168 失ったものと得たもの1
部屋に入った俺は電気も点けずにベッドに転がり込んだ。
――何で、俺は帰ってきたのだろう。
くだらないことを自問自答する。
何をやっているんだ。
時間稼ぎしてまで結局、家に帰ってくる。
帰ってきても何も満たされるものが無いのに。
ベッドに身を預けていると鞄に入れていた携帯が振動していることに気付いた。
携帯を取り出してみる。電話の方だった。
「――はい、もしもし。木崎です」
『明人? 俺だ俺』
「俺俺詐欺なら間に合ってます。それじゃあ――」
『ちょ! 太一だって』
「分かってるよ。電話なんて珍しいな」
こんな時に電話してくれて助かるよ。
会話をしながら真っ暗だった部屋の電気を点ける。
真っ暗な中にいたせいか、電灯の光で一瞬目がチカチカとした。
『メールしたのに返事来ないからよ』
メール? 全然携帯見てなかった。
「悪い。今、携帯取り出したばっかなんだ」
『そっか。まあいいや。それでさ――』
太一からの話はバスの中での続きだった。
太一的にはライバル宣言までした以上はアプローチしたいけど勇気が出ない。
愛に嫌われたり距離を置かれたりするのが怖いらしい。
こういう話を聞くと太一が恋をしているのだなと実感する。
好意はあっても恋愛感情につながらない俺とは大違いだと思う。
『――まあ、ライバルの明人にいう話じゃねえんだけどな。ちょっとした愚痴だ』
そう言って太一は電話越しに笑っている。
「俺が太一にがんばれっていうの変だしな」
『違いねえ。ところでよ。今度の土曜日空いてないか?』
土曜日……バイトが無かったとしても愛との約束がある。
非常に言いづらい。
「バイトかもしれないし……。もし空いてたら例の約束が……」
『例の約束? ああ、愛ちゃんとデートか。犬から避難してた時も愛ちゃんがそんなこと言ってたな』
「え、マジで?」
『早めに行ってやれよ? そのうち愛想尽かされるぞ。……そうなったら俺がチャンスだろ?』
俺が気にしすぎなのか。
太一からそう言われると心が軽くなった気がした。
「ばーか。約束したんだからちゃんと守るよ。ところで土曜日がどうした?」
『親父がまた出張でさ。母さんが明人を晩飯に誘おうって、なんなら泊ってってもいいとか言ってるからさ。母さん明人が気に入ったらしい』
「気に入って貰えたなら光栄な話だ。バイトもあるかもだし、約束のことあるから、ちょっと無理かも」
『ああ、いけるようならまた連絡くれ。それじゃあな。おやすみ』
「ああ、わかった。おやすみ」
電話を切った後、メールを確認すると、太一の他に愛、アリカ、美咲からもメールが入っていた。
太一からのメールは『返事くれ』とタイトル。
太一にしては珍しい。
中身は電話で聞いた内容ばっかりだった。
愛からはいつものように長文メール。
途中理解不能なところもあったが、後半で今日の態度はごめんなさいと謝っていた。
家まで送ったときの帰り道でのことだろうか。
全然気にしてないという返事と、土曜日の件はバイト先で確認することを返信しておいた。
次にアリカからのメールを見てみる。
タイトルが『ちょっと』だった。
あいつの件名もおかしいの多いな。
中身を見てみると、
『あんた愛に何言ったの? なんか家で一喜一憂してんだけど?』
デートのことかな?
愛を不安な状態にさせたかもしれない。
姉としては妹が一喜一憂してたら心配にもなるよな。
『愛ちゃんにも送ったけど、デートの件だと思う。明日確認すると伝えたから大丈夫だ』
と、返信しておく。
次に美咲のメールを確認。
なんとなく内容は予測できる。
タイトルは『ごめんなさい』。
内容も予想通りの内容だった。
晃の態度を謝罪する内容だった。
確かに敵意の有る眼差しで見られたから気分がいいものではなかったが、美咲の事を思っての行動だとするなら許容できる。それに幼馴染の久々の対面なのだから水を差すのも悪い話だ。
『気にしてないからせっかく来てくれた幼馴染と話でも咲かせてくれ』
と、返信した。
美咲へのメールを送信した途端、新たなメールの着信。
アリカからだった。
タイトルは『誰が?』で、内容は短く『デートって、誰が誰と?』だった。
あれ? 愛から聞いてないのか?
まあいいや、簡単に返信しておこう。
『愛ちゃんと俺。ちょっと前に約束した』と手短に返信。
数分経っても返事が無いので納得したのだろう。
考えてみれば、俺から言わなくても愛に聞けば分かる話だった。
また静けさが部屋に満ちてくる。
それと共に陰鬱な空気が俺にまとわりついてる気がした。
今頃、下では両親が何かの話をしているだろう。
どうせ俺には関係のない話だ。
携帯を触ったついでに、みんなで登録したアルバムを見始めた。
嫌な事も忘れられるだろうと思ったからだ。
アルバムを見ていると、外から車のエンジンをかける音が聞こえた。
窓から見てみると、母親の車が家から出て行くところだった。
こんな時間から出かけたのか。
もしかして職場で何かがあったのか?
俺には関係が無いことだが少し気になった。
車が見えなくなった頃、通路からパタンと扉が閉まる音が聞こえた。
どうやら父親が自分の部屋に入ったようだ。
この隙に風呂に入ってしまおう。
さっさと用意して下に降りてシャワーだけで済ませた。
時間をかけて入るのを避けたかったからだ。
部屋に戻ってきた俺は、また少しの間アルバムを見て、それから学校の課題を進めることにした。
何かをやっていないと陰鬱な空気に飲まれそうな気がしたからだ。
課題を進めていると、聴きたくない音が聞こえた。
コンコン、と俺の部屋をノックする音。
心臓がきゅうっと握られたような感覚に襲われる。
今、家にいるのは父親だけ。
つまり、そこには父親がいることになる。
今まで俺を無視し続けた人間がいまさら何の用なんだ。
コンコン――と、もう一度ドアを叩く音がして、
「明人。すまないが話があるんだ」
高校に入ってから一度も聞いたことが無い父親の肉声に、懐かしさと戸惑いを隠せなかった。
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