16 子供と大人3
「私、アリカちゃんがあんな感情的になるの初めて見たな~」
美咲さんは少し悔しそうな口ぶりで言う。
「美咲さんの前では、猫かぶってただけでしょ?」
「えー? でも明人君の前じゃ初対面で出したんでしょ?」
「俺があいつの事、小学生とか言ったからですよ、それで怒ってるんですよ」
「あは、それは明人君が悪いね」
外見だけで勝手に思い込んだのは、確かに俺だから返す言葉も無い。
「あいつ裏屋長いんですか?」
「んーと、去年の八月の終わりからかな? どうして?」
「いや裏屋の人たちとは仲良さそうだったから、長いのかなって思って」
「気になる?」
「い、いや、そういう訳じゃないですけど。一応同じ店で働くわけですから、喧嘩ばっかりも良くないかなと思ってですね。あいつの事知っとこうかなと」
「ほほ~?」
美咲さんの目がやけにニヤニヤしてるのが気になる。
「そっか~、明人君はアリカちゃんと仲良くしたいんだね。はっ⁉ それだと私とアリカちゃんと明人君が三角関係に……そしてここを舞台に、ドロドロの恋愛模様が繰り広げられていくんだわ! そうなると、私と明人君が……ライバル?」
「ちょっと待った。全てがおかしい!」
「え、違うの?」
「違う!」
この人の思考回路が分からん。一緒に暮らしてるという先輩を尊敬したくなってきた。
「俺が言いたいのはですね、あいつの事少しでも知っとけば、喧嘩の種を無くす事も出来るんじゃないかと思ったからですよ」
「おー、明人君。大人な意見だね。私じゃ思い浮かばないよ?」
「いや、あなた仮にも成人なんだから、そういうの考えてください」
「でもヤラハタよ?」
「それは関係ねえ!」
前の時もそうだったが、この人言葉の意味分かってるのか?
聞かされたほうが顔が赤くなるわ。
「ん~、私が知ってる範囲って言っても、前島さんがオーナーに紹介した経緯かな?」
あの怖い前島さんがアリカをオーナーに紹介したのか。
「澤工って澤工祭準備を夏休み前からやってるらしいんだけど、前島さんは澤工OBで毎年そのお手伝いで澤工に行ってるの。前島さんは有名人みたい」
なんか俺の中のイメージしてた前島さんとは違うな。どっちかっていうと、バイクで爆音立てながら走り回ってた様なイメージが似合う。
「それで去年の夏休みも澤工にお手伝いしに行ったんだって。そしたらアリカちゃんがいて、色々教えてるうちに懐かれちゃったらしいの。ここにアリカちゃんが前島さんを何度も尋ねて来た事があったの」
「へー。なんかどっちも想像できないんですけど」
「行動力が凄いよね? それで困った前島さんが、店長経由でオーナーに相談したら『雇えばいい』ってなったんだって、それからだよ」
「雇えっていうオーナーもオーナーですね」
「その後は一緒に仕事してるわけじゃないから、詳しくわからないけど、いい子なのは分かるわね。それに可愛がられてるのも分かるわ。だって可愛いし」
「可愛いですかね? 生意気な奴だと思いますけど」
「可愛いでしょう? ツインテールよ生ツインテール! しかもあの、ちっこさ! あ~もうなんていうのかしら? 捕まえて『ぎゅ~っ』てしたくなるのよ」
美咲さんは顔を赤くして鼻息を荒くしながら、自分で自分を抱きしめながら言ってる。正直怖いです。
「美咲さん……それ病気ですね。」
ジト目で美咲さんを見やると、
「だって可愛いんだもん! 可愛いは正義よ!」
何を言っても無駄な気がしたので放置することにした。
☆
俺はふと、美咲さんの手前に置いてある荷物が気になった。アリカがさっき持ってきた箱だ。
「美咲さん、これ何ですかね? 商品?」
「店長からって言ってたわね。多分そうだと思うから開けてみて」
箱の中を見てみると――石?
表面がピカピカに磨きぬかれた石材と添付書が入っていた。
複数の形が入っているが、組み立て物か?
「石灯篭かしら? 落とすと割れるかもしれないから気をつけてね」
「これ中出して飾ったほうが良くないですか?」
「そうね……奥のオブジェコーナーにでも組み立てて置いとこうかな?」
「んじゃ、運びますよ?」
「あ、お願い」
荷物を持とうとするが、思った以上に重かった。何これ重すぎだろ? これアリカはさっき軽々と持ってたぞ。重たそうな雰囲気なんか全く感じなかったのに。
「お、重い……しかも中のバランスも悪い」
俺は今まで力のいるバイトもやったことがあったから、運べないことは無い。そんなに非力でもない。がしかし、予想以上の重さと箱のバランスの悪さに苦労した。これを軽々と運んできていたアリカはどんだけ力強いんだ。
予想外の重さに苦労しながら箱を運び、床に置いて中身を丁寧に一つずつ取り出し、添付してあった図面通りに組み上げていく。組み上げるのに思ったよりも苦労したが、完成した形を見ると、よく時代劇なんかで出て来そうな石灯篭だ。表面は鏡面磨きされていて、うっすらながら俺の姿を反射している。
「……こんなの買う人いるんすかね?」
「正直わからないわね。お金持ちが道楽で買うかもしれないわ。値段も高いのか安いのかわからないし」
添付してあった図面には付箋メモ用紙が付けられていて、価格四万五千円と書いてあった。この値段で販売しろと言う意味らしい。元の値段は幾らだったのだろう
「売れない商品はどうするんだろ? このまま、増えていくだけじゃ……」
独り言を呟いていると、
「それ私も昔思ったんだけどね。ここにある商品はネットとかにも出してて、一応、そこそこ売れたりしてるみたいなの。発送とかは、オーナーが手配してるからよくわからないけど、おそらくオーナーの関連会社の人だと思うわ」
「意外と手広くやってるんですね」
「そうね。日本だけじゃなくて海外も相手にしてるようだから、一応グローバル企業なのよ」
「それは大げさなような」
「ふふ、それもそうね」
いたずらっ子のような笑みを浮かべながら美咲さんは言った。
グローバルと聞くと、この間、授業中に教師が語っていたことを思い出す。
『都会に比べると小さな街だが、この小さな街でも世界の商業とつながりを持つグローバルポートのひとつであることには変わりない。
世界の流通はネット社会の普及とともに大きく変動し、いまだに安定しない世の中になっている。
昔の商業は現地に赴き交渉し、仕入れ、卸、仲介、販売が主流で、その中でマージンをそれぞれ得ていくのが主流だった。
当然、その過程には副産物がつきものであり、輸送や仕分け、交渉の場の食事や宿泊そういった産業や観光業界もまた、その恩恵を受けていた時代である。
時代の流れか文明の進化か、今となってはネットを利用した交渉や購入で簡単に進められていく。現地に行かなくても、その土地の特産品を購入できたり、動画や画像で知ることが出来たり、ある程度の満足感は得ることが可能なのである。
不必要な物がどんどんと合理化されて、削減されていき、グローバルな視点によって築かれた世界は、他者よりも優位に立とうとした者たちで溢れかえり、それは強者と弱者を更に加速させた。強者はより多くの報酬を得て、弱者は少ない報酬をわけあうのである』
と、教師は授業そっちのけで熱く語っており、そのときは『うざい。早く終われ』としか思っていなかったのだが、教師の言ってる事に間違いは無かった。
俺達生徒に世の中の現実を教えてくれるのはいいが、その対策について聞いてみても、口を揃えて勉強していい大学に入り、一流企業に就職する事や一級公務員を目指すことだと言う。
なんと門戸の狭い対策か。あふれ出た弱者はどうすればいいのだろう?
競争に負けた者は、妥協と折り合いを付けているのが現実なのは分かるが、目的を失った者は次が見つかるまで、どうすればいいんだろう?
アリカに言われた事も分からないでもないが、俺自身がわからないから知りたい。
何をどうすればいい?
今の俺の目的は家を出ることそれ以外思い浮かばない。これは目的か?
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。