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帰路  作者: まるだまる
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192 ドタバタらぷそでぃ2

 美咲に軽い暴走があったものの、あの程度なら挨拶代わりみたいなものだ。


 店長と交代して俺は一人、店番をしている。

 美咲は珍しく「もうちょっとだけ休憩していく」と言うので更衣室に置いてきた。

 普段から一〇分程度ではあるが、休憩を交代でとることもある。

 店長がたまに気遣って来てくれた時は二人揃って休む場合もある。


 一人ぽつんな店番。店は相変わらずの閑古鳥。

 駐車場を見ても客や車の影すらない。


 どうしようか。あまりに暇だ。

 いつもなら美咲と雑談したり、絡まれたり、精神的に疲労させられたり、襲われたりしている。

 また、それに慣れてきている自分がいる。

 つまらないことを考えても時間は進まない。早く美咲出てきてくれないかな。 


 美咲が暴走したときの時間は早く感じられるのに、美咲が休憩の時は時間が長く感じるのだ。

 客が来れば、まだましなのだろうけれど、こうも暇だと生きた置物にでもなった気分だ。

 ぼーっとしていると、裏屋からエプロン姿のアリカが手に鞄を持って現れた。


「よう」

「よっ」


 お互い手を上げての挨拶。


「なに、ぼーっとしてんのよ?」


 暇なんだよ。見たら分かるだろ。アリカがエプロンをつけてるってことは今日は表で勤務か。

 俺が裏にでも行くのだろうか。


「美咲さんは?」

「今、休憩中だ」

「こっちも暇そうね」

「こっちもって、裏屋も暇なのか?」

「そうなのよ。暇すぎて前島さんは何か作り始めちゃったし、高槻さんも趣味ごと始めちゃった」


 いいのか、それで。


「前島さんの手伝いしなくてもいいのか?」

「あたしが手伝えるレベルじゃないもん。邪魔なだけよ。今日はこっちでいいわ」

 

 アリカはカウンターに入って俺の横に座った。

 鞄の中から辞書みたいな分厚い本を取り出しパラパラとめくり始める。

 本の表紙には『基礎から学ぶ電気工学』と銘打ってある。

  

「勉強か?」

「うん。どうせ暇だし、少しでも足しにしようと思って」


 アリカが本をパラパラと捲っていく。

 ちらりと見えたけれど、本の中には無数のマーキングや書き込みがしてあった。


「難しそうな本だな」

「この本はまだいいんだけど。理論とかアルゴリズムとか出てくるとだるいね」

「ごめん。アルゴリズムって言われた時点でもうわからん」

「言ったら計算方法なんだけどね。数学の公式を作るみたいなもん」

「難しそうだな。普通の科目もあんの?」

「あるよ。現国、数学、英語、物理、社会、保健体育、それと専攻のやつね」

 

 工業高校も普通の科目はやるのか。同じ教科書なのかな。

 そうだ、アリカに教科書見せてみれば分かるか。

 アリカに少し待つように行って、更衣室に教科書を取りに行く。


 ☆


 更衣室を開けたら、美咲がドーナツをぱくっと咥えていた。

 ああ、小腹空いてたのか。道理で戻ってこないと思った。

 

「…………」

 

 ドーナツを咥えたまま固まって俺を見つめる美咲。

 何故だか嫌な予感がする。

 美咲は、はっと何かに気付いたような顔をすると、咥えたドーナツを一口頬張る。

 そして残ったドーナツを手で半分に割った。分けてくれるのか?

 割った半分を自分の口に咥えると、美咲が手招きしてきた。


「はひ」

 

 そう言って、美咲はドーナツ咥えたまま、俺に突き出してきた。

 これをどうしろと?


「はへふ。ほっひからはべへ」

「あげる。そっちから食べてって言ってる?」

「へーはひ」

「正解?」


 こくこくと頷き拍手する美咲。


「てーい。何でそんなことせにゃならんのだ!」


 美咲が咥えたドーナツを手でむしりとる。


「ああっ! おかしいな……。これやると明人君がデレるって春ちゃん言ってたのになー」 


 春那さん、あなたは美咲に何を教えているんですか?


「くれるなら普通にくれよ」

「面白くないじゃない!」


 それ、どういうことになるか分かって言ってるのか?

 ちょっとからかってみよう。 


「んじゃ、美咲がやってみて」


 そう言って、俺はむしりとったドーナツを口に咥えて突き出す。


「ふえ?」


 俺は顔を近づけて、ドーナツを食べさせようと近づける。

 すると、美咲の顔に焦りが生まれ、段々と顔が赤くなっていく。

 もう少しで、美咲の口が届くところで肩を美咲に押さえられた。


「む、むむむむむむむ無理。これ、無理!」


 咥えたドーナツを口から外す。


「美咲がやろうとしてるのは、こういうことなんだぞ?」

「は、春ちゃんってば、私になにやらせようとしてんの!」

「てか、言われた時点でイメージしようよ」

「だ、だって、デレル明人君のイメージしか思い浮かばなかったんだもん」


 顔を真っ赤にしたまま胸を押さえる美咲。


 反省し始めた美咲を放置して、鞄からいくつかの教科書を取り出して戻ることにした。

 何か美咲が豪快に頭抱えて悶えてたけど大丈夫かな。

 とりあえず海より深く反省してて下さい。


 ☆


「遅かったね?」

「ああ、ちょっと絡まれてた」

「……ああ。美咲さんか」

 

 納得した表情のアリカ。

 こいつも絡まれるほうだからか分かっている様子。

 カウンターに戻って来た俺は、アリカに教科書を見せてみる。

 どうやら同じ教科書を使っているようだ。


「てっきり違うと思ってたけど、一緒なんだね」


 俺は数学の教科書を、アリカは現代国語の教科書を見ている。


 アリカは俺の教科書を指差して


「あたしさ、これが苦手なのよ。なんていうか曖昧なのが駄目」

 しかめっ面をするアリカ。

 国語って点が取りやすいと思うんだけど。


「答えが一つじゃないってのが駄目なのか?」

「そうそう、どうとでも受け取れるけど、微妙に書いてない部分あると減点されるからさ。よく分かんなくなるのよ」

「一年の時、最高点は?」

「92点だった」


 十分じゃねえか。こいつマジで頭いいんだな。


「クラスで一番とっても、学年だと厳しいのよね」

「がり勉って感じに見えないけど、お前相当勉強してんの?」

「バイト始める前までは家でずっと勉強してたよ。やることなかったし、愛がご飯作ってくれるし」

「バイトしてても大丈夫なのか?」

「頭でっかちになりたくないし、技術も身につけたいからね。勉強もちゃんとしてるもん。明人だって一緒でしょ?」

 

 まあ、そうだけどさ。俺の場合、学校で一番狙うって訳じゃないからな。

 

「明人は何番目くらい?」

「ああ、俺か? 俺は一年の総合で二〇〇人中二四位だったな」

「え、それって上位クラスじゃん」

「まあ、勉強好きなほうだし、太一は逆におかしいとか言ってくるけどな。てか、お前、俺勉強できないと思ってた?」

「い、いや。そうじゃないけど。そこまで上の方だと思わなかった。バイトばっかりしてるって言ってたし」


 ふーんと俺の顔をじーと見つめるアリカ。


「それちょっと貸して」


 俺が持っていた数学の教科書を指して、手を出す。


「問題の出し合いっこしよう。明人も試験近いからいいでしょ?」


 そうして二人で、問題を出し合うことにした。

 そのままの数字だと練習にならないので、応用のつもりでお互い作ってみる。

 出来上がった問題をそれぞれ交換して解いていくやり方だ。

 

「うわ、これ面倒臭いほうじゃん。もうちょっと簡単なのにしてよ」

「それじゃあ、勉強にならんだろ。ってか、お前も人のこと言えねえぞ」


 お互い頭を使って作り出した問題を解いていく。

 複合型で作られた問題は、複数の公式を当てはめていかないと解けない。 

 なかなかの強敵だったが、解は出せた。

 ちらっとみるとアリカはすでに解き終わって、俺の解を覗き込んでいた。


「ちぇっ。ちゃんと解けてる。――――ひぃっ?」


 突然、悲鳴をあげたアリカ。

 視線を追うとカウンターから顔を斜めにして目だけ出して見ている美咲がいた。


 怖いよ。


 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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