204 Let's Study2
開業してからいつものようにカウンター内で雑談を始める。
いつも通り客がこないせいだが。
正確に言うならば、雑談を始めたというより、美咲からの質問責めの方が正解だろう。
愛とのデートが主な質問だ。
実質公園に行って飯を食ってぶらぶらと散歩しただけ。
俺自身これでいいのかと思うところもあったけれど、愛はそれでいいと言ってくれた。
話の流れで勉強を教えることになったことも言ったのだが、美咲がピクリと反応する。
「ふ~ん。それで愛ちゃんに勉強を教えることになったんだ。もう一回、首締めていい?」
「やめろ」
「どこでやるの?」
「学校が一番無難かなって」
「ってことは放課後とか?」
「うん、そう」
お互い集まりなおすとかよりも、学校の図書室や教室を利用したりした方がいい。
俺の都合で決めているけれど、部活も試験前は休みになるし、一時間程度なら問題ないだろう。
一時間で愛の学力を上げるのは厳しいかもしれないが。
「だらだらやるのは俺も苦手だし、一時間くらいで終わらせたいんだよね。バイトもあるし」
美咲はその事を聞くと何かを考えているような感じだったが「ふむ」とだけ呟く。
「明人君はどうなの?」
「何が?」
「勉強の方は大丈夫なの?」
「元々勉強嫌いじゃないから、普段もやってるし。成績落とすようなことはしないよ。とはいえ、不安が無いわけじゃない」
得意不得意で言うなら英語が苦手か。スペルミスがぽつぽつとあってよく減点される。
リスニングも苦手な部類だ。今は何とかなっているけど、油断はできない。
今日も英語を重点的にするために教科書と参考書も持ってきている。
「不安とかわかるよー。私も試験前とか、いつも不安だった。試験勉強とか懐かしいな。私も晃ちゃんにスパルタ教育されてたから」
「へえ、でもそのおかげで成績良かったんだろ?」
「二、三年生は良かったけど、一年生の時ひどかったもん」
「そうなんだ?」
「追試受けたこともある。それからだよ。晃ちゃんのスパルタ始まったの。ほぼ毎日、私の家で特訓」
何となく晃にとっては美咲の追試はラッキーな出来事だったんじゃないだろうか。
美咲と一緒にいる、いい口実になっただろうから。
「まあ、おかげでぐんぐん成績上がって、大学にいけるレベルまでなったんだけどね」
「結果オーライってやつだな」
「お父さんとかお母さん、むちゃくちゃ喜んでたもん。姉と違って勉強駄目だったから」
「お姉さんは勉強できたんだ?」
「うん。W大卒だよ」
「W大か。すげえ」
「でも、ほら。アレだから」
ああ、アレ。たしかBL作家とか言ってたな。
それだと、いい大学出てもあまり関係ないような気もする。
ちゃんとしたところにお世話になってるとも言っていたから、それなりに収入もあるのだろう。
それで食っていけるのは凄いと思う。
好きな事を仕事にできるのって憧れるよな。
「それ以外はいいお姉さんなんだろ?」
「うん、まあ、そうなんだけど」
美咲のその苦い表情はどんだけトラウマになってるんだ。
相当、酷い目にあったようだ。
「明人君、どうせお店暇だから勉強してていいよ?」
「うん。一応そのつもりで家から参考書持ってきたんだ」
「そうなの? その参考書見せて」
更衣室から参考書を持ってきて美咲に手渡すと、パラパラと参考書を見ていく。
今日持ってきたのは英語と数学の参考書。
俺が学校で使っている教科書に準拠した参考書だ。
「今回はどこが範囲なの?」
聞かれたので、範囲を指し示すと美咲はその部分をじっくりと読んでいく。
ふむ、と一声上げると俺の顔を見て、流暢な英語で話し始めた。
「Can you understand my English?」(私の英語が聞き取れる?)
「え?」
「Please answer in English」(英語で答えてね)
「いきなり無理だ!」
「おやおや、今のは簡単な部類だよ? これは駄目だね。よし、特訓だ」
「ええっ? マジですか?」
マジでした。
「I went that I stole eyes of mother and played.
After return, it will be angry at mother」
(私は母親の目を盗んで遊びに出かけた。帰宅後、母親に怒られる事になる)
美咲は参考書を見ながら、とある文章を読み上げた。
何となく聞き覚えのある内容。
「はい。では、今、言った部分を書いて訳してみて。1分以内」
「ちょ、早すぎだろ」
「明人君、試験はもう目の前なんだよ? そんな浮ついた気持ちじゃ駄目だよ?」
急いでノートに文章と和訳を書き上げる。
『I went that I stole eyes of mother and played.
After return, it will be angry at mother.』
(私は母親の目を盗んで遊びに出かけた。帰宅後、母親に怒られた)
美咲に見せてみると、俺の背後へと回って解説。
美咲は俺のこめかみに拳でグリグリとしながら答え合わせ。
「んー、単語は合ってるね。でも訳文は微妙に違う。これだと母親に怒られたじゃなくて、will beだから怒られることになるかな。この訳だとwasでないと合わないよ。焦ったね?」
言われて気づく単純な間違い。
「英語はまず耳に慣れること、それと文法だよ。単語も大事だけど、そっちより優先だよ。さあ、ひたすらやろうか。間違ったところは×にしといて後でもう一回復習ね。次、いってみよう。じゃあ、何故、母親に怒られることになったのか、理由が後で文に出てくるよね。それを口頭で答えてもらおうか」
美咲も結構スパルタだった。
客が来ない時間が続き、美咲から英語を教わり続ける。
結構な数をこめかみにグリグリとされた。
「ちょっと休憩しようか。明人君はイージーミスが多いね。それを無くせば高得点間違い無しだよ」
「俺、日本人だから、英語のない世界でいい」
身も心もボロボロにされて、出てくるのは弱音しかなかった。
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