164 Walk around6
雑談しながらアリカ達の家へと向かう。
アリカを先頭にして太一、綾乃が続き、美咲と響が並ぶ。
その後ろを俺と愛がついていっていた。
俺の横を歩く愛は、ちらちらと俺の顔を見ては肩を落としていた。明らかにがっかりした様子。
やっぱり、みんなを引き連れて送るって言うのは、愛の思っていた事ではなく駄目だったか?
せめて家に着くまではと思い、隣に並んでいるのだけれど何となく気まずい。
「あの……このパターン駄目だった?」
「いえ、そういうわけではないんです。……この後、美咲さん送っていくんですよね?」
愛はそう言うとまた表情を曇らせ俯いた。
太一達はともかく美咲が一緒にいることが愛にとっては気がかりなのだろうか。
美咲を送っていくのは、バス停から美咲の家までの間が心配なのも確かにある。
でもそれは俺の言い訳で俺が自分の時間を潰すため。
……いや、一人の時間を少なくしたいってのが一番の本音だ。
美咲の願いというわけではなく、俺の勝手なわがままだ。
「うん。バス停から美咲さんの家までそれなりに距離あるし、夜道一人になると危ないからね」
何故だか言い訳めいた言葉が口に出る。
その言葉は愛の耳に届かなかったのか、愛は俯けた顔を上げることはなかった。
「……追いついたと思ったら……また離される」
愛が小さく呟いた。
何の話かと思ったが声が小さくてよく聞こえない。
「離される? 何に?」
俺が聞きなおすと、愛は「何も無いですよ」と首を横に振って無言になった。
しばらくその状態が続き、不意に愛が顔を少し上げて前を歩く美咲の背中を見つめる。
気のせいか、瞳の奥に暗い炎を宿してるように見える。
愛からまた呟き声が聞こえてくるが、これも聞き取り辛い。
耳をすまして聞き耳を立てると、
「……今なら……やれる。……首……がら空き」
俺の耳がおかしくなったようだ。
この間から削ぐとか言ってるし、怖いんですけど。
ファミレスから歩いてほんの五分の距離。住宅街の角地にアリカ達の家が見えてきた。
バーベキューの時にてんやわん屋までアリカ達を迎えに来た車が駐車場に見える。
今日は両親が家にいるようだ。
娘たちが帰ってくるのを首を長くして待っていることだろう。
横の愛をちらりと見ると視線は自分の家に向かっていた。
愛の表情は残念そうなのと我が家に帰ってきた安堵感が入り混じったような微妙な表情に見えた。
愛は立ち止まり、手をぎゅっと握り締めると身体の向きを俺に向け頭を下げる。
「今日は送ってくれてありがとうございました。……今度のでーとを楽しみしておきます」
頭を上げた後、上目づかいで俺の表情をうかがうような感じで見つめてくる。
「……土曜日の休みが分かり次第、計画立てるよ」
何となく念を押されたような気もしたが、約束は約束で早めの方がいいだろう。
しかしながら、デートと言われてもデートをしたことが無い俺は何をすればいいんだろう。
俺の周りで男といえば太一だが、さすがに愛とのデートを相談するのは気が引ける。
クラスの男子に相談するにも、距離を取られた今の状態だと相手にされない可能性が高く無理がある。
日頃の行いのせいか、こういう時相談する相手がいないのは困る。
家の前に着くと、アリカと愛が一歩前に進んで俺達に振り返る。
「ありがとね。昨日と今日はとっても楽しかった。みんな帰り気をつけてね」
「名残惜しいですけど、お別れです。機会があればまた誘ってください」
アリカがみんなにぺこっと頭を下げて言うと、愛もアリカに倣って頭を下げる。
「そんなにかしこまらなくても」
太一が言うと、アリカは「あ、そっか」と舌を出して笑った。
こいつテヘペロが似合うな。
さすが天然幼女だけはある。
だから睨むな。何故分かる?
「あれ?」
頭を上げた愛が、俺を見て急に言い出した。
視線を追いかけると俺の胸元辺りを見ている。
周りのみんなも愛の声と視線を追いかけて俺の胸元辺りを見ている。
自分で見てみても特に変わった感じは見えないけれど何か付いているんだろうか?
愛が視線を固定したまま俺の前に移動してくる。
「明人さん、ちょっと両脇広げて貰っていいですか?」
「こう?」
言われるがままに両手を広げると、
「そのままでお願いします――――いただきです!」
そう言って愛は胸元に飛び込んで俺に抱きついてきた。
また騙された?
「わーい。えねるぎーちゃーじ~。すりすり」
「ちょちょちょ! 愛ちゃん」
愛は俺に抱きつき両腕でしっかりと俺の身体をホールドして胸元にすりすりと顔をすりよせる。
動かれると俺と愛の間でむにょむにょと柔らかいものの感触が伝わってくる。
「うふふふ。恥ずかしがる明人さん可愛いです。すりすり。お名残惜しいので、しばらくこのままで」
いや、抱きつかれて嬉し恥ずかしいんだけれど、これお約束になってない?
今までほんわかしていた場の空気が急激に凍りついてるんだけど。
案の定、俺と愛の姿を見た途端、口元に大きな笑みを浮かべる美咲。
でも目が笑ってない。
ぴきぴきと額に青筋を立てているアリカ。
眉毛も痙攣してんのかって勢いでピクピクしてる。
無表情の響だが、軽く握っていた手が一瞬で伸びる。
それって手刀の形だよね?
ツカツカと三人が無言のまま寄ってきて、まずアリカが俺と愛の間に手を突っ込んできて引き剥がす。
俺と愛が引き剥がされた瞬間、左右から美咲と響が俺の両腕を片方ずつがしっと掴み、手刀が俺の空いた脇腹を同時に突き刺す。
「げふっ!」
何、この決まっていたかのような一連の流れ。
いつ打ち合わせしたの?
太一はその様子を呆れた顔で眺め、綾乃はどうしようかと悩んだ表情で傍観している。
見てないで助けてくれ。
「愛! こんなところでご近所さんに見られたらどうすんのよ!」
引き剥がした愛を叱りつけるアリカ。……二発目。
「だってぇ~。連休明けまで明人さんに会えないんだもん。ちゃーじちゃーじ」
愛は身体を揺すってまるで駄々っ子みたいに言う。……三発目。
「それぐらい我慢しなさいよ!」
ぐぐっと顔を近づけて愛を睨みつけるアリカ。……四発目。
そろそろ手刀で突くのやめて貰っていいですか?
そろそろ脇腹がつりそうなんだ。
「あんたもあんたで簡単に引っ掛かってんじゃないわよ!」
くるりと振り返り、俺に罵声を浴びせるアリカ。
それと同時に左右から五発、六発と連打をくらい俺は崩れ落ち、ようやく解放された。
「とりあえず、家に入るよ! みんな気をつけてね」
愛の手を取って家の玄関に向かう。
玄関の扉を開けたところで二人はもう一度振り返り小さく手を振った。
太一達も答えるように手を振り返している。
そして二人は家へと入っていった。
その間の俺は……計六発の手刀を浴び、愛里家の塀に身を預け少しでも回復しようと試みていた。
俺も手を振ってやりたかったんだけど、ちょっとダメージが大きすぎた。
「次は響だな。おーい明人置いて行くぞ?」
響のマンションへと足を進める太一らが身体を休めている俺を呼ぶ。
もうちょっと休ませてくれないか?
食った後だからか、余計にダメージが残ってるんだ。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。