199 愛とデート編2
――正午。
目的地である清浜公園にたどり着いた。
この公園は外周が3キロほどあり、散策路の他にジョギングコースも設けられている。
多目的広場にはバーベキューエリア、海に面した所にはフィッシングエリアなどもあり、利用者も多いようだ。
浜という名を冠しているが、海のすぐ傍にあるとはいえ、浜辺はすでに消失している。
浜辺は、戦後の開発によって失われたらしい。
名残なのか、公園内には松の木が散在していて、その脇にはベンチが設置されたりしている。
ここには小学生の頃、社会科の校外学習で来たことがある。
ほとんど記憶は残っていないけれど。
愛は、たまに家族でバーベーキューをしにくると教えてくれた。
松の木が散在する散策路を進んでいると、ときおり、潮の香が鼻腔をくすぐる。
散策路を抜けたところで、芝生に覆われた広い場所に着いた。
十分に野球ができそうな広さはあるだろう。
先客で遊びに来ている人達もいるようだ。
休日の家族サービスなのだろうか。
弁当を広げて仲睦まじく食べている姿も見える。
子供と一緒にサッカーボールを追いかける人もいた。
少し前の俺なら、目を背けたくなる光景だっただろう。
俺の腕をしっかりと抱え、愛がキョロキョロと見回している。
どうやら食事をとる場所を探しているようだ。
先に食事をとるつもりなのだろう。
他の利用している人達から、すこし離れた平坦な場所で、愛がここで昼食にしましょうと言った。
愛が持ってきたトートバックの中に、ビニールシートも入っている。準備がいい。
ビニールシートは二人が座っても十分な広さで、弁当を広げてもまだ余裕があった。
いつもの弁当箱とは別に、容器が二つ。
聞くと、いつもと一緒では寂しいので、おかずを別の容器にしたらしい。
まあ、美咲色つきの容器と違って、愛が用意したものなら安心できる。
弁当箱を開けると、彩も鮮やかにハートマークが描かれていた。
ハートマークには桜でんぶ、周りには鶏そぼろと錦糸卵で綺麗に飾られている。
面倒な手間を惜しみなく発揮してくれるのは、嬉しい限りだ。
おかずも野菜のベーコン巻き、鶏のあぶり焼き、野菜の煮付け、プチトマト、卵焼き、ほうれん草の胡麻和えと色鮮やかだった。見た目も、とても美味そうで食欲がそそる。
「今日はいつもより少し気合入れてます。――あっ! いつも愛情は満タンですよ?」
もう、この件に関しては、感謝以外の言葉がでない。
太一に爆発しろと言われても、仕方がないレベルだと自分でも思う。
愛はおかずの中から、鳥のあぶり焼きを箸で摘み、手を添えて俺に差し出してくる。
「はい、明人さん。あ~ん」
「え、い、いいよ。自分で食べるから」
「食べてくれないんですか?」
愛のうるうるとした目に根負けした。
「……いただきます。あ~ん」
優しく口に運ばれた鶏のあぶり焼きをぱくりと口にする。
口の中にピリッと効いたスパイスと香ばしさが充満する。
だがそれと同時に、俺の背中にぞくぞくぞくと悪寒が走った。
思わず、その悪寒に周りを見回すが、変わったものは見られなかった。
「明人さん、何か変な味でもしました?」
「い、いや、美味しいよ。何か、……変な気配がしたような」
「そうですか?」
愛もキョロキョロと見回すが、特におかしな様子はないようだった。
俺の気のせいか。
せっかくの美味しい弁当だ。
気にするのはやめよう。
「愛ちゃんのは本当にご馳走だね」
「ありがとうございます。……ぴりおどつーこんぷりーと」
「なんか言った?」
「いえいえ、なんでもないですよ?」
食事中、疑問に思った俺は、何故、この公園に来たかったのか、愛に理由を聞いてみた。
すると――――
「人混みを避けたかったのもありますし、外の方が健康的で開放的な気分になれるじゃないですか」
まあ実際に、潮の香りや芝生と土の香り、身近な自然の中で俺自身ゆったりできている。
「開放的になったら、明人さんが野生に目覚めるかも。そうしたら、愛は受け止めます!」
しないから。変に期待した目を向けないで欲しい。
特に後半の台詞で、目を爛々と輝かせるのは止めてください。
屋外での昼食が終わり、まったりタイム。
弁当を片付けた後、シートの上に寝転がる。
視界に入る青空がとても気持ちがいい。
陽気な天気、緩やかな風、満腹状態の三点セットにまどろみを感じる。
そんな俺の姿を見て、横に座った愛はふふっと笑う。
「こうやってのんびりするのって、愛は好きです。まあ、明人さんのことは、もっと好きですけど」
顔が熱くなるから、ストレートな物言いは勘弁願いたい。
「明人さん、あの……」
「何?」
「また、その、愛の憧れていることしてみたいんですけど、お願いしていいですか?」
「どんなの?」
「ちょっと、失礼しますね」
愛の小さな手が俺の髪を優しく撫でた。
これが憧れ? なんだかくすぐったい。
「あの、……膝枕、いかがです?」
膝枕――――それ、やばい。
以前、俺と太一が、彼女ができたらして欲しい行為を話したことがある。
膝枕は、俺と太一の共通する、して欲しい行為の一つだった。
他にも、手料理を食べてみたいや、相手から積極的に腕を組むとか、ハグとかのスキンシップが欲しいとかいって、盛り上がったような気がする。
……今、考えると、愛は全部クリアしてるじゃないか。
「ちょっと、恥ずかしいんだけど?」
「駄目ですか?」
また、愛はうるうるとさせた目で、俺の顔を覗き込む。
ああ、俺ってば、この目に弱い!
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ」
身体をずらして愛に頭を寄せる。
愛が手で俺の頭を優しく支えてくれた。
ゆっくり頭を降ろすと、後頭部に柔らかいようで、弾力のある感触が伝わる。
服越しとはいえ、ほんのり愛の温かさが伝わってくる。
――やばい。思った以上に気持ちがいい。
俺の心臓の鼓動が、早くなったのを感じた。
膝枕された俺の頭を優しく撫でながら、愛は嬉しげな表情を浮かべている。
「何だかんだと、明人さんはいつも愛の憧れを叶えてくれますよね。愛、嬉しい」
そう言われた途端、少し胸が痛くなった。
愛が本当に憧れているのは、恋人同士のシチュエーションだ。
これが本物だったなら、愛の願いや憧れは完全に成就していただろう。
でも、今は偽物だ。
一方通行な愛の想いに、答えていない自分に罪悪感を感じる。
「また、そんな顔して……」
俺の髪を撫でながら、愛が微笑んで言った。
「今は、そんな顔を見せたら駄目なんですよ?」
「……ごめん」
「謝るのも駄目ですよ?」
愛は笑みを浮かべたまま、俺の頭をまた優しく撫でた。
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