180 班を作りましょう4
昼休みが終わり午後の授業へと突入。
食事をした後の授業は腹が満たされて眠気が襲ってきやすい。
「はいはーい。みんな眠そうだね。駄目だよー。寝たら死ぬよー。死んだ方がましってくらい課題をプレゼントするよー」
教壇でにこにことしながら物騒な台詞を吐くのは坂本先生。
この先生の授業はユーモア交じりに進める授業で、眠気よりも面白さが勝って退屈はしない。
この先生ならではの授業方法なのだろう。人気が高いのも頷ける。
坂本先生は黒板にさらさらと問題を二つ書き並べていく。
「はい。それじゃあ左の問題を――」
坂本先生が言って振り返った瞬間、みんなが目を伏せる。
「遅い! はい。千葉!」
目を伏せるのが遅れたようでがっくりとうな垂れ黒板に向かう太一。
犠牲者第一号となった。
「それじゃあ、右の問題を――長谷川いってみようか」
「えええええ? 何で?」
「あんた委員長でしょ」
理由にならない理由で当てられた長谷川。
犠牲者第二号となった。
左の太一はうーんと頭を抱えて、「こうか?」と間違えた式の展開をしている。
俺の答えとも違う答え。
太一がどうやってその答えにたどり着いたのか逆に分からない。
ちらりと先生の様子を窺う太一。
先生。眉間にしわを寄せて顎を突き出して「ああ?」と威嚇する。
生徒を威嚇するのは止めて下さい。
先生の様子を見て、慌てて答えを消してやり直す太一だった。
右の長谷川は問題を見て、黒板前で考えているのかゆらゆらと揺れている。
後ろにまとめたお団子頭もゆらゆらと揺れる。
長谷川はポンと手を叩くと、すらすらと公式を当てはめて解いていく。
導き出された回答は俺の答えと同じ。
長谷川が坂本先生の表情を窺うと、坂本先生は答えを見て満足そうに親指を立てた。
良かった。俺のも合ってたか。
「千葉ー。もう長谷川終わったぞ」
「もうちょい時間ください。あれー?」
太一は答えを出したものの自分自身で答えが明らかに違うことに気付いている。
式の展開で間違っているのだが、間違っている場所に気付いていないようだ。
「ここ間違えてるよ?」
横にいた長谷川が太一の間違ったところを指摘する。
「どこよ?」
「ほらここ。マイナス×マイナスがマイナスのままだよ」
「あ、ほんとだ」
長谷川に修正場所を教えてもらって、太一はようやく正しい答えにたどり着いた。
「はーい。席に戻っていいよ。いいかいみんな。数学は答えが決まっている。公式も決まっている。単純ミスさえ犯さなければ点数が取れる科目だ。特に進学考えてる子は高校二年でこけるとかなり痛い目見るよ。分かってると思うけど、今度の試験で赤点取らないでよね。あまり多いと私も教頭先生に怒られるんだから」
だったら簡単な問題にして欲しい。
そう思ったのは俺だけじゃないはずだ。
数学の授業が終わり、坂本先生が教室から出て行く。
次の受け持ちクラスでも多分賑やかに授業を進めるだろう。
次の授業の準備をしていると、太一のところに長谷川が近寄っていくのが見えた。
「千葉ちゃん。全然数学駄目じゃん。試験やばいんじゃない?」
「数学マジで苦手。何でみんなすぐに分かるんだよ」
「……千葉ちゃんのはそれ以前の問題だよ」
くすくすと笑って言う長谷川。
太一はぷくっと頬を膨らませていた。
俺がぼけーっと二人を眺めていると、周りから声が聞こえてきた。
「ねえねえ。あの二人怪しくない?」
「だよね。なんでも中学から仲いいらしいよ」
「えー、マジで? 実は付き合ってんじゃないの?」
噂好きな女子集団がチラチラと太一と長谷川を見て噂している。
こうやって噂は広がっていくんだろうな。
俺の時もそうだったのだろう。
憶測でものを言い、それが真実かどうかも分からぬ状況が伝達されていく。
仲が良いのはいいことじゃないか。
それに太一には好きな相手がいる。
それは長谷川深雪じゃなく愛里愛だ。
☆
今日一日の授業が終わりHRが始まった。
HRの時間を利用して各班毎集まってミーティング。
俺達は委員長である長谷川の席に集まった。
担任の菅原先生は班が決まったのを確認すると、班長を決めるように指示を出す。
俺と太一、川上、柳瀬は無言でアイコンタクト。
それぞれが目で訴える。内容は共通していた。
『俺(私)嫌だ』
そりゃあそうだろう。
班長ともなるとなんだかんだと面倒なのが分かっている。
そして、四人とも委員長の長谷川に視線を向けた。
すると、長谷川は親指を自分に向けてから、手でOKサインを作る。
俺達が嫌がった班長を長谷川は快く引き受けてくれた。できた人間だ。
俺は手を合掌して長谷川を拝んでおく。助かるぜ。
話し合う内容は質問。
受講する内容は決まっているので各班ごと一つずつ質問を決めるようだ。
それが決まったら提出して今日は解散していいらしい。
「受講する内容って何?」
「現代における教育だって」
「固いなー。もうちょっと柔らかい講義って受けられないのかな?」
柳瀬がぼそっと呟く。
柔らかいってどんなのだよ。
「例えば?」
長谷川が指先でペンをクルクルと器用に廻しながら聞くと、
「最近の声優さん。美女率が上がっている理由とか」
「それマニアックだよな? てか大学で受けるほどじゃないよな?」
「名探偵と呼ばれる人の思考回路とか」
さらに柳瀬は続けている。
「柳瀬はほっといていいよ。さっさと決めて帰ろう。私部活もあるし」
川上がさっさと帰りたいのか。早く決めたいようだ。
俺もバイトがあるので早く切り上げたい。
「……大学生って普段宿題とか課題ってどれくらいあるのかな?」
長谷川がぽつっと疑問を口にした。
「俺のバイト先にいる大学生が課題はきついって言ってたぞ」
美咲から聞いたことだが、たしか苦労したような口振りで言っていた。
「それ質問しようぜ。どれぐらいの量とかでいいじゃん。相手も答えやすいだろ?」
太一が質問をシンプルにしようと提案。確かにその方がいいだろう。
提出用紙に書き込んでいく長谷川。
「みんなこれでいい?」
長谷川は周りを見渡して提出用紙に書いた内容を見せる。
「悪くないね」
「それじゃあ、提出してくるね」
そう言って長谷川は菅原先生のところへ駆けていった。
ちょんちょんと川上に肩を突かれる。
「あの、朝はごめんなさい。聞いた話が衝撃的だったから、つい感情的に叩いちゃって……」
「もういいよ。誤解だって分かってくれれば」
「は? 誤解? そこは違うんじゃないの?」
川上が眉毛をピクッとさせた。
何、謝ってきたんじゃないの?
「姫様とデートする約束をこぎつけたって聞いたんだけど?」
どうやら俺が響を誘ったように思っているようだ。
これはちゃんと訂正しておこう。
「一つ言っとくぞ。その件はお前の姫様に誘われたんだが?」
それを聞いて驚いた表情の川上。
信じられないといった顔で俺の顔をじーっと見つめる。
「なんで姫様はあんたみたいなのがいいの?」
「俺が聞きたいわ!」
失礼な言い方されたが、それは俺も思っていることだ。
愛にしても、響にしても、何で俺の事を好きになったんだろう。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。