200 愛とデート編3
何だろう、この感覚。
昼食後の心地よいまどろみ。愛に膝枕され頭を撫でられて心地よいはずなのに。
実際、心地よいのに、俺の心は不安を帯びている。
じわじわと圧迫するような気配のせいだ。
――――誰かに見られている。
いや、それどころか、殺意を感じていると言っていいかもしれない。
しかも、一つじゃない。複数の気配が入り混じっているような気がする。
気配が同一方向から来るなら探りようがあるが、消えては現れ、まったく別方向からも感じる。
この感覚には身に覚えがありすぎる。
最近でいうなら学校やてんやわん屋で味わった。
総合会場でも複数回味わった。
さらにその前はバーベキューをした時か。
俺の脳裏に背中に神を背負った三人の手刀使いが思い浮かぶ。
いるのか?
奴らのうち誰かがいるのか?
「明人さん。どうされました?」
俺の髪を弄びながら、怪訝そうな顔で覗き込んでくる愛。
「い、いや。このまま寝ちゃったらどうしようかなって」
「別にいいんですよ?」
ふふっと笑う愛。
それと同時に、右手の方から急激に気が上昇するのを感じた。
どこかにスーパー○イヤ人でもいるのか?
視線だけで探ってみるが、目に映るのは家族連れが遊んでいる姿だけだった。
くそ。もっと遠くにいるのか?
「愛ちゃん。もう一回聞くけどさ」
「何ですか?」
「アリカって今日、響の所に行ってるんだよね?」
「はい。二人でお勉強するって行きましたけど」
――怪しい。
あいつも響も、俺が愛とデートする事を知っている。
もしかして、俺が欲望に負けて愛に手出しするとか疑ってついてきてるのか?
響に関しては、学校でも殺意を俺に向けてきていた。
やばい。
もし、この予想が当たっているなら、この状況は俺の命に関わる。
「愛ちゃん。ちょっと色々耐えられないから、そろそろ行こうか?」
「ええっ?」
急に慌てたように顔を赤らめる愛。
「あ、明人さんがそう仰られるのなら」
立ち上がりシートをトートバッグの中に入れて片付ける。
「それじゃあ、行こうか」
「はい」
愛は何だかもじもじと顔を真っ赤にして、俯いたまま答えた。
俺は右方向に進み、愛は左方向に進んだ。
「「――あれ?」」
二人揃って振り返り、お互いの顔を見つめる。
「どこ行くの?」
「明人さんこそ、どちらへ?」
「どこって、この先の散策路でも歩こうかなって」
「――え?」
目が点になる愛だった。
「……そういう意味ですか。愛はてっきり――」
「てっきり?」
「ほてるに誘われたのかと」
「無いから!」
「いえ、耐えられないと仰るので、膝枕で欲情されたのかと」
「欲情してないから!」
「愛は覚悟を決めたのですが?」
「決めなくていいから!」
どうして、いきなり飛躍するの?
「残念です。いきなり、この連載も終わるのかと期待していたんですが」
「誰に言ってるの? てか、連載って何?」
肩で息するほどの疲労感と突っ込みまくれた満足感があった。
そんな俺を気にせず、愛がすすっと近寄ってきて、またぎゅっと抱きしめるように俺の腕を取る。
「では、お散歩いきましょうか?」
「……うん」
切替の早い愛だった。
海に近付いたからか、潮の香が一段と強くなった気がする。
松の木の並ぶ散策路を進んでいくと、防波堤と小さな灯台が見えてきた。
灯台の入り口付近までは、釣りが許可されているフィッシングエリアになっているらしい。
公園から灯台まで続く防波堤には、釣りを楽しむ人達が釣り糸を垂らしていた。
奥にある灯台には、近寄れないように柵が施されている。
「俺、釣りってしたこと無いんだよね」
「愛は、ここでパパと一緒にやったことがありますよ」
「へえ、面白かった?」
「面白かったですよ。一番大きいので、これくらいの鯵が釣れました」
愛が指で釣った鯵の大きさを示したが、お世辞にも大きいとはいえなかった。
「香ちゃんもやってたんですけど、その日は一匹も釣れなくて拗ねてました」
なんとなく釣竿をへし折ってそうな映像が思い浮かぶ。
あいつなら、やりかねないな。
釣りをしている人たちの邪魔をしないように、見て回る。
ふと、灯台に近いところに変なものが見えて、足が止まる。
アロハシャツ姿に角刈り、グラサン。見た目がやくざな感じの男。
その横に、スーツ姿の女性が、小さな椅子にそれぞれ腰をかけている。
二人は並んで釣り糸を垂らし、お互い何も喋らずに、まるで精神修行のような光景だ。
余りにもシュールな光景に、他の釣り人から距離を開けられている気がする。
「明人さん。どうされました? ――あれ? あの人……」
「……オーナーと……春那さんだ。……何やってんだ?」
まあ、見たとおり釣りをしているんだが、春那さん、まだ休みじゃなかったっけ?
見かけたのに声を掛けないのも、悪いような気がする。
一応、声をかけてみることにした。
「オーナー、春那さん。こんにちは」
「……よう」
「やあ、明人君。昨日は眠れたかい? 私は身体が火照って眠れなかったよ」
「明人さん、どういうことでしょうか?」
俺の腕を持った愛の腕に力がこもる。
愛の顔を見ると、目に黒い炎が宿っていた。ちょっと怖い。
「何にも無いから!」
「嫌だなあ、明人君。私のいやらしい姿を見ておいて」
嘘じゃないだけに否定しづらい!
「明人さん。どういうことでしょうか?」
「春那さん! マジで勘弁してもらっていいですか?」
二人に聞いてみると、春那さんはオーナーから釣りを誘われて、朝から同行してきたらしい。
何故にスーツかと聞いてみたら、一応、秘書見習いなので、正装してきたとのことだった。
TPO考えようよ。
「……デートか?」
相変わらず声も怖いな、オーナー。
「ええ、まあ、そうですけど」
「……彼女か?」
「い、いえ。違います!」
「そこは否定しないで欲しいんですけど?」
横で愛がぶつぶつと文句を言う。
「……楽しんで来い」
「私達に気にせず、二人で楽しんでおいでってさ。明人君、ホテルなら駅の西口にたくさんあるよ」
「そんな情報いらんわ!」
春那さんの笑顔に見送られて、俺達はその場を後にした。
「綺麗な人ですねぇ。ねえ、明人さん?」
言葉に棘があるような気がするのは、なんでだろう。
なにやら横でぶつぶつと言い出した愛。
「……これは計画を早めた方がいいような……」
「計画?」
「いえいえ、何でもありませんよ」
と、手を振って言うが、何だか誤魔化したように見えた。
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