174 失ったものと得たもの7
アリカのアイアンクローに沈められた俺。かなり頭が痛い。
アリカさんてば、手加減まったくしてくれない。
脳みそが飛び散るかと思ったくらいだ。
唯一の救いは美咲が乱入してこなかったこと。
ダブルでやられた日には終わっていただろう。
そんなことをカウンターの中でダウンしながら考えていた。
「アリカちゃんもう大丈夫?」
美咲が心配そうにお仕置きを終えて満足気にしているアリカに言った。
まあ、そこは当然だろう。なにせ魔食を食べた犠牲者二号だからな。
「え? 美咲さん何がです?」
あっけらかんと答えるアリカ。
……アリカの奴覚えていないのか?
……それとも、あまりの忌まわしき出来事に記憶を封印したのか?
「アリカちゃん私の作ったの食べて気絶したんだよ?」
正直に自分の作った物が原因だと言う美咲。
そこは責任感じているんだな。
「またまたー。食べ物で気絶するやつなんかいませんよー。多分、急に貧血でも起こしたんですよ」
すまんがここにいる。
それとお前もだ。
アリカって楽天的に考えるんだな。
「あ、そうだ。あたし表屋で捕まってたことにして欲しいんですけど」
「どして?」
「ずっと戻ってなかったから前島さんに怒られそうで……」
指先をちょんちょんと突きあって、ばつが悪そうな顔で言うアリカ
「……前島さんには俺から言ってあるぞ?」
「え、マジで? てか、あんたいい加減起きなさいよ」
俺を見下ろして言うアリカ。
下から見ても出るとこ出てないな。
おっと目つきが変わった。危ない危ない。
「頭、痛いんだよ。誰かさんが手加減しねえから」
「もう一回いっとく?」
「遠慮します。すいません」
身の危険を感じた俺は簡単にプライドを捨てた。
「そっか。……言ってくれてるんだったら怒られないかな。あたし戻ります」
そう言うとアリカは裏屋へと戻っていった。
結局、あいつ俺にアイアンクローしに来ただけじゃねえか。
そういえば、あいつ何で俺が気絶してる時に表屋に来ていたんだろう。
用事があったんじゃないのか?
気になったが用事があるならまた来るだろう。
また美咲と二人になる。
俺は少しばかり警戒していた。
美咲の中でお仕置きが消化されていないことを恐れてだ。
「なんか拍子抜けしちゃったね。……何、警戒してるの?」
ばれた。
「い、いや、美咲のお仕置きがくるかと思って」
「ああ、それならもういいよ。アリカちゃんが代わりにやってくれたし」
そう言うと、美咲はふうと一息ついて椅子に座った。
「……今日、お客さん一人も来ないね」
気付いていたけど言わなかった一言を美咲がずばりと言う。
「GWだからしょうがないんじゃない?」
とは言うものの、今まで夕方までには買わないまでも数人の来店はあった。
今日は来店者すらいない。本当にこの店の将来が不安になってくる。
その状態がずっと続き夕方になり、何だか小腹が空いてくる。
遊びに行っていた二日間で夕方頃に食事をとっていたせいだろうか。
いつもならバイトが終わってから晩飯にしてるので、その時間まであまり腹が減らなかった。
きっと習慣になっていたのだろう。どうやら生活リズムが狂ったようだ。
三時頃に柏餅を食べたが、その後の魔食で胃が刺激され消化速度を上げられたかもしれない。
もしかしたら本当にそうかもしれない。
『くぅ~』
横から音が聞こえた。今のは美咲からだ。
これは聞いていない振りした方がいいだろう。
人間だもの、お腹くらい空く。
ちらりと顔を向けずに横目で美咲を見てみると、顔を赤くして汗をかいている。
きっと美咲も追求して欲しくないはずだ。うん、そうしよう。
『く、くぅ~』
また音がした。
それと同時に美咲が自分のお腹に『ドン』っと拳を食らわす。
「ぐふっ」
どうやら自分で強く叩きすぎたようだ。ダメージを受けたらしい。
涙目でカウンターに突っ伏し相当痛かったのか、お腹を押さえて震えている。
こういう時、俺はどんな態度すればいいんだろう。
笑っていいのだろうか?
それとも「お腹空いたよね」って言えばいいのか。
いや、これだと美咲の腹の虫が聞こえたことをさしてしまう。
「美咲どうしたの?」って聞けばいいのか。
いや、これも白々しい気がする。
ここは変に悩まず普通に自然体で言う方がいいかもしれない。
「美咲、お腹空いたの?」
美咲は声も出さずに泣き出した。
どうやら選択もタイミングも間違えたらしい。
「……明人君嫌い」
不貞腐れた美咲。
カウンターに突っ伏してそっぽ向いている。
相変わらず年上とは思えない行動だ。
「腹ぐらい誰でも減るでしょ。俺も腹減ってきたし」
「……聞き流してくれてもいいじゃない」
そういった途端、美咲から『きゅるるるるるる』とまた音がした。
さっきより明らかに力強く自らの腹部に拳を奮い、『ドス』っと鈍い音がした。
「~~~~~~~~~~」
あ、痛みを我慢してる。
今のは相当痛かったようだ。
その証拠に足を揺すぶっている。
動かないと我慢できないんだろうな。
美咲の我慢タイムが終わったのか、突っ伏していたカウンターからむくっと起き上がる。
エプロンからメモ帳を取り出して何かを書き始めた。
前科があるだけにあまりにも気になるので、そっと覗いてみる。
『五月五日。明人君にお腹の音を聞かれた。一生の不覚。道連れにして死のう』
「ちょい待て!」
「ぬ! また乙女のメモ帳覗いたね?」
「内容が乙女じゃねえよ!」
「乙女にはお腹の音聞かれるのが、どれくらい恥ずかしいか分からないの?」
「腹の音ぐらい誰でもあるだろ。それよか何ですぐに道連れにしようとすんだよ?」
「一人じゃ寂しいじゃない!」
相変わらずの暴走振りだった。
俺にどうしろって言うんだ。
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