171 失ったものと得たもの4
青ざめて埴輪の表情になったかと思うと、今度は顔を真っ赤にして父親に頭をペコペコ下げる。
「は、初めまして。ふ、藤原美咲と申します」
俺の父親とはいえ、初対面の男性だと美咲が緊張してしまうだろうと予測はしていた。
もしかしたら話す事がまったく出来ないかもしれないとすら考えていた。
だが、てんやわん屋にいるからなのか、思ったよりもましな対応をしている。
ちょっと挙動不審な感じもするけど、これなら美咲との話もちゃんと進められそうだ。
「あなたが藤原美咲さんですか? いつも息子がお世話になってます。今日は少々お願いがあって迷惑を承知でこちらに参りました。仕事の邪魔をしてはいけないので、話が終わり次第すぐに引き上げます」
父親は大人の対応なのか美咲の挙動不審にもびくともしていない。
「お、お父様! そんな事おっしゃらずにゆっくりしていって下さい。明人君と久しぶりに会ったんでしょ? 成長ぷりをぜひ見ていってあげてください!」
美咲の様子がおかしい。普段もおかしいけど、輪にかけておかしい。
何より何? この気合と緊張の入り混じりぶり。
一つのミスに命がかかってるような感じだ。
父親は前もって俺に言っていたことを美咲にお願いした。
「もし明人に何かがあった場合に私に連絡して欲しいんです。親馬鹿で申し訳ないですが頼みを聞いてもらえるでしょうか?」
「お安い御用でございます、お父様! こんな私でよければその役目承らせていただきます!」
おいおい美咲。
そこまで気合入れたら流石に父親もちょっと引き気味だぞ。
「それはありがたい。これは私の名刺です。アドレスも書いてあります」
父親は美咲に名刺を渡して、美咲の顔をじっと見つめた。
「明人の言うとおりとても綺麗な人ですね。息子のことお願いします」
「そんな、て、照れます。お、お任せくだしゃい!」
噛んだぞ、おい。
「父さん。もういいだろ? 俺もバイトだから」
「ああ、そうだな。どうもお邪魔しました。それじゃあ明人頑張れよ」
「もうお帰りになるんですか? お茶も入れてないのに!」
こらこら、今から店開けなきゃいけないだろう。
父親は美咲に頭を下げるとてんやわん屋を後にした。
美咲はわざわざ入り口まで出て行って見送っていた。
俺も付き合って一緒に見送る。
しかし、やっぱり恥ずかしい。
わざわざバイト先に親がくるっていう状況が恥ずかしい。
やっぱり断ればよかったかな。
父親の姿が見えなくなって二人して店の中に入る。
美咲は店内を見回して、外にもう一度目を向けて呟く。
「さて……」
父親と話していて開店の準備が遅れた。
さっさと用意しようと言う気なのだろう。
「――お仕置きといきますか」
「何でだよ?」
やばい……目がマジだ。
これは俺を狩る気の目だ。
理由は分からないが逃げた方がいい気がする。
うん。逃げよう。
しかし、美咲の方が上手だった。
俺の動きを察知してしゅるしゅると背後に回りこむ。
素早い動きで俺の首へと腕が絡みつく。
ねぇねぇ、前よりスキル上がっていませんか?
「ちょっと待て! 何でお仕置き?」
「お父様が来るなら来ると何で言わないの⁉」
「そんなもんでお仕置きされる意味がわからん!」
「今回はしないと駄目だったの! かくごぉおおおおおおおおおおお」
「うきゅー」
…………父さん。
俺に何かあったら連絡して欲しいって言ってたよな。
さっそく起きたよ。
でも、連絡は行かないと思うよ。その張本人がやってるから。
そんなことを考えていると意識が暗転した。
☆
どれくらい経ったのかわからないが、目を開けたとき俺の顔を覗き込んでいたのは、つなぎ姿のアリカだった。
「あ、起きた。おはよー」
「あ、あれ? アリカ何でお前ここに? ……あれ、ここ更衣室か?」
「びっくりしたわよ。表屋行ってこいって、前島さんに言われてきたら、あんたが美咲さんに首絞められてバタンキューしてるし。しょうがないから、あたしがここまで運んだんだからね。感謝しなさいよ?」
「ああ、悪い。重かったろ」
「あんたぐらいなら平気よ。んで、何があったの?」
「親父が一緒に来たんだよ」
「えーと、単身赴任してるっていう?」
「そうそう帰ってきててさ。んで、急に連れて来たって理由で首絞められた」
「ああ、急にかー。だったら、あたしもやっちゃうかも……」
お前ら怖すぎる。そういうところは似ないでくれ。
何で俺に対する攻撃性だけは類似するんだ?
「ほら起きたんなら、さっさと準備して来なさいよね」
アリカはそう言って更衣室の扉に手をかけると、ぴたっと動きを止めた。
長いツインテールの髪を振りまいて振り向くアリカ。
何だ? 俺の顔に何かついてるのか?
やけにじっと見つめてるけれど。
「……何で愛とデートすんの?」
「へ? メールで書いただろ。約束したんだ」
「どっちから誘ったの?」
「愛ちゃんからだけど」
「ふーん。そっかそっか。愛からか……で、どこいくの?」
「まだ何も決めてない」
「ふーん。そうなんだ。まあいいや、早く準備しなさいよ?」
アリカはそう言って更衣室を後にした。
何なんだ一体。
準備してレジカウンターまで行くと、美咲が枯れていた。
今日はいつも以上に変化が激しいな。
埴輪になったり、気合が入ったお姉さんになったり、枯れ木になったりと忙しい人だ。
「アリカ。これはどういう状況?」
カウンター内の椅子に座るアリカに声をかけると、
「また、やっちゃったって自己嫌悪中みたいよ?」
困ったような顔して答えるアリカだった。
まあ落とされた本人だから言うのもありなんだけど、反省して下さい。
それからしばらくして美咲が復帰。
俺の父親の話題になった。
「明人君てばお父様似なのね。歳を重ねればああいう感じになりそうだね」
「あたしも見たかったなー」
「あ、名刺に写真あるよ。明人君見せてもいいよね?」
俺が頷くと美咲は父親から受け取った名刺をアリカに見せた。
「あ、ホントだ。明人と似てる。明人が年取った感じ」
そうか?
俺は父親と似てるって思ったこと無いんだけど。
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