193 ドタバタらぷそでぃ3
いつのまに休憩を終えて更衣室から出てきてたのか。
俺と目が合うと、美咲はひょいと頭を引っ込めた。
ちょうど美咲が引っ込んだ辺りから小さい声が聞こえてくる。
『……ぶつぶつ……おのれ……あとで……お仕置き』
「ちょい待て!」
カウンター越しに覗き込んでみると、ブツブツ言ってる美咲がいた。
「……なによ。私が休憩中をいいことに、アリカちゃんといちゃついてたじゃない」
「普通に勉強してただけだろう! なあ?」
横にいるアリカに同意を求めようとしたら、何故か顔が真っ赤になっていた。
「……お前、なに顔を赤くしてんだよ?」
「べ、別に赤くなんかしてないし!」
ぶんぶんと首を振るアリカ。
美咲は立ち上がり、カウンターの中に入ってきた。
少し不貞腐れた感じがするが、何となく後が怖い。
「勉強って……試験近いから?」
美咲はカウンターの上にあった数学の教科書を手に取るとパラパラとページをめくる。
「うわー、懐かしいなー。私も晃ちゃんとよく試験勉強したっけ。……あ、あれ?」
パラパラとめくっていく度に美咲の表情が戸惑った顔になっていく。
「……こんなのやったっけ?」
ずいっと教科書を顔に近づけて、汗をかいて引きつっている美咲。
美咲って頭良かったはずだよな?
もしかして、もう忘れたの?
「美咲さんって、大学生ですよね?」
「う、うん。多分」
アリカの問いに曖昧に答える美咲。
いや、多分じゃねえよ。そこは、はっきりしとこうよ。
「普段、勉強してないんですか?」
「ほ、ほら、大学って数学とか授業が必ずあるってわけじゃないし。私、数学関係の講義取ってないし」
つうっと頬に汗が流れるのを見逃さない。
これ、相当自信ないな。ちょっと追求してみよう。
「前にちらっと聞いたけど、大学で何やってんの?」
「勉強に決まってるじゃない」
「あたし美咲さんを見てると分からなくなるんですが」
「二人ともひどい! これでもちゃんと勉強してるんだよ?」
美咲は俺とアリカの冷たい視線を受けて必死の剣幕だ。
ちょうど大学の話も出たから、美咲の大学に行く話をしておこう。
「そういえば俺、来週月曜日にみさ――美咲さんの通ってる大学に行くんだけど」
ふう、危ない。
アリカの前で美咲って呼び捨てしそうになった。
「へ? 何しに?」
俺の顔を見て素っ頓狂な声をあげる美咲。
「学校の校外学習。大学を見学するみたい。講義とかも受けるって聞いたよ」
聞いた途端に美咲は顔を青ざめた。
「が、学部は?」
青ざめた顔で冷や汗をだらだらとかきながら、美咲は聞いてくる。
何をそんなに焦ってるんだ?
「いや、学部って言われても。たしか現代の教育がどうとか言ってたけど」
美咲がドタンと音を立てて崩れ落ちた。
「お、終わった……」
青ざめた表情で呟く美咲。
肩が震えている。
「ど、どうしたんですか?」
アリカが心配げに美咲に声をかける。
「い、いやあ、何も無いよ。うん。何も無い。ところで明人君」
美咲は立ち上がり、俺の肩にポンと手を置いた。
俺を見る美咲の目が怪しい。
瞳の奥がぐるぐる回ってる。
「月曜日に生理痛で学校休むってのは、どう?」
「俺は男だ」
「じゃ、じゃあ、出産の立会いとか」
「誰の出産だ」
「ま、孫が来るとか」
「ますますおかしいだろ」
言ってることがめちゃくちゃだ。
「……美咲さん、もしかして、その講義に参加してるとか? ……見られたくない?」
アリカがぼそっと呟いた。ぎくっと固まる美咲。
アリカに顔を向けるが、その動きはさび付いた機械のように、ぎこちなかった。
何事もなかったかのように装いたいのだろうけど、身体は正直だ。
「そうなの?」と聞いてみると。
「い、いやあ。そ、そんなことないけど。その……評価くれるって言うからお手伝いを……ただ、恥ずかしいというか、どうしようというか…………明人君どうしよう?」
俺に聞くな。
話を聞いてみると、教授から体験講義の話が出され、アシスタントを募集されたらしい。
この教授は、鬼の課題を出す人らしく、評価を貰うのが厳しいようだ。
アシスタントをする代わりに評価点を無条件でくれるというのが報酬だった。
その評価を当てにして希望者が殺到したが、抽選の結果、美咲と他二人が選ばれたのだそうだ。
美咲いわくあれは強制だったと言っているが、その辺はよくわからない。
「てっきり、どこかのゼミかなんかの体験講義だと思ってたのに。来週の月曜日で間違いないんだよね?」
「うん。月曜。俺らも分かれて受けるみたいなこと言ってたから、会うとは限らないんじゃない?」
「会ったらどうしてくれる?」
いや、どうもこうも何もないだろう。俺だって授業の一環なんだし。
逆にこっちが色々やられるんじゃないかと、シミュレーションまでやったわ。
「アシスタントの内容は?」
「当日に言うって……教授は言ってた」
これは推察するに、高校生からの質問を現役の大学生である美咲たちに答えてもらうつもりなのではないだろうか。
「私、大学だとここと違うから見せたくないの~」
よよよと、しなを作って泣き真似をする美咲。
楽しそうだな。
なんとなくだけれど、月曜日の校外学習は、高確率で美咲と鉢合わせするような気がしてきた。
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