17 子供と大人4
「…………!……と君! あーきーと君!」
美咲さんに大声で呼ばれて我に返る。しまった、いつのまにか考えに没頭してしまっていた。
「あ、すいません。ぼーっとしてました」
「難しい顔してたよ?」
美咲さんは心配そうな顔で俺を見ている。
どうやら自分が思っている以上に、アリカから受けた言葉はインパクトが強かったようだ。
「ちょっと考え事してました。」
俺は恥ずかしさの混ざった笑顔で返す。
「あ、その気恥ずかしそうな笑みは! どうやってアリカちゃん口説くか考えてたわね!? ずるいわよ!」
「いや、そうじゃなくて……」
「心配して損したじゃない。こうなったら私もアリカちゃんをどうやって落とすか妄想を……うへへへへ」
言うや否や、涎が出そうな勢いで顔がだらしなくなる。
「瞬間で妄想に入るな! こええよ! もうアリカ落ちてるだろ、それ?」
「ぬ!?」
いや、もう、なんていうか、その、――疲れました。
この後、相変わらずの美咲さんの暴走を何度か相手にしていたら、てんやわん屋の店じまいの時間が近づいていた。客は相変わらず少なかった……いいのだろうか、これで。
俺と美咲さんは分かれて店じまいの準備をし始めると、裏の扉から店長が昨日と同じように清算をするためか現れた。
「明人君お疲れ様。もう少しかかりそうかな~?」
「お疲れ様です。あと少しで終わりますよ」
「んじゃ、レジだけ先に締めちゃうね~」
店長はそういうとレジを操作し始め、現金のチェックに移った。
美咲さんが離れているうちにと思い、俺は店長に歩み寄り、
「あの店長、今日は目の前であいつと、その、格好悪いところ見せてすいませんでした」
「気にすること無いよ~。格好悪いだなんて思ってないし」
「あんなことで喧嘩なんて格好悪いですよ」
「明人君、俺はそれくらいが普通だと思ってるよ。まあ、確かにアリカちゃんと比べると君は本音を言えて無かったかな?」
ズキッっときた。俺がアリカの問いにどう答えていいか分からなかったのが、店長には分かっていたようだ。
「アリカちゃんみたいな子は確かに少ないからね。あの子は逆にもう少しゆるく考えていい。自分に厳しいから他の人にも厳しいんだ」
軽くため息を吐きながら、薄ら笑いを浮かべる。
「あの後少しやりあったでしょ? アリカちゃん戻ってきたとき怒ってたよ」
「す、すいません。あいつの文句言ってる時にちょうど来ちゃって、それ聞かれました」
「君も間が悪いね~」
店長はいつも浮かべる薄ら笑いよりも、にやにやと笑って言った。
「まあ、アリカちゃんはいい子だから仲良くしてやってね。明人君もそれはわかってるみたいだしね?」
昨日もそうだったけど、店長と話していると妙に落ち着くのはなんだろう? 他のバイト先の店長とかと何か違う。時間がゆっくり流れているような錯覚すら起こす。
分かれて店じまいをしていた美咲さんが戻ってきた。
「美咲ちゃん今年のGWはどうするのかな? 俺ちょっと五月三日から五日まで休みたいんだ。いざとなったらオーナーに言って、店を閉めとこうかなとも思うんだけど」
「私は今回、家には戻らないんで開けてても大丈夫ですけど、他の人は?」
「高槻さんは任せろって言ってくれてるね~。みんなでまとまって休むのも有りなんだけど」
「店長普段用事があるときしか休まないんだから、ゆっくり休んで来て下さいよ。家族サービスもあるでしょ?」
「そうかい? 明日オーナーが来る予定だから相談してみるよ。多分俺が言ったままになると思うけど」
「は~い、大丈夫です」
こういう時、歯がゆい気持ちになる。手助けしたい気持ちはあるのだが、他のバイトがどうなるかもわからないし、高校生の俺が何か言ったところで当てになるわけじゃない。 分かっていても手助けしたい、でもやっぱり言えない。ジレンマだ。
「明人君。変に考えなくていいよ~? 美咲ちゃんいるし」
店長は薄ら笑いのまま、俺が考えてることを見透かすように言った。
「二人とも、もう上がっていいから準備しておいで」
俺達は店長に促されて更衣室に入り、それぞれ準備にかかった。
いつものように携帯をチェックしてみるも、今日は田崎さんからメールが来ていない。
明日のバイトは無しってことが確実だ。
「美咲さん、俺他のバイト減らそうかなって思うんですけど」
「お? そ、それは、な、なんでまた?」
なぜか顔を赤くしながら慌てているが、俺へんな言い方したか?
「他が安定しなさすぎなんですよ。確定なの土曜日だけなんですよね」
「ぬ~……うちは毎日でもいいけど、明人君それでいいの?」
なんか途中で表情切り替わったけど、まあ気にするのはよそう。
「俺としては毎日のほうがいいんですよ」
「明人君がよければいいんじゃないかな? お金貯めてやりたいことでもあるの?」
「俺高校を卒業したら家を出たいんですよ。自立したいっていうか」
「へー? 私そんなの考えたこと無かった。大学に通うのも怖かったのに」
「まあ事情があって出たいんです。」
「うん? う~ん……深くは聞かないけど、そのうち明人君が話せるようになったら教えてね」
「ありがとう、美咲さん。」
「ともかく、明人君がこっちのバイト増やすの。私は大歓迎よ」
美咲さんは優しい笑顔でにっこりと答えてくれた。
俺と美咲さんが帰る準備をして店長のところへ向かうと、
「そういやね、高槻さんが今度てんやわん屋でバーベキューでもしないかって言ってたんだけど。その時は君たちも参加ね」
「バーベキュー? いいですね。さすが高槻さんいい企画出してくれるわ」
美咲さんは話を聞いてやけに喜んでいる。肉が好きなのだろうか?
「いつやるんです? 俺、日によっては参加できない場合あるんですけど」
「そこは俺が調整しよう。いざとなったら仕事を早く止めてからでもいい。明日オーナーと一緒に、春那君も来るって聞いてるから、参加できる日確認するね。企画は伝えておくよ」
店長は薄ら笑いを浮かべながら、楽しそうに言ったが、なんで春那って人がオーナーと一緒に来るんだろう? 帰りに美咲さんに聞いてみようか。
「あは、春ちゃん来るんだ。明人君の歓迎会も合わせてできるね」
美咲さんは楽しそうに笑いながら言っていたが、俺は戸惑っていた、今まで高々バイトに入ったくらいで歓迎会なんざ開いてもらったことなんて無い。
「え? 歓迎会なんていいですよ!」
「私の時も、アリカちゃんの時もやったから、それは駄目!」
「美咲さんやあいつも? まじですか?」
「うちはね。オーナーがそういうの好きなんだ。今回の事が無くても近々やるつもりだったよ? 前までは男ばっかりだったけど、春那君以降は華があって俺は嬉しいね~。可愛い子ばっかりだし」
「あら、やだ店長。正直すぎます」
いや、そこは謙遜しようよ美咲さん。
「おっと遅いことだし、この話はまた明日にしよ~」
店長は時計を見て、解散を促した。
「お疲れ様でした。また明日もきます」
「店長お疲れ様でした、お先です」
俺と美咲さんが口々に店長に挨拶をすると、
「はいはい。お疲れ様。帰り気を付けて」
いつもの薄ら笑いの表情のまま、店長は見送ってくれた。
愛用の自転車に荷物を入れ、じっと俺を見つめていた美咲さんに昨日と同じように声をかける。
「美咲さん送っていきます。行きましょうか」
「う、うん。本当に毎回送ってくれるの?」
少し恥ずかしそうに言っている美咲さんは、何だかいつもと少し違って見えた。
「言ったでしょ? 一緒の時は送るって」
「う、うん。ありがと……んじゃ、いこか」
顔を赤らめたまま、コクンと頷き、くるりと帰る方向に向き直り歩き始める。
隣で歩く美咲さんに、店長が言ったことで気になることを聞いてみた
「さっき店長がオーナーとはるな君が一緒にって、言ってましたよね?」
「うん、言ってた。だって、春ちゃ……先輩はオーナーの下で働いてるもん」
俺が「言い換えなくていいですよ?」と笑って言うと「う、うん」と小さく笑った。
「あ、そうなんですか? なんで一緒に来るんだろうと思ってですね」
「春ちゃんは、オーナーの秘書見習いやってるの。最近、秘書検定とかいうの勉強してるよ」
「へえ、秘書も検定あるんですか?」
「私も知らなかったんだけど、あるみたいね」
「その春那さんから、来ることは聞いてなかったんですか?」
「春ちゃん昨日は遅かったみたいで、帰ってきてたみたいだけど、朝起きたらもういなかったわ。だから話はしてないの」
「忙しいんですね」
「春ちゃん、まだこの春から勤め始めたばっかりだから、たくさん覚えなくちゃいけない事あるみたい。てんやわん屋辞めてからは初めてお店に来るわね」
少し寂しそうな顔で呟く。
「そうですか……社会人になると大変なんですね……」
「でも、春ちゃんが活き活きしてやってるから、私は心配してないよ?」
「それだったらいいですね」
「うん」
その後、俺の他のバイト話をしているうちに、美咲さんの家にたどり着いた。
まだ、その先輩の春那さんは帰ってきていないのか、部屋の明かりは消えたままだった。
「明人君ありがとうね。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい。美咲さん」
そう言って、美咲さんがハイツのほうに入り、階段を登っていき、がちゃっと扉の音がした後、彼女の部屋の明かりがついた。
また、明かりのついた窓辺に美咲さんの姿が見え、小さく手を振っている。俺はそれに答え手を振ると、我が家への帰路に足を進めた。
さっきまで美咲さんと二人だったから忘れられていたことが、今の夜の静寂のように俺にのしかかってくる。一歩また一歩と家に近付くにつれ、陰鬱な空気は俺の体にへばりついてくるようにも感じる。
俺に何が出来るのだろうか? アリカに言われた目的を持つこと、俺が見つけなければいけない目的それは何だろう? 今の現状を打破する方法も思い浮かばないのに、そんな先の事考えられない。
一人の時間は嫌いだ。嫌でも色んな事を考えさせられてしまう。毎日毎日同じ事を考えては、繰り返してる。これじゃ成長なんて出来ずに立ち止まっているだけだ。でもどうすればいい? 俺はいつものように、何度も何度も自問を繰り返し、結局答えを出せずに、自宅への道のりを歩んでいた。
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