189 清高生徒会6
会長から言い渡された仕事。
資料のソートだが、秋の企画についての事前調整会議用だった。
まだ五月と言うのに、もう秋の事をやっているのか。
俺がページを揃えて、愛が枚数確認。
それを終えたところで太一がホッチキスで綴じる。
この流れ作業で進めていた。
「今日はちょっと台無しです。最近、運が良いのか悪いのか……」
脱頁が無いか確認しながら、愛がポツリと呟いた。
「でもそれも今日一日の我慢です。……明日になれば……んふ♪ んふ♪」
俺も女の子と二人だけの初デートになる。
そう考えると緊張する。
上手く楽しませることができるのか。そういう不安も出る。
「明人。ちゃんと愛ちゃんをエスコートしろよ」
愛の確認待ちで手持ち無沙汰な太一が、愛の頭越しに言ってくる。
「分かってるよ」
「いいなー。俺なんて明日、長谷川の付き添いだぜ?」
ホッチキスをカチカチと弄びながら、がっくりとうな垂れる太一。
「長谷川と? どこか行くのか?」
「何か知らんが手伝いして欲しいんだとよ。まあ、今回の借りもあるしな」
「長谷川さんというのは?」
きょろきょろと俺達を見回して問う愛。
「ああ、うちのクラス委員長。来週の大学行く時同じ班なんだ」
「委員長さん…………ちなみに女の人ですか?」
一瞬、愛が病んだ目で俺を見る。
「う、うん」
ちょっと怖くて返事がつっかえた。
「ふーん。では、太一さんも"でーと"なんですね。良かったじゃないですか」
「違うって。俺と長谷川はそんな関係じゃないから!」
慌てる太一だった。
「でも、お二人きりでお出かけなんでしょ? "でーと"じゃないですか」
「あいつ昔から俺のことおもちゃにするんだよ。綾乃より性質悪いんだよ」
それはそれで相性がいいんじゃないのか、と思ったが、口に出すのはやめておいた。
十分ほどで俺達に任された仕事は終わった。
もともと大した量ではなかったからだが。
「北野さん。終わりましたよ」
「ありがとう! 助かったよ。ごめんね、無理に手伝わせて」
「いえいえ。生徒会って色んな事やって大変ですね?」
「この人数しかいないからね。でも、今までの生徒会はこれをこなしてきたんだよ。私の代でできないってのは嫌だ。それに華も、東条も西本もすっごい頑張ってくれるからできない気がしない」
北野さんは照れ笑いを浮かべ、生徒会の面々へ視線を送った。
響はPCでカタカタと議事録を書き直している。
すげえな。あんなに早くブラインドタッチできるんだ。
西本は、電卓をぽちぽちと押して「ああ、また押し間違えた」と騒がしい。落ち着け。
南さんは……、何故か手をわきわきさせながら、こそーっと響の背後に忍び寄ろうとしている。
……明らかにさぼってますよね?
それを見た北野さんは、つかつかと南さんに近寄り、どこからか取り出したスリッパで頭をはたく。
「何してんだ、華!」
「と、東条さんが肩でもこってないかと思って……」
どう見ても肩を揉もうとしたように見えなかったぞ。
今のターゲットは胸だろ。
北野さんは俺達に振り返る。
「…………ごめん。やっぱり東条以外あんまり役に立ってないかも」
自分の言葉を後悔しているような口振りで言った。
とりあえず頑張ってください。
昼休みを終える予鈴が鳴った。教室に戻らないといけない。
退室する時に北野さんからは、「また一緒にご飯食べようね」と言われた。
それはいいですけど、北野さん怖いので、できれば仕事なしでお願いします。
そう思ったが、この後、生徒会に何度も巻き込まれる羽目になったのは別の話。
慌しい昼休みを終え、俺達はそれぞれの教室へと戻ることにした。
帰りの通路で響に問いかける。
「生徒会って、いつもああいう感じなのか?」
「ええ、そうよ。会長は鬼だし、副会長は変態だし、西本さんはドジだし……でも、不愉快じゃないわ」
生徒会の活動がもう少し知り渡れば、響の環境はもっといいものになってたかもしれない。
そんなことついつい考えてしまう。
姫愛会の今後は響に対する接触を緩和する方向に向かうだろう。
いや、向かって欲しい。
それが響の望む形になればいいと切実に思う。
クラスに戻った後、午後の授業の準備をしていて急に思い出す。
愛に弁当代を清算するの忘れてた。
生徒会の雰囲気にのまれたことで失念してしまっていた。
弁当箱はすでに愛が回収して持っていっている。
HRが終わったらすぐに愛のクラスに行ってみるか……。
☆
HR終了後、俺はすぐに教室を抜け出して愛のクラスへと移動した。
帰る前に太一に声をかけたが、長谷川に太一が捕まってしまい、そのまま置いてきた。
多分、明日の話でもしたいのだろう。
俺達の学校の校舎は一つだけしかない。三階建てでその分幅が広い構造だ。
一年が一階、二年が二階、三年が三階とわかりやすいと言えばわかりやすい。
一階には職員室と保健室。二階と三階には特別教室。美術室や音楽室、化学室などがある。
普段使う中央階段を降りて、東側へと向かう。
通路にはHRの終わった生徒たちが、帰宅するもの、部活に向かうものと、まばらに出てきている。
ふと、通路から窓の外を見てみると、俺達が昼飯を食べている体育館の木陰が見える。
ああ、なるほど。あの時ここから見てたんだな。
愛のクラスC組を覗き込んでみると、まだ愛は教室に残っていた。
愛は背中を向けているので俺には気付いていないが、一緒にいる二人は仲のいい友達なのだろう。
何だか楽しそうに会話している。
どうやって声をかけようか考えていると、その友達の一人と目が合ってしまった。
その子は愛の肩を掴んで愛をがたがたと揺らす。愛の頭がそれに合わせて揺れる。
残像が見えるけど、ちょっと揺らしすぎじゃないかい?
「急に何よ? 花音ちゃん」と声を荒げる愛。
「ほら、愛。ダーリンきてる」
ごめん。もう一回今の言ってくれる?
俺、こっちでダーリンなの?
「へ?」
愛が振り返り俺と目が合った。目をぱちくりとさせる愛
「へ? 何で明人さんがここに?」
「急にごめん。ほら弁当の清算してなかったでしょ?」
「わざわざ来てくれたんですか?」
「いや、俺作ってもらってる立場だし」
「うはキタコレ! どう? どう? ね? 明人さんってこういう人なんだよ?」
突然、愛は興奮して二人の友達に俺をアピールし始めた。
困ってるからやめなさい。
「いやーん。また愛の願いが叶った。好きな人が教室まで来ちゃうなんて。はっ? これはぜひ写真を載せなきゃ。明人さん写真撮りましょう。ええ、今すぐに。なんなら抱擁しているところでも」
「落ち着け!」
友達の一人が愛に脳天チョップをくらわす。
「う~~~~~~」
そうとう痛かったのか。頭を押さえて涙ぐむ愛。
「るみるみ何すんのよ?」
「るみるみ言うなし。それと、いくら急にダーリンが来たからって興奮するな。少しは我慢しろ」
とても冷静なお友達の対応。
愛が暴走した時の対策として、明日のデートについてきて欲しいくらいだ。
……何だか、急に明日のデートが絶望的に不安になってきたんだけど、どうしよう。
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