190 清高生徒会7
今年一年お世話になりました。
来年もよろしくお願いします。
弁当の清算を済ませ、引き上げようとすると袖を掴まれた。
振り返ると、愛が必死の形相で袖を掴んでいた。
「明人さん。どこへ行かれるのですか?」
「え、どこって……バイトに行くんだけど……」
そう言うと、愛の顔がぐんにゃりと悲哀に満ちた顔になった。
え、何でそんな顔になるの?
「あ、あの木崎先輩。この子と一緒に帰ってあげてくれます?」
愛の顔を見て、花音と呼ばれた子が、おどおどと俺に言ってきた。
「先輩。用件だけ済ませて帰るっていうのは、どうかと思うなー?」
るみるみと呼ばれた子も同調してきた。
ああ、なるほど。これは気が付かなかった。
そうだよな。愛からしたらせっかく来たのに、すぐ相手が引き上げちゃうんじゃあ、つまらないよな。
とはいえ、バイトがあるの事実だし……どうしよう。
「……花音ちゃん。……留美ちゃん。ありがとう。応援してくれる友達がいるって、愛はとっても幸せよ。きっと明人さんも分かってくれるよ。まさか、まさか、この状況で一人で帰るほど明人さんの器量は狭くないわ。それは絶対だって断言する!」
この選択肢がない状況は何?
これって、俺……断ったらどうなるの?
「……愛ちゃん……一緒に帰ろうか?」
「さっすが明人さん。すぐ用意します!」
愛は満面の笑みで喜び、そのまま振り返り応援してくれた友達に抱きついた。
「暑苦しい、くっつくな」
るみるみではなく、留美は愛を押しのけようとして、花音は「愛よかったね」と笑顔で受け止めていた。
愛は素早く自分の荷物をまとめ、友達二人に敬礼した。
「花音ちゃん、留美ちゃん。愛は愛の逃避行に行ってまいります」
「いいから早く行け」
「愛、またねー。あとでどうなったか教えてー」
どうにもならないよ。一緒に途中まで帰るだけだから。
下駄箱で靴を履き替え、空を見上げる。
昼には降っていた雨は上がっているが、まだどんよりとした雲が天を覆っている。
「おお、お天気も愛の味方してくれてますね。よかった、香ちゃんが言ったとおりだったな。学校終わるまでには雨止むよって、言ってたんですよ」
「へー。あいつそんなのわかるんだ」
「結構、当たりますね。えーと……夏侯惇じゃなくて野生の勘ですね」
変換おかしいよね?
野生の勘からどうやって夏侯惇に飛んだの?
『ん』しか、合ってないよ。
三国志好きだから話にちょっと乗っちゃうけどさ。
「夏侯惇って、隻眼のだよね?」
「ですです。隻眼の――――綺麗な女の人です」
俺の知ってる三国志じゃなかった?
「……それ何?」
「綾乃ちゃんに教えてもらったアニメですよ。萌え萌えな女の子ばっかり出てくるんです」
綾乃は何を布教しているんだ?
しかしながら、ちょっと気になっている俺がいる。
三国志をモチーフにした萌えアニメ……。
やばい。見てみたいような。
タイトル何ていうんだろ。
ああ、気になり始めたら、気になってしょうがなくなってくる。
どうなんだ? 三国志の登場人物名だけ使ってるのか?
男は全員女キャラにされてるのか?
劉備とか曹操とか孫権とか全部?
「……へー。それ、面白い?」
「面白いですけど。ちょっぴり、えっちぃです」
だからタイトルを……。
……家帰ったら三国志でぐぐったらでるかな。
タイトル聞いておこうかな。
ああ、でもタイトル聞いたら見るつもりだって分かっちゃうよな。
「……明人さん?」
怪訝そうな顔で俺の顔を覗き込む愛。
「い、いや、なんでもないよ。行こうか」
とりあえず誤魔化そう。
これが美咲だったらとことん追求してきそうな気がする。
昨日のように下駄箱から駐輪場まで愛がくっついてくることはなかった。
それでも愛は、またなめこばりに「んふんふ♪」と上機嫌だ。
ほっと胸をなでおろすと同時に、なんとなく物足りない気分になる。
いやいや、まてまて。こういうこと考えるから美咲にお仕置きされるんだ。
自戒しよう。
愛と自転車で並走しての帰り道。
愛とのデートは結局、ターミナル前で待ち合わせることになった。
好きな人との待ち合わせ。愛の憧れていたことの一つと聞いてそうすることにした。
恋に恋する乙女は真っ直ぐで、それに答えられない俺は申し訳ない気持ちになる。
つい、「ごめん」と言葉にしてしまう。
そう言うと愛は、いつになく真剣な表情で、
「明人さんが謝る必要ないですよ? 愛は明人さんを愛なしの身体じゃいられなくするって、愛が決めてますから」
俺の目を見てにこっと笑う愛。真っ直ぐで強い。こういうところはアリカと似てる。
目標を定めたらそれに向けて努力していく。アリカと愛は共通している。
姉妹だからか、育ってきた環境がそうだったのか。
何だかそう思うと、おかしくなってきて笑ってしまった。
「あれ?」
笑った俺を見て、愛が不思議そうな顔をした。
「どうしたの?」
「い、いいえ。明人さんもそんな顔で笑うんだって思って」
「えー? そんな顔ってどんな顔?」
「えと、何ていうのかな……。あー、ごめんなさい。うまく説明できません」
それから教室で会った愛の友達の話。
花音という子が中学からの友達で、留美という子は高校に入ってから友達になったらしい。
花音も誰かに恋している節があるが、尻尾を掴ませないらしく、愛としては不満のようだ。
話を聞いている内に愛と分かれる交差点に到着した。
愛はこのまま買物にも寄って帰るようだ。
「では、明人さん。明日よろしくお願いします。楽しみにしてますね」
「うん。また明日ね」
嬉しそうに手を振る愛に見送られて、俺は交差点を渡った。
交差点を渡った後に、もう一度振り返るとまだ愛が俺を見送っていた。
見ると愛の口がぱくぱくと動いている。
「愛ちゃんなにー?」
交差点の反対側にいる愛に大声で問いかけてみる。
大きく息を吸い込んだ愛は、
「明人さんが大好きいいいいいいいいいいいいいい」
そう、大声で叫んだ後、照れ笑いを浮かべ舌をちょろっと出す愛。
相変わらずストレートな子で思わず顔が熱くなる。
俺は拳骨を作って愛に向かって軽く突き出した。
「えへへー」と頬を上気させてはにかむ愛だった。
明日はずっとそんな笑顔でいてもらえるように努力しよう。
俺が出来る精一杯のお返しだ。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。