1 少年A 1
世の中は働くことの目的は沢山あるだろう。
その目的は家族を養うためであったり、社会貢献であったり、夢のためであったりと、人それぞれに違うだろう。働く目的があっても、何も正社員という肩書きにこだわる必要はない。
今の世の中、一昔前なら終身雇用が当たり前だった時代と違い、雇用形態が大きく変化した世の中になってしまった。正規や非正規といった区分、派遣社員やフリーターと様々な職域が産まれている。俺の住む清和市でも同じだ。
俺もまた、目的をもって働く一人。
俺は清和台高校二年B組に所属する普通の高校生である。なので働くといっても、せいぜいバイトが関の山。部活は帰宅部で、部活に時間を取られるとバイトをする時間が少なくなり困るから、というのが本音なところだ。
4月現在、俺はとある危機感を抱えている。ここのところバイトのシフトが激減しているのだ。
原因は俺にもあるだろう。俺は複数のバイトを掛け持ちしていて、曜日がある程度固定されてしまう。そんな人間をバイト先も扱いづらいのか、段々と別の人に頼むようになってきて、お呼びがかからなくなっているのだ。減った分を取り戻さなくてはいけない。
そこで新たなバイト先を探しているのだが、これがなかなか見つからない。
アルバイトくらい幾らでもあると思われがちだが、正直なところ条件に合うものは限られる。
一昔前なら足りない人手を高校生でもいいからと補う店も多かっただろう。だが、今では非正規という存在が補ってしまっている。雇う側からしても、責任能力の低い高校生を選択するより、社会人を選択したほうがいいのは高校生の俺でも分かることだ。
俺がバイトのできる時間帯のものや、専門知識や技能がなくても、誰にでもやれる簡単な仕事の枠はほぼ食いつぶされ、手にできるパイが見えてこないのだ。
少ないパイを手に入れる簡単な方法は人脈だ。
人脈、コネはどの世界、どの時代でも有効な力だ。コネを持たない一介の高校生である俺は、自分で得られる限られた情報を駆使して立ち向かうしかない。
俺の年齢を考えるとまだ高校生だからバイトなどせずに、青春を謳歌すればいいと誰かは言うだろう。俺も青春を謳歌するのはいいことだと思う。やれるものなら、ぜひ、やってみたい。だが、俺にはその前に、どうしてもアルバイトが必要なのだ。
今の環境から抜け出すために。
☆
今日も無駄に長いHRにイライラしながら、今日もバイトのことを考えている。ようやく長いHRが終わり、担任が教室から出て行く。さっさと帰り支度をすませ、教室から出て行こうとする俺にとある男が声をかけてきた。
「おい、木崎! 帰るのはえーよ」
「あ?」
名前を呼ばれ振り返ると、幼さの残る笑顔を浮かべた千葉太一がいる。一年の時から同じクラスで、すぐ俺に絡んでくるお調子者だ。どうにも憎めない奴で、俺の事情を知っている唯一の親友でもある。
千葉はHRが終わって、今から漫画でも読もうとしていたのか、机の上には週刊漫画雑誌が置いてある。教室から急いで出て行こうとする俺に気付いて声をかけたようだ。
「まーたバイトか? 勤労少年」
別の奴が言うと嫌みに聞こえそうなのに、不思議なことにコイツが言うとそう聞こえない。
「あーそうだ、いつもどおりだ。じゃあな」
「あ、おい、ちょっと待て。時間取らせないから」
余り時間のない俺は無愛想に返し、足早に立ち去ろうとするが、俺の行動を千葉は止める。
やけに食いつくが大事な用事なのか?
普段なら俺が急いでいる時、千葉は止めやしない。
「五分で終わらせろ」
「お前バイト探してたろ? お前、や、ら、な、い、か?」
我ながら無愛想に答えたのに、千葉は全く気にしていないようだ。
言い回しがとてつもなく嫌な気分になったが、バイトの話はありがたい。
千葉にバイトの情報があったら教えてくれと言っておいたのも俺だ。
時給が安かろうが高かろうが、バイトを続けることの方が、今の俺にはとても重要な事だからだ。
話す機会なら昼飯を一緒に食べているのだからあっただろうに、どうせこいつのことだから忘れていて、急に思い出したに違いない。
バイトまで時間があまりないので、話は手短に済ませよう。
「どんなバイト? 短期? 長期?」
「バイト代は並みぽいけど、期間はわかんねーな。場所教えるから、面接受けてみろよ」
「だから何のバイトよ?」
「あー、中古品を扱ってる店だな」
「何の中古? ゲームか?」
「バラバラだ。リサイクルショップって奴だ」
「リサイクルショップか……」
「実際行ったら分かるだろ。どうする?」
バイトになるんだったら、何だって構わない。
「土曜のバイトは終わるの早いから、その後なら行けると思う」
「OK! んじゃ店に伝えとく。場所は――時間無いな。また今度にするわ」
教室の時計をチラリと見て、千葉はそう言った。
俺がこいつと友達でいられるのも、こいつの気遣いがおかげだと思う。
千葉に軽く「じゃあな」と挨拶すると、学校を後にしてバイト先に向かった。
☆
今日のバイトは卸会社での仕分けだ。
決まった区画に決められた物を分別する、頭のいらない単純労働だ。俺以外にいるのは、この作業の責任者と俺と同じくバイトの大学生だけ。少ない人数なので分担しようにも毎回総力戦になってしまう。救いなのが今日は重たい荷物が少なく、それほど苦労しなくて済んだことだ。
荷物を運びながら、千葉から聞いた事を考えていた。
千葉の言っていたバイトが長期だと助かる。
最近、不景気だか何だか知らないが、バイトまで人員整理がある。仕事が駄目でクビって理由ではなく、店自体がバイトを雇う余裕が無くなって、解雇されてしまうのが主な理由だ。
嫌な世の中だ。
今、手持ちのバイト先はここを入れて四つ。ここも毎回バイトが有るわけじゃなく、せいぜい週に二回。他の所のバイト先は必要な時だけ呼ばれたらバイトに入るって感じだ。
俺が希望する毎日でも来てもいいってバイトは、皆無に等しい。近くには、大学や高校も複数存在しているから競争率も激しいのだ。短期の募集があればいいのだが、そもそもそれ自体もあまり無い。
「きっざきくーん! 今日はこれで終わりね~」
一緒に荷物を運んでいた責任者の田崎さんが仕事の終わりを告げる。何でこの人は俺の名前に小さい『っ』を入れるんだろう。癖なんだろうか。些細な事が気になる。
「はい! お疲れ様でした!」
返事は元気良く。これはスキルだ。
バイトを長くやろうと思うなら、絶対の必修スキルだと俺は思う。
「また、来週頼むね~」
ニコニコしながら田崎さんは言う。
この人は家でも優しいのだろう。慌てた姿は見たことがあるが、怒ったり、イライラした姿を見たことが無い。
「お先に失礼します!」
帰り支度を済ませ、田崎さんらに挨拶して倉庫を後にする。時計を見ると九時三十三分、俺の家までは歩いて三十分程で着く。俺の移動手段は自転車なので、本当なら十分程で自宅に着ける。だが、帰路の時、俺はいつも自転車を押して帰っている。
家に帰るのを少しでも遅らせるためという単純な理由だった。
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