158 歌ってみた3
熱いって言われても、本人的にはよくわからないが、悪くは言われてないようだ。
まあ、気にしないでおこう。
一巡したところで思い思いに曲を歌っていき、歌える歌は一緒に歌ったりもした。
綾乃が終わったところで、美咲が「うろ覚えだけど、いきまーす!」と言って、マイクを受け取る。
このイントロは――――美咲がてんやわん屋で口ずさんでた「うんだば」の曲。
俺の中で、この曲を思い出すたびに「うんだば」になりそうだ。
うろ覚えと言いながらもあっさり歌いきる美咲。うまいなー。
聞いているうちに、この曲の歌手より美咲の声の方があってる気がした。
挑戦した美咲を見て、アリカも歌ったことが無いボカロ曲に挑戦すると言い出した。
曲が始まると、どこで息継ぎするんだろうと思えるような高速で流れるテロップ。
最初から中盤まで頑張っていたアリカだったが、途中で青ざめた顔になり「ダメダメだああああ」と絶叫して、演奏停止に指を伸ばした。アリカは力尽きたようにがっくりと肩を落とす。
「香ちゃん諦めたら駄目だよ」
「……ごめん。はぁはぁ……心……折れたの。はぁはぁ……ついでに……軽い酸欠」
息を荒げながら素直に謝るアリカだった。ちょっと顔が青いけど大丈夫かよ。
こいつもアップダウンが激しくて忙しい奴だな。
それよか横で涎垂らしそうな勢いで怪しげな目をしてアリカを見つめる美咲が怖いんだが。
逃げた方がいいぞ?
(ちなみに、この直後、我慢しきれなくなった美咲がアリカを襲った。)
綾乃はアニメ曲のオンパレード。
見たことが無いアニメのばっかりでよく分からなかった。
太一が協力して台詞パートを手伝っていた。
「お兄ちゃんさっきの言い回しは微妙に違う。もっと下種い感じで」
と、歌い終わった後に、妹に指導されていた。
がんばれ太一。
(ちなみにアリカの悲鳴が聞こえるような気がするが、誰も気にしてない。)
愛はレパートリーが多いのか、歌ならなんでもござれとJ-POPから演歌まで歌っていた。
なんだ料理以外でもいけるのあるじゃないか。
「愛ちゃん音楽ならいい線いけんじゃないの?」
「歌は好きなんですけど。音楽の成績はあひるです」
「西中よね? 鑑賞文とか多めに書けば、最低でも3は取れると思うのだけれど?」
疑問に思ったのだろうか、響は基本無表情に聞くので分かりにくい。
「文才が無いので『よかった』、『にぎやかだった』とかしか書いてません」
「……それは駄目ね。文才以前の問題のような気がするわ」
俺もそう思う。(ちなみにアリカは、この時放心状態だった。)
響は学校で習うような曲が多かったが、一度、愛がアイドルの曲を持ちかけて一緒に歌っていた。
ちょっと戸惑ったところはあったが、愛が上手くリードしながら曲は進んでいった。
二人で歌い終わった後、響にしては珍しく照れ笑いしていたのが印象的だった。
俺は柄にも合わないラブソングを入力してみた。
歌い始めると歌っていて照れるような歌詞が続いた。
歌ってる最中にちらりとみんなを見ると、愛が目をきらきらさせてじっと俺を見つめている。
嫌な予感しかしないのは、何故だろう?
歌い終わった直後に変なスイッチの入った愛が、
「はあああん。明人さんずるいですううううううううう」
と、謎の奇声をあげて抱きついてくる。
むにょんむにょんしたのが当たってるんですけど?
俺が焦る事などお構いなしにすりすりとする愛は、いつの間にか復活したアリカに引き剥がされた。
ふーっと一息つくと視線を感じる。
周りを見ると、収まりきらないのか三匹の狩人達が目を光らせてこっちを凝視していた。
どうやら、俺にはここでも地獄行きの門が開いているようだ。
何故か太一が歌っている間、奥のモニター前に拉致られ正座させられて説教される。
笑顔の美咲と青筋浮かべたアリカと無表情の響が怖かった。
「なんで愛ちゃんとくっついてたの? ねぇねぇなんで?」
「さっきはよくも見捨ててくれたわね?」
「……誰がくっついていいって言ったかしら?」
三方から囲まれるこの状況に慣れてきてしまっている自分が怖い。
それよかさ、太一の歌を聴いてやろうよ。
それに、アリカ俺だけじゃないだろ?
理不尽だと思いながら反論できず「すいませんでした」と謝る俺だった。
途中で採点機能を使ってみようと太一が言い出した。
みんな自信なさ気だったが、いざ歌ってみるとみんないい点を取ろうと気合が入ってる感じがした。
まあ俺もだったけど。
結果的には、勝負と聞いて他の奴より燃えた響が94.7点という高得点で一位だった。
二位は美咲の93.2点。二人に共通してたのは、採点時に表示されるグラフで音程が満点に近かったところだった。
俺は87.5点で最下位だったけど、思ったよりも点があったからちょっと嬉しかった。
声量だけは、やたらとグラフが伸びていた。
そうこうしているとあっという間に三時間が過ぎ、室内にあるインターフォンが鳴った。
受話器を取った太一が何度かを受け答えし、受話器を置いて振り返る。
「今日延長駄目なんだって。残念だけど、あと十分で終わりね」
楽しい時間っていうのは本当に早く過ぎる。もっと長く続いて欲しかった。
解散した後、どこかで時間でも潰そうか……。また漫画喫茶にでも行くかな……。
「明人君どしたの?」
「えっ? いや、あっという間だったなと思って」
「……気のせいかな。すごく深刻そうな顔したよ?」
危ない。
また変な表情をしてたのか。気をつけないと……。
ラストを飾ったのは綾乃。
歌ったのはこれまたアニメの曲だった。
でも、何か切ない歌で妙にしんみりとして最後の曲にふさわしい感じだと思った。
歌い終わった後で「おつかれさま」とみんなで拍手喝采。
くしくしと前髪をすきながら照れる綾乃。
料金を精算して店を出た後、少し街中を散策することになった。
「ちょっとぶらついてから、ファミレスでお茶して帰ろうぜー」
太一が繁華街の方向を指さして言う。
みんなも異論はないようで、移動を開始し始めた。
☆
街中をぶらつきながら、横に並んだ響に声をかけてみる。
「響どうだった?」
「……次は他の曲も歌えるようにしたいわね。……何、笑ってるの?」
思わず、響の答えに顔が緩んでしまったようだ。
「いや、なんもねえよ。次は増やしとけよ」
とりあえず誤魔化しておく。響は首を傾げたけれど。
次ときたか。今まで響に友達が出来なかったのが不思議でしょうがない。
姫愛会をやっぱり何とかしたいと思う。後で愛に状況聞いてみるか。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。