160 Walk around2
太一の後ろをついていくと、響とアリカがすでに火花を散らしていた。
「さあ響。ギャラリーも来たことだしコテンパンにしてあげる」
「あら、負けるとは思ってないのね?」
二人が立っているのは、ダブルスもできそうな大き目のエアホッケー。
二人とも、白いマレットを何故か両手に持ってスタンバイしていた。
センター部には、空中にネットが張られていて、上部にデジタル表示の得点版がある。
青がアリカの得点、赤が響の得点のようだ。
台の中央では審判と言うわけではないが、愛がニコニコと笑って突っ立っている。
俺と美咲は愛の反対側で見物、太一と綾乃は愛の横に行って見物することにした。
「みんな連れてきたよ」
太一が愛にそう言うと、
「ありがとうございます。香ちゃんそろそろ始めちゃう?」
「愛、いいわよ。お金入れて」
「は~い。では響さん対香ちゃんの勝負始めますー」
愛がコインを入れると、ガチャンと音と共に響側にパックが落ちてくる。
「いくわよ」
台上にパックを横に滑らせ、無表情に言う響。
響の持つマレットが滑ってきたパックを斜めに向かって鋭く打つ。
斜めに打たれたパックは外壁に当たり、ブニョンと音を発し反射してゴールへ向かう。
そうはさせじとアリカが右のマレットでブロックする。
ブロックは成功したが、勢いをなくして跳ね返すだけに留まった。
「――もらったわ」
すでに予測済みだったのか、響は台の左手に戻って来たパックに渾身の右を放つ。
ガシャンと音を立てて真っ直ぐにゴールに吸い込まれるパック。
右脇が空いていたところを突かれたので、アリカのブロックは間に合わなかった。
「いただきね」
響は無表情に言うと、両方のマレットで身構える。
油断はしていないようだ。
「くぅうううう。まだまだよ!」
出てきたパックを置いて滑らせてマレットで素早く打つ。
アリカは直球勝負にでたようで直接ゴールを狙った。
響の渾身の一撃よりも速い速度でアリカの打ったパックが響のゴールを狙う。
だが、油断していない響はその軌道にマレットを置いて簡単にブロック。
跳ね返ってきたパックをアリカは馬鹿力を駆使して強烈な一撃を見舞う。
強烈な一撃ではあるが、右へ左へと散らばるパックの軌道を響は器用に防いでいく。
「しつこいわね!」
「もうちょっと頭をひねったらどうかしら? 単純だわ」
「これならどうだああああ!」
左手でスマッシュすると見せかけて右のマレットでスマッシュ。
一瞬のフェイントで響の反応が遅れ、パックの軌道にマレット持って来るのが遅れた。
マレットに当てることは出来たが浅く、逆に自分のゴールへと導いてしまった。
結果的にみると響のオウンゴールのようにも見えた。
「やったあああああああああ」
「やるわね。ちょっと燃えてきたわ」
響の口端がわずかに上がる。
そこだけ笑うとちょっと怖いよ。
一進一退が続き、点差は5対4と一点差で響がリード。
お互い慣れてきたのか、なかなかゴールを割れない。
二人ともマレットを持つ手に力が入っているのが傍から見ていても分かった。
「この! この! この! この! この! この!」
「…………」
打つたびに「この」と言うアリカに対し、無言を貫く響。
性格でてるなー。
しばらくラリーが続き、焦れたアリカが壁に反射してすぐのパックを叩く。
叩かれたパックは浮き上がってしまいテーブルから飛び出した。
「――ぐはあっ」
そのパックの直撃を浴びたのがさっき格好いいところを見せた太一。
哀れすぎるだろ。
不意打ちをくらった太一はそのまま横に倒れこむ。
だがさらに不幸(幸せ?)なことに、倒れまいとして結果的に横にいた愛に抱きついてしまった。
「へ? いやあああああああああああ!」
太一はぶにょんと愛の豊かな胸に顔を埋めてしまう。
羨ましすぎるなお前。
愛は胸元に顔を埋める太一の頭をポコポコと叩く。
「ご、ごめん!」
すぐに離れた太一だが顔が真っ赤だった。
「……お兄ちゃん、ちょっと」
ゆらりと前に進み出て兄の襟首を掴む綾乃。
目が据わってる。綾乃ちゃんマジ怖い。
「ちょ! 待て! 今のは事故だ! わざとじゃない!」
「……いいから、こっち来なさい」
ぐいっと引っ張られ綾乃に連れて行かれる太一。
哀れ――先程の活躍はなんだったのか。
少し離れた場所で綾乃からのコンボを受けて空中に浮かぶ太一。
目頭が熱くなってしまった。
がんばれ太一。またいつかいい事あるよ。
「ぐはぁっ!」と悲鳴と共に聞こえる殴打の音。
とりあえず気にしない方がいいだろう。
太一の事などお構いなしにアリカと響の勝負は続いていた。
パックを置きなおしてのラリーは未だに相手のゴールを割らない。
突然、ブザーが鳴りパックの滑りが鈍くなって止まった。
「ああ? 時間切れ?」
「あら、これは私の勝ちでいいわよね? 残念だったわねアリカ」
「むぎぎぎぎぎ~。くやしい~」
歯軋りするほど悔しかったのか、アリカは地団駄を踏んでいた。
しかし相変わらずの勝負事となると手を抜くことなく全力を出す響。
ちゃんと結果がついてくるというのも高スペックな証明だと思う。
「あ~、ひどい目にあった。どっちが勝った?」
フラフラとしながら戻ってきた太一が聞いてくる。
お前、空中に浮くほど綾乃にやられてたけど大丈夫なのか?
慣れってすごいな?
「響の勝ちだ。守りきったわ」
「かあ~、響は何やらせても凄いなー」
「……あまりそういう言い方しないでちょうだい。好きじゃないの」
目線を合わせないようにして響がマレットをしまいながら言った。
「お、悪い。とりあえずこの二日で響が勝負事が好きなのは分かったからな。いいもん見れた。……ところで、愛ちゃんさっきはゴメン!」
愛の顔を見て頭を下げる太一。
そんな太一にプンスカと怒る愛だった。
「事故とはいえ許しません。愛の胸に顔を埋めていいのは明人さんだけ――あいだっ! 香ちゃん頭叩かないでってば」
訳が分からないことを言い出した愛にアリカがジャンプして頭をはたく。
ところで何でこっちに振るの?
そういう事するとさ……。
「ほほう?」
「……ほう?」
ほら見ろ。狩人達が目を覚ましたじゃないか。
「明人君よかったねー。愛ちゃんが胸貸してくれるって」
「何をチャンスを伺おうとしているのかしら?」
お前らそう言いながらザックザクと脇腹を手刀で刺すんじゃねえよ。
でも愛が「埋めていい」と言った時に一瞬、『え、いいの?』と思ってしまう自分がいたので耐えた。
はい、すいません。邪な心抱きました。
それは事実です。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。