202 愛とデート編5
新たな約束をさせられ、途方にくれる俺と無邪気に喜ぶ愛。
これからどうしようかと相談したところ、少しばかり早いが、戻って繁華街をぶらぶらしてから送っていくことで話がついた。
愛的に、試験勉強の面倒をみる約束を確保したので、今日は満足しているようだ。
清浜駅へてくてくと向かう、愛は俺の腕にしっかりとくっついている。
「それにしても、本当に多いですね」
「何が?」
「アレです」
愛が上に向かって指差した。
『2H休憩2900円~』と垂れ幕を降ろした洋風ホテル。
あまり気にしていなかったが、周りを見回すと、そんなラブホテルが乱立していた。
愛はぽっと頬を染める。
「明人さんが望まれるのでしたら、愛はいつでもお誘いに……」
空いた片手を頬に付けて恥らう。
「もっと自分を大事にしようね!」
俺は愛にそう言うと、さっさとホテル街を抜けようと、足早に進めていこうとした。
「あ、あれ?」
愛の足がもつれて、躓きそうになる。
「ごめん。急にペース上げちゃったね」
「い、いえ。大丈夫です」
周りのホテルを見ないように前へと進んでいくと、愛の息遣いが荒くなっているのを気付いた。
もしかして、春那さんと同じように肉食獣と化したのか?
そんな雰囲気が愛から感じる。
俺の腕を持つ愛の手が熱い。
――熱い?
「ちょっと愛ちゃん? 何でそんなに手が熱いの? 服越しでも分かるぞ」
「え、きっと明人さんにくっついているからですよ。さっきから、とてもどきどきしてますし」
「いや、手だけじゃない。身体もだ。熱あるんじゃないの?」
「大丈夫です。熱があるのは生きてる証拠です」
「いやいや、そういう事じゃなくてさ。ちょっとごめん」
愛の額を手で触ってみると、確かに熱い。
「これどうみたって、熱あるじゃないか。いつから?」
「ご、ごめんなさい」
「謝らなくてもいい。いつから?」
「朝からです。お薬飲んで来たので、さっきまで平気だったんですけど、効果が切れちゃったみたいですね。なんでしたら、そこに入って休憩したら治るかもです」
「馬鹿なこと言ってないで」
ふらふらとふらつく愛を支えて、駅へと急いだ。
駅の近くのコンビニで、スポーツドリンクと冷却シートを購入し、冷却シートを愛の額にくっつける。
「すいません。せっかくのデートが台無しに」
「いや、いいよ。とりあえず、この後すぐに家まで送るから。大人しくしてて」
「すいません……」
愛は目に涙を溜めている。
「いいかい愛ちゃん。身体の調子が悪いときはちゃんと言ってくれ。俺とのデートだからって無理しないで欲しい。デートくらい、いくらでもするからさ」
「本当ですか?」
愛がうるうるした目で問いかける。
「ああ」
「もう一回、言って下さい」
「ああ、何度でも言うよ。デートくらい、いくらでもする」
「嬉しいです」
愛はゴソゴソとポケットから携帯を取り出す。
『ああ、何度でも言うよ。デートくらい、いくらでもする』
俺の声が愛の携帯から流れ出る。
「この声を励みに頑張ります。約束していただけて嬉しいです」
「……いつの間に録音を」
熱があってもタダでは転ばない、
用意周到で得るものは得る性格の愛だった。
清和駅へと戻ったところで、アリカの携帯に電話した。
電話の呼び出し音が4回鳴って、アリカが出た。
『はい。愛里です』
「アリカか。明人だけど」
『何、どしたの?』
「愛ちゃん、熱があってさ。今日はもう帰すからさ」
『えーっ?』
『どうしたの?』
小さな声で、響の声が聞こえてくる。
「お前どこにいんの?」
『えっ? と、図書館よ』
「んじゃあ、ここから近いな。悪いけど合流してくれないか? 響もいるんだろ?」
『うん。いるけど。まあいいわ、すぐにそっちに行くね』
バスのターミナルで合流することにして、愛をベンチに座らせて待っていた。
時間が経つにつれて、愛はぐたっとなり、座っているのも辛そうだ。
アリカ達の合流を待っていると、総合会場からターミナルへの往復便が到着し、降りてくる客の中に太一と委員長の長谷川深雪を見つけた。
太一も俺達に気付き、二人とも近付いてくる。
「なんだよ明人。愛ちゃんどうかしたのか?」
冷却シートを額に貼って、ぐたっとしている愛を見るなり、太一が心配そうに問いかけてくる。
「熱があるんだ。アリカも図書館にいるから、合流したらすぐ家につれて帰る」
「愛ちゃん、無理しちゃったのか?」
「みたいだ」
「……ごめんなさい」
ボーっとした表情の愛は呟いた。
委員長の長谷川は愛に寄り添い、「大丈夫?」と心配げに見守ってくれている。
太一達が来てから五分ほどでアリカと響が現れた。
何故か二人は響がいつも送迎してもらっている車で現れた。
「明人、愛を乗せて。こっちの方が早いから」
「太一、長谷川サンキュー。俺ちょっと送っていく」
「ああ、お大事に」
「ゆっくり家で寝るのよ?」
長谷川は愛に声をかけると、愛は頷くだけだった。
愛を車の中に運び入れると、車は静かに走り出す。
太一と長谷川が心配そうに見送ってくれた。
後で礼を言っておこう。
車に乗ってアリカの顔を見た途端、愛はパタンと倒れこむ。
はあはあと熱のせいで息遣いも荒い。
「悪い。全然気付かなかった」
アリカに謝罪を口にすると、
「いいわよ。この馬鹿、熱あるのに潮風に――」
「アリカ!」
助手席に座る響が、アリカの口をとめるような勢いで呼ぶ。
「はあっ?」
アリカは両手をわたわたとさせて、「何でもない! 何でもない!」と、誤魔化した。
――やっぱり、ついて来てたのか。
さっき、図書館にいると言ったけど、図書館は駅の近くで徒歩で五分もかからないから、おかしいと思ってたんだ。
「――ばれたみたいね」
響がちらっと、後ろを見てくる。
「途中もいるって思ったぞ。そんな雰囲気が何度かあった」
「あらそう。だったら、この後どうなるかも分かってるのね?」
ゴゴゴゴゴゴゴ、と聞こえそうなほどの殺気が膨れ上がる。
「え?」
「誰が膝枕してもらっていいと言ったかしら? ねえ、アリカ」
「随分と鼻の下伸ばしてたっけ?」
愛に膝枕するアリカも、何故かゴゴゴゴゴゴ、と殺気を放ってる。
「愛を寝かしたら話があるから、ここで大人しく待ってなさいよ?」
「安心なさい。ちゃんと愛さんの処置を終えてからにするから」
走行中の車から飛び降りるの有りですか?
無事に愛を家へと返したものの、その後の響とアリカの仕打ちが待っていた。
「あー、すっきりしたねー」
「そうね。躾は大事だもの」
十数発の手刀が両脇に打ち込まれ、愛里宅前の路上で横たわる俺がいた。
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