど」
『だったら愛に直接かければいいのに』
「いや、寝てるかなって思って」
『なんであたしに?』
「いや、お前だったらまだ勉強しているだろうなって。伝言だけでもお願いしようかと思ってな」
『まあ、ちょうど切りがいいところだからいいけど。ところでさ――』
まあ、こんなやり取りのまま、試験勉強のはかどり具合やバイト先での世間話になってしまい、気が付いたら、家に到着するまでアリカと話してた。
『香ちゃ~ん。さっきから誰と話してるの? 笑い声うるさいんだけど』
『あ、ちょうど良かった。ほら、あんた出なさい。明人だから』
『ちょっ、なんでもっと早く呼んでくれないの? もしもし、愛です。昨日はすいません――』
とまあ、こういう経緯で愛には今日の弁当を断ったのである。
二人で並んで下駄箱に向かって歩いていると、後ろから声をかけられる。
「明人君、愛さん、おはよう」
この声は響だ。
くるっと振り返ると、今日は頭にシンプルな黒色のカチューシャをつけている。
「響さん、おはようございます。土曜日はありがとうございました」
愛はぺこりと頭を下げて響に挨拶と礼を言った。
「響、おはよう。カチューシャつけるなんて、珍しいな」
前に見たのはファミレスで待ち合わせした時か。
「あら、気付いたの? 一応はちゃんと見てくれているのね」
さすがにそれぐらいは気付くぞ。
今日は先週のような居心地の悪い空気ではなく、平和に並んで下駄箱までたどり着く。
まあ、普通はこれが当たり前なのだろうけど。
下駄箱で愛と分かれ、俺と響は中央階段で二階へと進む。
階段を上りながら、響と今日の校外学習の話。
結局、響は寄せ集めの班に入ることになったらしい。
これを機会に仲良くできればいいのだけれど。
とりあえず、班の男子とは目を合わせないようしていると聞いた。
期待は薄いか。
「非常に面倒くさいのよ」
「伊達眼鏡とかでも駄目なのか?」
「もう実験済みよ」
そんな簡単なものじゃないのか。
自分が固まらないだけに、ちょっと分かりにくい。
「それじゃあ、また」
「ああ」
二階に来たところで響はE組へ、俺はB組へと足を向ける。
B組の教室に入ると、仲良しグループは集まり雑談し、一人で携帯をいじっている奴もいる。
いつもの教室と変わらない。
だが、今日の俺の状況が少し違った。
「木崎君、おはよう」
「木崎君、おはよー」
俺が教室に入ってきたのを見た川上と柳瀬が近付いてきたのだった。
また、何かあったのか?
「ああ、おはよう。どうした?」
俺が聞き返したのに、二人の方がきょとんとしている。
「今日は一緒に行動するんだし、挨拶しただけだよ」
「真面目な顔して、どうしたって聞くから一瞬びっくりした」
いつもと勝手が違うから俺が身構えすぎただけか。
気をつけよう。
「すまん。また何かあったかと思った」
「実は心配性?」
「ちっちゃいな」
小さい声で何かボロクソ言われてる。
お前らが俺に近づくときは、いつも何かあるからだろうが。
「ところで、今日はお弁当じゃないでしょうね」
「ああ、ちゃんと今日はいらないって言っておいたから」
「よしよし。柳瀬はカフェの方いきたいって言ってるんだけど、私はご飯が食べたいだよねー」
「女子で決めていいよ。俺と太一は付き合うから」
付き合いの良い太一のことだから、それで問題ないだろう。
俺がそう言うと二人は、今日のしおりを読み直している委員長の長谷川深雪のところへ移動していった。長谷川は今日のしおりを読むことに集中してたのか、川上と柳瀬に声をかけられた時、びっくりして身体を大きくびくっとさせていた。どんだけ集中してんだ。
それを横目に自分の席に荷物を置いて、椅子に座る。
俺の視界で、川上と柳瀬が長谷川に身振り手振りで話す。
川上、柳瀬、お前ら矢継ぎ早に言うんじゃなくて、もっとゆっくり順番に話せよ。
長谷川は話す相手の顔を見るから、首がせわしなく動きすぎて、落ち着きのない子みたいになってる。
まあ、楽しそうな感じで話してるから、まあいいか。
しばらくして、太一が教室内に入ってくる。
相変わらず遅いやつだ。
入ってくるや、太一の視線が教室内をさっと一巡したのが見えた。
太一の視線が長谷川たちのところで、一瞬止まり、それから俺の方へ視線を向ける。
いつもと変わらず、幼い笑顔で俺のところへと直進してくる。
「おーっす明人。今日よろしく」
「おっす。今、あそこで今日の昼飯話し合ってるぞ」
「ああ、その件ね。それはあいつらに決めてもらおうぜ」
「そう言うと思った」
予鈴が鳴って、担任の菅原先生がすぐに現れた。
席を離れていた生徒が自分の席へと戻りだす。
「はいはい、出席取るよ。この後、簡単な注意事項言ったらバスに移動するからね。時間無いからさっさとするよ」
窓から外を眺めてみると、大きめのバスが五台、校舎前に並んでいるのが見えた。
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