183 お仕置き頻度上昇中3
裏屋の事務所前でアリカと分かれ、アリカは作業場へと戻っていった。
事務所内に入ると店長がパソコンの画面を見ながらなにやら作業をしている。
「すいません。遅れました」
「ああ、明人君。用事って程じゃないんだけど。君のお父さんからちょっと前に連絡があってね~」
「父からですか?」
店長は頷き、席を立つと俺をソファーに座るよう促した。
俺の向かい側に店長も座ると話を切り出し始めた。
「そうなんだよ~。後で君にも連絡がいくかもしれないけど、先に伝えておこうと思ってね~。少しばかり事情は聞いたよ。ご両親の事もね。明人君も色々あったんだね~」
「父が言ったんですか?」
どこまで話をしたのか見えなかったけど。
おそらく離婚の話はしたのだろう。
「俺もちょっと驚いたけどね~。美咲ちゃんから君のお父さんが来た事は聞いてたから、多少話は早かったよ~。俺が不在でタイミングが悪かったけれど、改めて君のことお願いされた」
「すいません。急に勝手なことお願いしてしまって」
「いやいや、ぜんぜん構わないよ~。俺なんかを頼ってくれて、それはそれで嬉しい事だ。君も気兼ね無く相談してきて欲しい。色々相談に乗るよ~」
店長はいつもの薄ら笑いを浮かべて言う。
「この話はこれでおしまい。もう一つは、アリカちゃんがもうすぐ試験前だから休むって話を持ってきたんだけど。明人君はいつから休むの?」
「俺、休みは貰わないつもりなんですけど……」
「大丈夫なのかい?」
「去年からずっと試験の時もバイトしてましたし……」
そう言うと、店長は少し考えたような顔をする。
考えがまとまったようで一つ頷く店長。
「わかった。それじゃあ明人君はそのまま入る方向でいいね」
「はい。それでお願いします」
「一応言っておくけど、これで成績が下がってたら、次は休んで貰うよ?」
「はい。そうならないように勉強もちゃんとします」
自分で言った以上は結果を出せるようにしよう。
今日家に帰ってからでも試験対策していこう。
店長との話も終わり、表屋に戻ってくると美咲の様子がおかしい。
椅子に座ったままぼーっとしていて、俺が帰って来たことも俺が声をかけるまで気付かなかった。
その後も度々ぼーっとしていて、上の空が続いていた。
暴走しないだけましなのだが、いつもと勝手が違って逆に物足りなさを感じる。
…………物足りないって感じるのは、俺が毒されてきている証拠か?
「美咲。さっきからずっとぼーっとしてるけど、どしたの?」
「…………」
返事が無い。
「美咲?」
顔を覗きこんで、もう一度声を掛けてみる。
「え? は、ひゃい!」
美咲は驚いて返事を返した。
そんなに驚かなくていいだろうに。
「何か変ですよ?」
「な、なんでもない」
そう言う割には俺の目を見ないし、何だか挙動不審だ。
「やっぱおかしいよ?」
「…………そ、そのさ。さ、さっきのどう思った?」
さっきの?
何のこと言ってるんだ?
店に着いてからの行動を思い起こしてみる。
レジに入った後、美咲に襲われそうになって。
美咲に捕まったところをアリカに引き剥がされて。
最終的にアリカにアイアンクローされて沈められた。
「さっきのって………………」
美咲はうんうんと頷いて俺の答えを待っている。
「……………………アイアンクロー?」
あれは痛かった。
「?」
俺の答えに美咲の顔は昨日と同じように埴輪になった。
その顔どうやってやるの?
☆
「何で怒ってるの?」
「………………」
今度は声を掛けても返事もしてくれない。
どうやら随分とご立腹の様子。
聞いても無言で睨んでぷいとそっぽを向く美咲。とても怖い。
綺麗な顔立ちだけに怒った顔が妙に迫力あるんですけど。
さっきまでぼーっとしてたのに、何で急に怒り出したんだろうか。
何だか落ち着かないので、独り言のように話しかける。
「アリカがさ。再来週、中間試験だから来週からバイト休むって」
ぴくっと美咲は反応した。
このまま続けよう。
「あいつ学年で一番を狙ってるんだって。凄いですよね」
どうやら興味を持ったようで段々と顔をこっちに向けてくる。
「俺も月末に中間試験あるけど俺は休まないつもりなんだ」
「……何で休まないの?」
「去年も試験の時バイト尽くしだったし、それでも勉強はしてたし……」
「高校二年の試験って大事だよ?」
美咲が俺の事を心配して言ってくれてるのは分かる。
「ちゃんと試験勉強はしますよ。でも、学校終わってからずっと家にいるのって慣れてないんだ。それに……」
てんやわん屋でバイトが決まる前から、学校から直接家に帰ったのは数えるほどだ。
バイトが無い時はバイト探しや時間潰しに明け暮れていた。
家に帰るのは遅くなってからで、理由は家族との接触時間を短くするためだ。
今の状況としては、家に帰っても母親はいなくて俺一人だけ。以前よりは気は楽だ。
けれど、どうせだったら、バイトしてからでも十分じゃないかと考える俺がいる。
同時にまた気付く。俺は一人になるのを怖がっている。
バイトをしていれば一人じゃない。美咲もいる。てんやわん屋に来れば誰かがいる。
アリカが休みならば裏屋に行くことも増えるだろう。一人になることの方が少ないだろう。
父親とは和解できたけれど、俺の根は一人になることを拒み続けている。
自分の弱さに情けなくなる。
けれど、まだそれに打ち勝てるほど俺は強くなかった。
「……ここに来れば美咲がいるからかな」
「うおふ!」
突然、美咲が自分の鼻と口を片手で塞いで仰け反る。
「美咲?」
「あ、危なかった……」
「何が?」
「な、何でもない。何でもないよ。――落ちつけ、落ち着け美咲」
そう言う美咲は顔を赤らめたまま、ブツブツ言いながら深呼吸を繰り返している。
何度か深呼吸をした後、にへらと美咲の顔が緩む。
さっきまで怒っていたのが嘘みたいだ。
「んふ。そっかあ。明人君がそういうなら仕方ないよねー。私にできることがあったら言って? こう見えても大学生だし、少しくらいなら力貸せるかも」
何だか急に上機嫌になってるけれど、その言葉は頼もしい。
「そう言ってもらえると助かるよ。父さんと大学に進学するって約束もしたからさ」
この後、店じまいするまでずっと上機嫌な美咲だった。
振り返ると、美咲といい、アリカといい、響や愛にしたって思うことだが、女ってころころと機嫌が変わる生き物だと痛感した一日だった。
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