18 子供と大人5
水曜日
水曜日は授業のコマ数が一時間短い。代わりに長いホームルームの時間が設けられている。
イベント行事や試験の説明等にも利用されている。
うちの担任は説明が下手で、長々とホームルームをやるので、クラスでは不評だ。説明下手なのは他のクラスでも有名だが、サバサバした性格は妙に好感度が高く、教師としての人気はそれほど悪く無い。
今日のお題はGW中の注意とGW後に行われる中間試験についてだったが、そんなの現役高校生がGW前の浮かれる状態で熱心に聞く訳がない。あっちこっちで好き勝手に騒いでる状態だ。
「では、本日のホームルーム終了します。みんな注意をよく守るように。はいさよなら」
言いたいことだけ言って、うちの担任はさっさと教室から出て行く。
帰り支度を済ませていると、千葉が俺の机にやってきた。
「木崎さっき思い出したんだけどよ。今日、俺もてんやわん屋だっけか? ちょっとついていくわ」
何で千葉が俺のバイトについてくるのかと疑問に思ったが、前に釣竿を買ったことがあるとも言っていたし、今回も何か買うのだろうかと思い聞いてみた。
「何か買うのか?」
「いや、母さんが朝、俺が出る直前に、店に来いって叔父さんから連絡があったって言ってたんだよ」
千葉の言う叔父さんは、俺のバイト先のオーナーでもあるが、そういった話は店長から何も聞かされていない。オーナーの単独行動か? 今日はオーナーが来る日と店長も言っていたので、その事と関係あるのだろうか。
「そういや今日オーナー来てるはずだぞ」
「あ? そうなのか? まあ、話はわからんが、今日遅刻しかけてて今の今まで忘れててさ」
ホームルーム終わって帰る頃になってから思い出すって、どんだけ忘れやすいんだお前。
「おとぼけ野郎だな」
「うるせえよ」
千葉は少し恥ずかしそうに言った。
「一緒に行く分には、俺は構わないけど。行けるなら行くぞ?」
「ああ、わかった。すぐ用意する」
千葉は自分の荷物を取りに戻り、元々用意できていたのか、それほど待たずにやってきた。
俺と千葉は駐輪場からそれぞれの自転車を引っ張り出し、学校を後にした。学校から帰るときに千葉と一緒になるのは久しぶりだ。俺がバイトばっかりしているからって言うのもあるが、家の方向が真反対に位置しているため、学校帰りに遊んで帰るとき以外は、一緒に帰る事がそもそも殆ど無いからだ。
「しかし、叔父さんが俺に用事って何だろな?」
「俺に分かるわけないだろ。お前も働けって言われるかもな」
「えー。金は無いけど、俺は遊んでいたいぞ」
堕落しきってるな、お前……。
「お前GW中どっか行くの?」
千葉に聞くと、いくつか思い浮かべたような顔をして、
「高校生にもなると親と一緒になんかするってのはあんまり無いな。今年は親父も忙しいみたいだし。俺個人は妹をアニメのイベントに連れて行かないかん。約束させられた」
「妹、中三だっけ? アニメ好きなのか? 可愛いもんだ。兄ちゃんは大変だな。」
「えー、可愛くねえよ! すぐ俺に甘えてくるし、親にチクるしよ~」
千葉は複雑な顔を浮かべたまま、俺は仕方なしに付き合ってるんだって顔で言う。
「甘えてんだろ? その歳の子が一緒に行動してもらえるだけ奇跡と思えよ」
「妹は性別女だけど、俺にとっては女じゃねえよ!」
俺はそりゃそうだろと思ったが、あえて口に出すことは止めた。
可愛がるだけならいいが、病気的な発言が出ないように祈っておこう。
もし千葉が『俺シスコンで妹マジラブだから』とか言ってたら、マジでどん引きする自信がある。
でも一人っ子の俺には兄弟姉妹がいる奴はいつもうらやましく思う。
兄さんがいたら、姉さんがいたら、弟や妹がいたらと何度も思ったことがあるからだ。今の俺みたいにならなかったんじゃないかとすら考えた事がある。
俺が現実に目を向けてないだけかも知れない。
千葉と雑談を交えながら移動していると、あっという間にてんやわん屋についた。やはり一人で黙々と移動するよりも早く感じる。
俺はいつものように、自転車を店の横の邪魔にならない場所に置くと、千葉も俺の置き方に倣って自転車を置く。
今日は千葉を連れているので、横の扉から入らずに正面入り口から入店した。
美咲さんはレジカウンターの椅子にいつものように座っていた。
「いらっしゃ……あ、明人君。来たわね。さあ! 私の胸に飛び込んでらっしゃい!」
俺達を客だと思ったようだが、俺を視認すると、両手を広げてとんでもないことを言い出した。
「ちょっ!? あんた! いきなり何言ってんだ?」
千葉が一緒にいるからマジで止めて欲しい。
ちらっと千葉を見ると目を丸くして驚いている。
そらそうだよな……。顔見た途端胸に飛び込んで来いって……。
いかん、恥ずかしい。顔が熱くなってくる。
「ぬ! これも違うか?」
美咲さんは美咲さんで反省の色を違う方向にぶつけているようだ。
「お前いつもあんな事言われてんの? 死ねばいいのに」
千葉は心底羨ましそうに俺に囁く。
「お前なあ! 俺からかわれてるだけなんだぞ?」
俺は千葉に羨ましがっているが、そんないいものじゃないと切実に言いたかった。
「な、なあ、木崎あの人誰よ?」
「お前見たことあるんだろ? この人が美咲さんだよ。」
「前に来た時こんな人いなかったぞ」
「んじゃ、お前誰の事言ってんだ?」
千葉は美咲さんのことを言っていたのでは無かったのか?
美咲さん以外の女性って? 俺の知る範囲ではアリカしかいない。
「――明人君そちらお友達?」
美咲さんは俺が千葉と話をしてると、興味があるように聞いてきた。
「あ、そうです。こいつ俺の友達でクラスメイトです。あの言ってたオーナーの甥っ子ですよ。千葉太一です」
「あ、彼が甥っ子さんなんだ。初めまして、藤原美咲です」
客に向けるような飛び切りな笑顔で挨拶する美咲さん。
「あ、ど、どうも。ち、千葉 た、太一です」
美咲さんの笑顔を直視するとどうなるかは、俺も体験済み。おそらく千葉も心臓をやられているに違いない。それにしても、初めまして? 美咲さんも千葉に会うのは初めてのようだ。覚えていないだけかもしれないが、千葉の言ってる話と辻褄は合う。
「今日は太一君を連れてどうしたの?」
美咲さんは千葉の事をもう名前で呼んでる。
おいおい、名前で呼ばれたからって感動するな千葉。
今にも踊りだしそうだぞお前。いや、俺を見なくていいから。
見た? 聞いた? って顔するな、きもい。
「いや、千葉が言うには、今日オーナーに店に来いって言われたそうなんですよ」
「あら、そうなんだ。オーナーは三時くらいに一旦出て行ったわよ? また戻ってくるって言ってたけど。ちょっと待ってて貰いましょうか。太一君大丈夫かな?」
「はい! お、俺は全然大丈夫です。はい」
名前を呼ばれる度に浮かれている千葉を尻目に、
「美咲さん、俺ちょっと着替えてきますね」
「はいはい、待ってるわ。早く私のところに帰って来てね」
いや、余計なこと言わんでいいから、お願いだから千葉の前だけでも止めてください。
俺は更衣室に入り、素早く着替え、ロッカーに荷物を置いて更衣室を後にする。
戻ってみると、千葉と美咲さんが世間話で盛り上がっていた。
「えー、そんなに明人君って学校じゃ無愛想なの?」
「無愛想なんてもんじゃないですよ。俺に対する態度改めるように美咲さんからも言ってください」
おいこら、お前ら。人がいない間に俺の話で盛り上がってんじゃねえよ。
てか千葉、お前も軽々と美咲さんって呼んでんじゃねえ。
「誰が無愛想だ? 誰が? 一体何の話してるのかな? 君達は」
千葉をじろりと睨みながら言う。
「私が知らない明人君の学校生活聞いてたのよ」
「余計なこと言ってないだろうな?」
俺は千葉に顔を近づかせ威圧的に聞く。
「木崎がいつも俺に無愛想な態度を取るって言っただけだ」
いつものようにヘラヘラと笑いながら返す
「あれ? 二人ともそう言えば名前で呼び合ってないね? 友達なんでしょ?」
「別に名前じゃなくても……なあ?」
俺が千葉に同意を求めるように視線を送ると、
「俺は名前で呼んだほうがいいと思ってるんですけど、こいつがねー」
裏切りやがった。こいつ絶対美咲さんの前だからって調子に乗ってるな?
「明人君照れ屋さんだからね。私のことも名前で呼ぶの嫌がったもん」
「名前をちゃんと呼んでるじゃないですか! 美咲さんって」
「んじゃ、太一君のことも名前でいいじゃない」
う、どういう理論なんだ。美咲さんの名前呼んだのだって、名前じゃなきゃ返事しないって、自分が脅かしてきたからだろうに。
「……た、太一がいいなら、それでいいけど」
俺が言った一言に、一瞬二人とも目を丸くしたが、ニヤリと笑って、
「「明人(君)がデレた!」」
いやそこ、ハモらなくていいから、恥ずかしいから止めろ。
「やー、学校とは違う明人が見られてよかったぜ。来て良かったわ」
「私もいつもと違う明人君見れたから良かった。太一君のおかげね。む~しかし、デレるとああなるのか……これは精進せねば」
口々に好きな事言うのはいいが、餌食にされた俺は悔しいじゃないか。
でも、ちょっと俺も千葉から太一って呼び方変わっただけで、より親しくなったようで、なんか気分が少しいい。太一は自然に明人って呼び捨てにしてたが、こいつもそう思ってくれたのかな?
「明人。俺、店の中で待っとくていうの邪魔にならねえか?」
太一がちょっと心配そうに聞いてきた。相変わらず気遣いが早い。
「それは大丈夫だけど。本人的には、いたたまれないわよね」
美咲さんは太一の心情察したのか、ちょっと困った様子で言った。
「一応、美咲さんと明人仕事中だからね。邪魔かなって思って」
「太一はそういうところ気がきくよな」
「うるせえよ」
「うふふ、太一君もいい子なのね」
言われた千葉は耳まで真っ赤にしながら黙り込んだ。わかる、わかるぞ太一。美咲さんの無意識な褒め言葉をくらったらそうなるのはわかるぞ。
「大丈夫よ、一人くらい。客がレジに来た時以外は問題ないわ。バイト希望の子が見学してるようなもんだと思えばいいのよ」
「お手伝いできることがあれば手伝います。ここ叔父さんの店だし」
「お客さんの少ない時間帯だから、大丈夫。イスにでも座って待ってて」
太一は、美咲さんににっこり言われて顔を赤くして頷いた。
「明人……お前なんて毎日幸せに生きてるんだ? やっぱ爆発しろ」
「いや、これを幸せというなら、お前の幸せ、どんだけ小さいんだよ」
「いやー、バイトって楽しそうだな~。でも叔父さんの店だからな~、遊びたいしな~」
変な葛藤と戦っているのはわかるが、声に出すのは止めてくれ。
やれやれといった顔で美咲さんを見ると、楽しげにしてたので、まあいいかなと諦めた。
少しばかり、美咲さんと太一の雑談話になったものの、気がつけば話の中心は俺の話題にスライドしてて、太一が余計なこと言いかけるのを何度も止める羽目になってしまい、美咲さんはそんな俺らのやり取りをとても楽しそうに見ていた。
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