194 ドタバタらぷそでぃ4
困った生き物がいる。
誰と言うまでもなく美咲のことなんだが。
「……大学で爆弾を見つけたって通報すれば……」
それ犯罪だからやめなさい。
「……教授にお腹痛いですって言えば……」
小学生レベルの言い訳はやめなさい。
勉強を続けている俺とアリカの横でぶつぶつとよからぬことを企んでいる。
ちなみに俺とアリカは美咲を放置している。
これにも理由があった。
アリカが美咲を慰めようと近寄ると、「慰めてくれるアリカちゃんが可愛い過ぎる!」と言って、獣と化した美咲がアリカを襲ったのだ。油断も隙もあったものじゃないな。
アリカもアリカで無警戒に近付き過ぎだ。
それに助けなかったくらいで俺に八つ当たりしてくるのは、いかがなものかと思うぞ。
アイアンクローのおかげで、まだ頭が軽くズキズキしている。
まあ、その騒動のせいで今は二人して美咲を放置しているのである。
しかしながら、美咲の発言は突っ込みたくなることが多いので気になる。
気になっている俺に対し、アリカはまったく気にもしていないのか、黙々とシャーペンを走らせていた。
集中力が高いのか、それとも周りの雑音を気にしないタイプなのだろうか。
アリカは俺の視線に気付き、シャーペンを止め、俺を見やる。
「何? 何かわからないところあった?」
と、怪訝そうな顔。
「いや、お前、美咲さん気にならないのかなって思ってな」
「ああ、愛に比べたら全然ましよ。あの子すっごいうるさいから」
「勉強するのにうるさいの?」
「うるさいというか、悲鳴とか泣き言ね。あたしの部屋まで聞こえてくるし、すぐに乱入してきて大騒ぎするし。……あまりにひどいときは拳骨だけど」
ギュッと拳を握ってにかっと笑うアリカだった。
笑って拳骨はやめろ、怖いよ。
またそれぞれ勉強を再開。
正直、俺としてはアリカが隣にいて助かっている。
アリカは理数系は得意のようで、俺が分からなくなったところを聞いてみると丁寧に教えてくれた。
前に裏屋で仕事を教えてもらったときの事を思い出す。
あの時も、一つ一つ丁寧だった。
「――ってすると、解が出てくるの。ちょっと明人、聞いてる?」
「ああ、うん。今のは分かった」
「数学も結局、公式の暗記ばっかりだから、それさえ覚えてれば大丈夫だもんね」
「それが難しいんだけどな」
俺がそう言うと、アリカは「あんたも愛みたいなこと言うわね」と、くすっと笑った。
ふとアリカは思い出したようにひそひそと話しかけてくる。
「……そういえば、愛との件はどうなったの?」
「明日、待ち合わせしてぶらぶらする予定。どこ行くか、はっきりと決まってないんだけど」
「へー、行くのは行くのね?」
「ああ、約束は約束だしな」
「今日は帰ったら大変だわ……。多分あの子狂喜乱舞してるかも」
想像できるだけに笑えない。
「この間みんなで遊びに行ったのと違って二人だろ。どうしたもんかな?」
「何? あんた、愛に何かしようっての?」
眼つきが怖いよ、お前。
「あほか。そんなことするわけないだろ。間が持つかなって」
俺がそう答えると、アリカは指で髪をクルクルと巻きながら口を開く。
「……好きな人と一緒にいられれば幸せなんじゃない? 変な事考えずに普段どおりしとけば?」
何でそんなにしみじみ語ってんだよ。
変に説得力があるのは気のせいだろうか。
「そんなもんか?」
「……多分」
「うふふーのふー。何をひそひそ話してるのかなー?」
にゅっと俺とアリカの間に顔を割り込ませてくる美咲。顔が近いって。
あれ? 気のせいでしょうか。とても見覚えのある笑顔がそこにある。
――絶対零度の微笑み。背中をゾクゾクとしたものが通り過ぎる。
「私をぼっちにして、アリカちゃんとひそひそ話だなんて私に挑戦してる?」
「いや、そうじゃないって」
「明日、明人が愛とデートするからその話してたんですよ」
「へー、そうなんだ――って、なにそれ?」
ぐいっと俺の襟首を掴み、ギラリと睨みつけてくる美咲。
「明人君、私そんな話聞いてないよ?」
ぐいっと引き寄せられる。
美咲の目が血走っていて、とても怖いんですけど。てか、顔も近いから。
「ま、前に言ったでしょ。デートの約束したって」
「明日するなんて聞いてない!」
「美咲さん……明人から聞いてなかったんですか?」
アリカがぼそっと余計なことを言う。
おいおい、火に油を注ぐな。
「ああ、そう。私に内緒でデートしようとしてたんだ?」
「いや、内緒にするつもりなんてないし、今日言おうと思ってたし」
「んじゃあ、なんですぐに言わないの?」
「初っ端から沈んでたから言えなかっただけだって!」
「そんな事どうでもいいの!」
俺の襟首を持つ手に力がこもってくる。
あれ、マジで怒ってる?
慌てたアリカが俺らの間に割って入ったが、美咲は店が閉まるまでむすっとしたままだった。
アリカは裏屋に引き上げる時も美咲のことを気にしていたようだ。
しかし、美咲に話す機会が無かったとはいえ、何でそこまで怒るんだろう。
☆
バイトが終わり、いつものように二人で帰路へと進む。
いつもなら何かしらの会話をしながら帰るのだが、今日は美咲が沈黙したままだ。
確かに美咲に言ってなかったのは俺が悪いような気がする。
ここはちょっと謝っておこう。
押している自転車を止めて、美咲に声をかける。
美咲は虚ろげな目で俺の顔を見ている。
「ごめん。ちゃんと美咲に言わなかった俺が悪い。気を悪くしたなら謝る。明日、前に話してたデートを愛ちゃんとすることになった。この間遊びに行った時に改めて約束したんだ」
「……それが明日になったの?」
「うん。土曜日休みになっただろ? バイトが休みだったら行くって約束したんだ。約束は約束だからさ」
「……わかった。一つだけお願いしていい?」
美咲は俺の袖を引っ張りぐいっと俺を引き寄せると、
「水族館だけは絶対行ったら駄目だからね」
小さく囁いた。
「絶対だよ。わかった?」
「う、うん。わかった。約束する」
いつだったか二人で話した水族館の話。あれを美咲は覚えていたんだろう。
あの時は「いつか一緒に行こうね」と何気に言っているものだと思っていたけれど、美咲にとっては約束に近いものだったのかもしれない。
そうだ。それに美咲とキスしかけた時も水族館の話をしていたときだった。
『明人君と二人で水族館行きたかったの!』
そう言った時の美咲の表情に俺は吸い込まれそうになったんだった。
また美咲の歩調に合わせながら歩き始める。
幾分だが美咲の表情もましになっていた。
「美咲、あのさ……」
「……何?」
「明日は無理だから。この次の土曜日、お互い休みだったら行かないか?」
「え?」
ぱちくりとした表情で俺の顔を見詰める美咲。
「水族館にさ、二人で行こうよ。リニューアルオープンしたって言ってたろ」
「え、え、えと。それって?」
「前に言ってただろ? 一緒に行こうって、OKもらえるかな?」
「い、行く。絶対行く! 承ります!」
美咲は俺の袖をがっちりと掴み、こくこくと頷きながら言った。
「それじゃあ決定。もし休みじゃなかったら二人が休みのときに行こう」
そう言うと、美咲は俺の背中に回って後ろからギュッと抱きついてきた。
「嬉しい。ちゃんと覚えてた。いつか一緒に行こうねって言ったの覚えてた」
気恥ずかしいけど、こんだけ喜んでくれるなら言って良かったかな。
お読みいただきましてありがとうございます。
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