185 清高生徒会2
学校へ向かう途中、空を見上げると天気予報どおりに厚い雲に覆われていた。
灰色の空はあまりいい気分のものじゃないが、自然には逆らえない。
学校に着くと愛がいつものように駐輪場で待っていた。
俺の姿を見つけると、にこにことしながら近付いてきた。
「明人さん。おはようございます」
ぺこりと頭を下げる愛。
「おはよう」
自転車を駐輪場に入れると、愛が弁当の入った巾着袋を手渡してくれた。
「はい。今日のお弁当です」
「ありがとう。今日はお昼一緒でいいんだよね?」
受け取った弁当を鞄に入れながら聞くと、愛はさらに笑顔を深める。
「はい。ちゃんと覚えててくれたんですね。愛嬉しいです」
二人並んで駐輪場から下駄箱へと向かう。
「そうそう、明日の件だけどさ」
愛がピクッと身体を揺らした。
「は……はい」
愛は俺の顔を見て拳をぎゅっと握り締めて身構えている。
何だ、この気合の入りようは。
「映画かカラオケどうかなーって」
そう言うと、愛はほっとした表情を浮かべて、胸に手を当てて思いっきり息を吐き出した。
「はぁぁぁぁぁ。よかったぁぁぁぁぁ。延期とか無しって言われるかと思いましたよ」
「え、何で?」
「いえ、あの、昨日、明人さんの了解も得ずに写真をみんなのアルバムに載せてしまいましたし、……香ちゃんが昨日バイトから帰ってきてから『にやけた奴を懲らしめてやったわ』とか言ってるし、もしかして明人さん怒ってるんじゃないかなって……」
「そんなので怒らないよ」
まあ、あの写真、確かに俺の顔はにやついてたしな……。
あれはさすがに文句が言えない。
自分ではそんなつもり無かったけれど、美咲とかが俺の表情を見て反応するのがわかった気がした。
俺って顔に出やすいのかも。
「えと、それじゃあ、どっちがいいかな?」
「愛は明人さんとならどこまでも行っちゃいます!」
愛の声と同時に急激に背中に悪寒を感じた。
この気配はどこかで味わったことがある。
それが殺気だと気付いた時、思わず俺は愛から一歩距離を取った。
シュバっと空気を切り裂くような音。
それと同時に俺の目の前を手刀が通り抜けた。
パラパラと俺の前髪の一部が下に向かって落ちていく。
普通に切れてる。怖すぎる。
「おはよう明人君。当たらなくて残念だわ」
手刀の主、響が凛とした目つきを俺に向けながら言った。
「危ないだろ。殺す気か?」
「そのつもりだったけど?」
「きょ、今日はくっついてないだろうが」
「見たら分かるわ。でも、なんとなく殺したくなっちゃって。分かるでしょ?」
まったくわかりません。
そんな物騒な考えは捨ててください。
「響さん、おはようございます」
「愛さん、おはよう」
ニッコリと笑う愛に対して無表情で答える響。
気のせいか、愛の目が黒い炎を宿しているように見えるんだけど。
「あの~響さん。今デートのお話進めてたんで、邪魔しないでもらえますか?」
「あら、まだ決まっていなかったの? 随分とゆっくりしているのね」
「こういうのは焦ったら駄目だと思うんですよ~」
何この殺伐とした空気。
ここにいるのがすごく嫌なんですけど。
俺は二人にばれないように、こそ~っと下駄箱へと移動しようとすると、
「明人君!」
響の強い口調に足が止まる。
「は、はい!」
「あなた、私への挨拶を返してないわよ?」
思い起こすと確かに響は開口一番、俺へ朝の挨拶をしていた。
俺はまだ返していない。
「わ、悪い。響おはよう」
「はい、よくできました。礼儀は大事よ?」
響は小さく手をぱちぱちと叩いた。
「そ、そうだな。気をつける」
「では、いきましょう」
響はそう言うと俺の腕を取って組んできた。
「お、おい」
「な、何やってるんですか?」
「あら、昨日の放課後は愛さんが明人君を独占したじゃない」
「それを言うなら、響さんこそお昼休みに明人さんを独占してたじゃないですか!」
「あら、独占してないわ。だって太一君もいたもの」
わなわなと震える愛に正論を放つ響。
「もういいです! 響さんがその気なら愛だって……」
そう言って響とは反対側の腕を組んできた。
いや、これ両手に華だけどさ。
周りの視線が非常に……やばい状況なんですけど……。
あちらこちらから俺への視線が向けられる。
中には強い軽蔑の眼差しを送る奴や、不快感と憎悪の入り混じった視線を送ってくる奴もいる。
「愛さん。ちょっと、くっつきすぎじゃないかしら?」
「いえいえ、響さんこそそんなにくっついたら胸が当たっちゃいますよ?」
両サイドからぐにぐにぷにぷにと柔らかいものが当たる。
幸せだけど地獄だ。誰か助けてくれ。
下駄箱前で、ようやく二人から解放される。
何人にも見られて、また俺の噂に新たな情報が出回るだろう。
そうだ。今日の昼飯の事聞いておかなくちゃ。
響が自分の下駄箱に行く前に聞いておこう。
「響、今日の昼飯。雨降ってたら生徒会室でいいのか?」
「ええ、私は鍵を持ってるし、生徒会室ならたまに使うこともあるから大丈夫よ」
「そしたら、俺らが響の所に行くわ」
「分かったわ。それじゃあね」
☆
二時間目が終わったくらいから、外はパラパラと大粒の雨が振り出していた。
そのまま雨は止むことなく、午前の授業を終える。
昼休みになり、俺と太一は響のいるE組に向かった。
向かう途中の階段のところで愛が昇ってきていた。
「あ、ちょうど良かったみたいですね」
そのまま三人でE組に向かうと通路で響が待っていた。
「待たせたか?」
太一が聞くと響は首を振る。
「いいえ、ちょうど良かったわ。それじゃあ行きましょうか」
響はそう言うと、俺らに先に行くように手で促した。
響が案内してくれるんじゃないのか?
「……響。俺、生徒会室ってどこか知らないぞ?」
太一や愛にも知っているかどうか問いかけたが、二人とも首を横に振った。
「私もよ」
「「「……」」」
……こいつ。本当にやばいな。
方向音痴って言っても、普段使ってる所くらい分かるだろ。
「あの……普段、どうやって生徒会に行ってるんですか?」
「副会長の南さんが来てくれるのよ」
愛が引きつった笑いを浮かべながら聞くと、涼しげな顔で答える響。
優しい副会長で良かったな。
「それじゃあさ。迎えに来てもらったとき何階に行くんだ?」
少なくとも階が分かれば生徒会室にたどり着ける。
「いつもそこの階段を下に降りるわ」
「あの……一階には生徒会室無いですよ?」
響の答えに愛が不思議そうに聞き返す。
「「え?」」
いや、そういえば確かにそうだ。
俺達も去年一階にいたけれど生徒会室なんか見たこと無い。
「響、どういうことだ?」
「降りた後、しばらく歩いてから階段を昇ったわ」
そのまま進んでいくと中央の階段しかないはず。
「それ、俺らが普段使ってる階段じゃねえか」
それだったらE組から直接中央の階段に行った方が早い。
しかし、二階で生徒会室なる物を見たことが無い。
残るは、……生徒会室は三階ということになる。
副会長はなんで遠回りして行ってるんだ?
とりあえず、三階に向かうことにした。
上級生のいる階だが、俺達は中央階段を利用して足を運ぶ。
東側に曲がるとA、B、C組のエリアで西側がD、E組。
これは学年が変わっても同じ構成だ。
A組の先には特別教室等があり、その辺りにあるのかもしれない。
行ってみると小さな部屋が一つあり、部屋の入り口には生徒会室と達筆で書かれた看板があった。
「ここよ。間違いないわ」
「いや、看板出てるし……」
太一も愛も同じようなことを思っていたのだろう。
目が笑ってなかった。
響が鍵を開けようとする。
「あら、もう開いているわ?」
「閉め忘れか?」
「いいえ、昨日は南さんと私が最後で、私の鍵で閉めたんですもの」
扉を開けてみると、そこにはボウリング場で見た会長の北野さんと副会長の南さんの姿があった。
「東条遅いよ。待ちくたびれた」
「遅かったわね、東条さん。やっぱり迎えに行けばよかったわ」
愛が俺の気持ちを代弁するかのように呟く。
「どゆこと?」
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