205 Let's Study3
軽い休憩の後、美咲との英語の勉強は続いた。
数学は「教えるのは無理」と即答。
どうやら苦手らしい。
この間もアリカと勉強してた時にそんなことを言っていた。
本音で言うと、ちょっと逃げ出したい。
勉強嫌いじゃないけど、美咲のハイペースについていけない。
考える時間をくれないというか、俺には足りない。
美咲はこの方法でいつも勉強してたのだろうか。
そう考えると、頭の回転はかなり速い部類なのじゃないかと思う。
普段の美咲を見ていると、そういう風には見えないのに。
途中、店長が店の様子を見に来て、俺の勉強風景を見るや、
「面白いことやってるね~。俺もまぜて~」
面白がった店長も教師陣に加わった。
いいのか、おい。
美咲は参考書を持ち店長が教科書を持って、軽い打ち合わせを済ませる。
始まったのは、出題範囲にある女子と男子の会話文を読み上げ。
美咲と店長いわく、試験にするなら、ここが一番出そうだと意見が一致したようだ。
女子と男子の会話が続き、最終的に女子が男子にとある質問をする。
女子役を美咲が演じ、男子役を店長が演じていく。
読み上げが始まり、一言一句逃さぬように耳を研ぎ澄ます。
美咲が最後に質問したところで問題が提示された。
会話文の中にあるヒントから、英語の会話文と訳文をそれぞれ書くように言われる。
二人が織り成した英会話を思い出しながら、意味を考え、答えと訳文を記述していく。
出来上がった答えを、美咲と店長に見せる。
「明人君は親しい友人の質問に、こんな固い言い方で答えるのかい?」
店長が俺の書いた答えを見て、即座に返す。
「え?」
「会話文で答えを出す場合、訳文は口語体みたいに、もう少し柔らかく書かないと減点される場合があるよ」
身に覚えがあった。
一年の時に自信を持って書いた答えが減点された覚えがある。
担当教師に理由を聞いたら、店長と同じ事を言われたんだった。
俺、成長してねえ。
「明人君、微妙にいい答えだすから、余計にミス部分が目立つのよ。ああ、おしいとか、あと少しなのに~てのが多い」
「ああ、そうだねぇ~」
「それ、どうやって直すんですか?」
俺が真面目に聞くと、店長と美咲はお互いに顔を見合って、
「「感覚?」」
二人して真面目な顔で言った。
抽象的過ぎるだろ。
「感覚って……」
「いやいや、あながち間違いでもないよ~。英語なんて感覚みたいなもんだからさ」
「そうそう。英語なんて慣れる方が大事なんだから。とはいえ、明人君の答えは微妙にずれてるだけで、点数的にはいい感じの取れそうなのよね。選択問題は正解率高いし」
「ああ、そうだね~。80点台は十分いけるじゃないかな~。ちなみに今までの最高点は?」
「86です」
「それじゃあ、今回90点オーバー目指そうか~」
簡単に言う店長。
その数点が取れないから苦手だって言ってんだ。
横では美咲がウンウンと頷き、店長に同意する。
「特訓だね」
「だね~。君のお父さんからも頼まれてるからね~」
店長、頼むからそこで父親の名を出さないでくれ。
しかも、何でいつもの薄ら笑いじゃなくて、面白そうに笑ってんだ。
まるで英会話スクールのように、目の前で英会話が繰り返される。
言ってる意味が分からない事もあるけれど、追いかけるのに必死だった。
一回では聞き取れなかった部分も繰り返されることによって段々と聞き取れるようになっていく。
確かに慣れろだ。二度三度と聞けばさすがに覚えてくる。
立花さんが店長を呼びに来るまで、店長と美咲の教師タッグは続いた。
また美咲と二人。
また美咲からハイスピードな勉強を教わるのか。
心が折れそうだな、と考えていると、
「はい。今からはゆっくりやるよ」
「え?」
俺の考えを見透かしたように、にこっと笑って、手にした参考書をぺらぺらとめくっていく。
俺がノートに書いた間違ったところをゆっくりと解説し始めてくれた。
「――明人君は、ここの部分の文法を日本語的に解釈してるのよね。英語だと逆になるの」
美咲がノートを覗き込んだとき、髪が俺の前をかすめる。
ふわっと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
ああ、いつもの匂いだ。何か好きな匂いだ。
美咲のこれって、香水かなんかつけてんのかな?
「どしたの?」
美咲が急に俺の顔を覗き込んでくる。
近い、近い。
「い、いや、なにも」
「嘘だね!」
そんな某アニメみたいな言い回ししなくても。
目つきも怖いよ。
「いや、本当に何も無いから。てか、顔が近い」
言った途端、美咲の顔が真っ赤になる。
わずかばかり顔を引く美咲。
「もう、ふざけてたら駄目だよ?」
「はいはい」
「はいは一回」
「はい」
それからしばらく間違えたところの復習をして、今日は勉強を終えることになった。
これも美咲が「今日はもう止めよ?」と言い出したからだが。
とはいえ、閑古鳥の鳴く店内で何をすることもない。
急に手持ち無沙汰になった感覚。うーん、どうしよう。
横で美咲がぽんと手を打って声をかけてきた。
「ここからは切り替えて、どうすればアリカちゃんを口説き落とせるか二人で相談よ!」
「そんなもんいらんわ!」
「何故に?」
「何を真面目な顔で聞き返してんだ。一人でやってなさい」
そう返すと、美咲はぷいっとそっぽを向いた。
「ふーんだ。いいわよ。一人で妄想す……うへへへへへ」
言い切らないうちに妄想に入るなよ。怖いよ。
まあ、今日は軽い暴走だった。
☆
バイトが終わった帰り道。
いつもと同じように自転車を押して歩く俺の横に美咲が並ぶ。
明日は、美咲の大学へ校外学習で行くことになっている。
今はその話題が中心だ。
「教授に聞いたら、私達のところは、四つの班を受け持つって言ってたよ」
四班分といえば、クラスの半数を担当する計算になる。
俺のクラスだけでも、五人一組の班が八班ある。
学年全体で四十班にもなるのだから、妥当といえば妥当か。
「緊張するなー。明人君か響ちゃんのところだったらましのような、ましじゃないような」
「そればっかりは、どうかわからないもんね」
明日の校外学習。
美咲にとっては不安だろう。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。