19 子供と大人6
話をしていると裏屋に続く扉が開いた。
そこから店長とオーナー、そして一人のパンツスーツ姿の女性が入ってきた。
女性の髪は腰元まで届くほど長く、背の高さも店長と並んだ感じから察するに、俺よりわずかに低く、美咲さんよりも高い感じがした。顔つきも目つきが柔らかい美咲さんの綺麗さと違って、目つきが鋭くそれでいて妖艶な雰囲気をもった美人だ。同じ美人でも種類が違うといった感じで驚きだ。
手足も体付きも細く、スタイル抜群で美人しかも、乳がでかい。完全無欠じゃねーか。
「あ、明人。あの人だよ。俺が言ってた綺麗な姉ちゃん」
太一が俺にそっと囁いた。そうか、この人の事を言ってたのか。
「春ちゃんがどうしたの?」
その声が聞こえたようで、美咲さんが俺達に聞いてくる。
「春ちゃん? あの人が、春那って人なんだ?」
話には何度も出ていたが、実物を見てとんでもない生物が存在することを知った。
「明人君こんちわ。美咲ちゃん、オーナー帰ってきたよ~。おや彼は?」
店長は俺に挨拶をした時に、視界に入った太一を見て顔を傾げた。
「……甥だ」
うは、久しぶりに聞いたけど。オーナーの声やっぱ怖い。
「あ~、彼が千葉太一君ですか。明人君連れてきてくれたんだね」
「あ、いえ。本人が俺に言ってついて来たんです」
「あ、こっちも紹介するね。こちら以前ここで働いていた牧島春那さん」
そう言うと、横に立っていた牧島春那を示した。
「牧島春那だ。美咲から少し聞いてるよ。よろしく明人君」
何か男みたいな口調だけど、なんて落ち着いた声なんだ。大人って感じがものすごくする。何だろう。美人だと言うこともあるけれど、すごく気後れするというか、緊張するというか、まともに目が見れない。
春那さんはそんな俺を見て、クスっと笑うと、そっと俺に近づき耳元で、
「緊張しなくてもいいぞ。明人君、後でいい事、教えてあ、げ、よ、う、か?」
いい事って何だろうと思う前から耳どころか、全身が熱くなるのを感じた。
「てええええええい! 春ちゃん! 明人君困ってるでしょうが!」
割って入ってきたのは意外や意外、美咲さんだった。
「おや? 残念。美咲が明人君のりがいいって言うから試したのに」
試されてたのか。危険すぎるから止めてくれ。毛穴という毛穴が開きそうだったぞ。
「春ちゃんのは大胆すぎるの! 明人君ゆでたこみたいじゃない」
ゆでだこって、俺そんなに赤いの?
「可愛いね。美咲が気に入るのもわかるよ」
「明人君もいやらしいこと考えたんでしょ?」
俺を睨みつけるように寄ってくる。
「ち、違います。あんな綺麗な人に近寄られたら誰だって赤くなりますよ」
はい、いい訳です。はっきり言います。これはいい訳です。
「何? 私だったらどうなのよ?」
美咲さん何か怒ってらっしゃるのでしょうか?
美咲さん、そんなに近寄らないで下さい。
「え? 美咲さんが同じ事したらですか? 同じだと思いますが……」
「罰です。ハグしなさい」
「ちょっと待てい! なんでハグなんだ!」
「なるほど……こういった反応するわけか。こりゃますます美咲が気に入るわけだ」
ふむふむと納得いったような顔で、春那さんは俺を見る。
いや、春那さん、こうなったのあなたのせいでしょ?
何を観察してるんですか?
「え~と。そろそろ本題に入っていいかな~?」
俺達のやり取りを傍観していた店長の一言で、美咲さんたちは我に返ったように落ち着きを取り戻した。助かった。さすが店長、恩にきます。
「すいません。話が全然進みませんね」
春那さんが申し訳なさそうに言う。
太一も俺達のやり取りを呆気に取られたのか、呆けながら眺めていた。
「太一君も呼んだ理由の一つでね。今度やるバーベキューに太一君も招待しようって事になったんだ。他の人達も家族が来るから、招待するのは太一君だけじゃないんだけどね」
「え? 何で俺招待されるの?」
「君がきっかけで、明人君が俺らの仲間入りしたからね~。オーナーの甥っ子さんだし、明人君も入って間が無いから友達が一緒のほうが気が楽かなと思ってね」
「はあ」
ちょっと意味が分からないよといった感じの返事をする太一。
「いきなり当日に呼ばれても困るだろうって事で、今日は身内が全員揃う日でもあるから、わざわざ来てもらったんだ。顔見せも兼ねてね」
「叔父さん。俺呼んだのって、顔見せの事だったの?」
「……この件だ」
「な、なんだ。それならそうと言ってくれればいいだけなのに。何かあるかと思って構えてたじゃん。」
太一よ。今少し声が上ずってたぞ? 気持ちはわかるがお前の身内だ。
「……別の話もある」
「え、そ、そうなの? 何?」
「……裏に来い」
太一……お前何やったんだ?
あのセリフって、お前この後コンクリ詰めでもされるんじゃないか?
だからこっち見るな。俺に助けを求めるな。
『俺、何かやった?』みたいな悲しい瞳をするな。後で骨だけ拾ってやる。
「と、ところで叔父さん。この間の電話と話し方が全然違うんだけど?」
太一この話し方聞いた事無いのか。電話だと違うってどういう意味だ。
「……変わらんぞ」
太一はどうやら頭を悩ませてるようだが、俺の知ってるオーナーは今と同じ話し方だから、何がどう違うかわからない。
「……太一ちょっと来い」
そういうとオーナーは踵を返して奥の扉に向かっていった。
太一は悲壮な表情を俺らに向けると、小さく手を振って『行って来る』とだけ呟いた。
オーナーと太一が裏の扉から出て行くと、店長は場の空気を変えようとしたのか、身振りを大きくし話し始めた。
「とりあえず、話進めるね~。バーベキューね、今度の日曜日が他の人達の都合がいいみたいなんだけど。明人君の予定はどうかなと思ってね」
なるほど、俺は他のバイトもしてるから俺次第って事なのか。
「あ、その件でしたら、日曜でも大丈夫です。俺バイトは、もうここだけにしようかなって考えてて」
店長と美咲さんは少し驚いたような顔をして、
「明人君はそれでいいのかい? 俺は、明人君が来てくれると助かるけどね」
店長は薄ら笑いを浮かべながら聞いてきた。
「俺は元々、毎日でもバイトできればよくて、日数稼げないから掛け持ちでやってただけですから。この事を店長に相談しようか迷ってたところだったんです」
美咲さんを見ると嬉しそうにしていて、歓迎されていると思うと俺も少し嬉しい。
「でも、俺まだ辞めてないからですね。世話になった人もいるんで、けじめは着けてきます」
「そうか。明人君がここに毎日来たいなら来ればいいけど。俺としては太一君とかね。彼ら友達との時間も取ってもらいたいと思ってるよ。そういう時は相談すればいいから」
店長は俺を諭すように優しく語り掛けてくる。
「はい、ありがとうございます。他のバイトは連絡が前日に来ることになってるんで、明日ちょっと時間貰って全部周って辞める事言ってきます。その後こっち来ていいですか?」
「ああ、いいよ~。明人君の用事が終わったら来たらいい。それじゃ、本題に戻すけど。日曜日にバーベキューは決定って事で。時間は店を夕方に閉めてからやるってことにさせてもらおう。美咲ちゃんもその方がいいでしょ? 」
店長は美咲さんを見ながら、話を振ったが、美咲さんは何も言わず頷くだけだった。
「おやおや、店長は相変わらず誰にでも優しいね。変わってなくて何よりだ」
春那さんが昔を懐かしむように言った。
「そんなこと無いよ~。俺もまだまだ修行中の身だからね」
店長は深い笑みを浮かべながら、いつもと同じ抑揚の無い声でそう答えた。
「んじゃ、俺はオーナーに話してくる。太一君もあの様子じゃ緊張してるかもしれないから助け舟出してあげないとね。春那君もゆっくりしていきな~」
店長は片手を挙げて、みんなに手を振ると裏の扉から出て行った。
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