177 班を作りましょう1
学校に着き、駐輪場に行くと愛が待っていて、俺を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。
「明人さん、おはようございます」
ふと、愛の髪を留めているシュシュの色がいつもと違っていることに気付く。
いつもは白色だが今日は青色だ。
「おはよう。今日はシュシュいつもと違うね」
「今日のラッキーカラーなんですよ。えへへ。嬉しいな。気付いて貰えた」
愛はちょんちょんとシュシュを触りながら嬉しそうに言った。
駐輪場に入れ籠から鞄を取り出したところで、愛が俺に弁当の入った袋を手渡してくれた。
「これ、今日のお弁当です」
今日も重みがあって俺の腹を満たしてくる量は十分にありそうだ。
本当にありがたい。
「いつもありがとう」
受け取った弁当を鞄の中にしまい、二人で肩を並べて下駄箱まで移動する。
俺達の他にも下駄箱へと向かう生徒に混じりながらてくてくと歩いていく。
「今日も天気がいいですね。気持ちが良いです」
横を歩く愛は機嫌良さげに空を見上げて言った。
ふと、愛との約束を思い出す。アリカからバイトが無い話を聞いているかもしれない。
話は早めにしておいた方がいいだろう。前は忘れてしまっていただけにちょっと胸が痛い。
「そうそうアリカから聞いているかもしれないけど、今度の土曜日バイト無いよ」
「ええ? 本当ですか? あの、それじゃあ……」
あれ、アリカから聞いてないのか。まあ、いいや。
約束は約束。自分が承諾した以上は果たすべき義務だろう。
「うん。土曜日遊びに行こうか。どこかいきたいところある?」
とりあえず、探りを入れてみる。
「愛は明人さんと二人きりならどこでもいいですよ? 定番の映画でも、公園でお散歩もありです。海が見える公園なんていいですよね。ああ、でもあの近くって怪しげな"ほてる"がいっぱい……」
何でそんなこと知ってんの?
興奮した様子の愛が目をキラキラさせて俺の袖を掴む。
あ、やばい。スイッチ入った?
「明人さんが望むなら、愛は大人の階段だって一気に駆けあがちゃってもいいんで――――」
その瞬間、『ボッ』と空気を切り裂く音とともに、背後から俺と愛の間に手刀が伸びてきた。
俺も愛も驚いてお互いに距離を取る。
「――朝っぱらから、何を盛っているのかしら?」
手刀の主――響が無表情で呟く。
よくみると眉がほんの少しだけぴくぴくしていた。
頼むから気配を消して近付くのはやめて欲しい。
心の準備が出来ないだろ。
「おお、ひ、響おはよう」
あまりの手刀の鋭さに自分の声が震えているのがわかる。
「おはよう明人君、愛さん」
そんな俺を気にもしないように響は変わらずの無表情で挨拶を返した。
余計に怖い。
「おはようございます響さん。あの、邪魔しないでいただけます?」
挨拶はちゃんと返したものの、むーっと口を尖らせて抗議する愛。
「あら、酷い言い方ね。抜け駆けするは良くないと思うのだけれど?」
俺の目の前でばちばちと火花を散らす二人。
殺気が怖いんで止めてもらえますか?
「ところで何の話をしていたの? 聞き捨てならない言葉も聞こえたけれど」
「今度の土曜日、明人さんが愛とデートしてくれるんです」
愛は勝ち誇った顔で俺の名前を強調して響に告げる。
一瞬、響の片眉がピクッと動く。
「明人君……どういうことかしら?」
響に即座に襟首を掴まれた。無表情なのに殺気に満ちている。
その証拠に反対側の手は既に手刀が準備されていた。
――俺、殺される?
「話を聞いてくれ!」
かくかくしかじかと経緯を話してみたが、納得したような納得していないような。
こういう時、響の無表情は困る。
「……そうなの。前に約束してたのね」
俺をじーっと見つめる響が怖い。
「……私の知らないところでそんな話を進めるだなんて……」
ちょっとだけむすっとしているように感じるのは気のせいだろうか。
それよか、そろそろ下駄箱に移動しないか?
登校中の生徒達が俺達をチラチラと好奇の目で見ているんだ。
『修羅場?』と俺の耳に誰かの声が聞こえる。
いや、そのつもり無いんだけど。
中には俺への憎悪のこもった目をしている男女もいる。
この状況は色々な意味で避けたいぞ。
「……それじゃあ、明人君。次は私と約束して貰えるかしら?」
「はあ? 何ですかそれ!」
愛が納得いかない顔で響に噛み付く。
「愛さんは良くて私は駄目なのかしら。――ねえ、明人君?」
何この選択肢が無い質問。
これ駄目って言えないじゃん。
「ぜ、善処します」
「それはイエスと受け止めていいのね。良かったわ。さあ、いきましょう」
くるりと背を向けて、下駄箱へと歩き出す響。
愛はあんぐりと口を開けて、俯いたかと思うとぶるぶる身を振るわせ始める。
「なんで……、なんで、こういうことになるのよぉおおおおおおおおおおお!」
愛の絶叫が学校内にこだました。
落込んだ愛にまともに声をかけることも出来ず、愛とは下駄箱で分かれた。
ぶつぶつと何かを呟いていたけど、中身が黒かったので愛の名誉のためにも記憶から消しておこう。
教室に行くまでの間、ちらほらと視線を感じる。
朝の出来事はたくさんの生徒に見られた。
教室に入ることに一抹の不安を感じる。
☆
教室内に入ると目に涙を溜めた川上にいきなり平手打ちされた。
「この色ボケ! 姫様に手を出したら、ただじゃおかないんだから!」
俺が何をした? 理不尽すぎるだろ。
情報の伝達は早いもので、朝のいざこざがもう教室内に伝わっているようだった。
クラスメイトからの視線が痛い。あちらこちらから俺への尖った視線が突き刺さる。
ときおり「最低だよねー」と言う声が聞こえる。それ俺の事?
被害妄想なのか、本当に俺の事を言っているのかわからなくなる。
せっかく父親と和解できたというのに、この状況は辛すぎる。
しばらくして太一が登校してきた。
教室に入るなり周りの状況に不穏を感じたのか、真っ直ぐに俺のところへ向かってくる。
「明人、お前また何かやったのか?」
俺は朝の出来事を太一に話した。
「お前……そのうち爆発するぞ?」
呆れた顔で言う太一。
太一が言うのも分かる。響は綺麗だし、愛も可愛い顔をしてる。
そんな二人に言い寄られて俺は幸せ者だと言える。
でも、気持ちが追いつかないんだよ。
好意と恋愛感情って一緒じゃないだろ?
二人に好意はあるけれど、それ以上感じないんだよ。
響も愛も俺がその気になったらって感じだけれど。
そもそも恋愛感情がわからないのに、その気になる気がしないんだよ。
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