157 歌ってみた2
太一が熱唱する中、俺はリモコンを操作していくも元々持ち歌が少なく悩んでいた。
前にカラオケに来た時には、バイト先で流れていた曲をあまり考えず選択してた。
悩みに悩んで、自分が知ってる曲が出てくるまで履歴を見る。
数ページ画面を進めていくが何となく知ってる程度の曲しかない。
ようやく知っているロックアーティスト、ダーツの曲『ソウル』があった。
これなら知ってるし知名度もあるから、みんな分かるだろう。
歌いきれるかどうか分からないけれど、この曲にしてみた。
入力を終えた俺は愛にリモコンを差し出した。
愛に渡すともう曲が決まっているのか、ものの数秒で入力を終える。
太一の曲はサビに突入する。
サビではキーが上がり、太一の声が裏返りそうになる。
何とか堪えて歌い終わった太一。やんやとみんなから喝采。
太一は「これ、むずいな」と照れ笑いしていた。
次は綾乃の番で『ガーデン・オブ・エデン』という曲名。
どうやらアニメの曲のようだ。
随分と早口なテンポの速い曲だ。
歌い慣れてるのか、綾乃はノリノリに歌い上げている。
「おおお、綾乃ちゃん上手い!」
横で愛が驚愕の表情を浮かべているところを見ると、実際の曲もこんな感じなのだろう。
サビに入ったところで聞き覚えのあるフレーズが来た。
「あれ? この曲聴いたことがある」
「これ去年の秋にやった劇場版イバの主題歌ですよ。街中でも結構かかってましたから」
呟いた俺に愛がモニターを見ながら教えてくれた。
曲が進み、最後のサビで曲調が速いテンポから急にスローテンポに変わる。
一瞬つっかえた綾乃だったが、堪えながらも歌い終わった。
「うがー。やっぱ最後が難しい!」
歌い終わった綾乃が悔しそうに言った。
上手くいけたと思ったけど、本人は納得していないようだった。
次は美咲の番。
マイクを綾乃から受け取る。
「うはー、久しぶりだし緊張する。音外しても笑わないでね」
ちょっと緊張したような面持ちで恥ずかしそうに言う美咲だった。
「うは、名曲来た!」
アリカが曲名を見て喜ぶ。
喜ぶということはアリカも好きなのだろう。
美咲が選んだのは西野マナの『久遠』という曲。
二年ほど前の曲だが、多くの女性から共感を得たらしく、とても流行った曲だ。
ピアノ音のようなイントロが終わり、囁きかけるように歌いだす美咲。
歌詞の内容から恋人に対する想いを綴っているような感じだ。
美咲の歌声は澄んだ感じがして心地よい。
「むむ! 美咲さん歌声まで綺麗だなんて……。神様は不公平すぎる」
横で愛が美咲をじっと見つめて愚痴を言っていた。
それにしても良かった。美咲、ちゃんと歌えるじゃないか。
前に聞いたみたいに「うんだばだ~」って始まったら、どうしようかと思ってた。
あれは完全にうろ覚えだな。今度からかってやろう。
美咲は歌い終えると、
「たはは。ちょっと失敗しちゃった」
はにかみながら言う美咲。
「ええ? 今のどこがですか?」
美咲の言葉にアリカが突っ込んだが、俺もどこがおかしいのか分からなかった。
「キーを一つ低く歌っちゃった」
全然気付かなかったけれど、本人が言うのだからそうなのだろう。
「えーと、次は誰かな?」
マイクを手にきょろきょろとする美咲に、すでにマイクを片手にしたアリカが手を上げる。
「はいはーい。あたしです。マイクは愛に渡してください」
「ほえ? 香ちゃんいつもの入れたの?」
「まずは定番からでしょ!」
ガッツポーズをするアリカだが、その気合はなんなんだ。
アリカの入れた曲名は『千年桜』、俺でも知っているボカロでは有名な曲。
ワホワホ動画でも『歌ってみたった』で有名無名の歌い手さんが投稿しまくっている曲だ。
太一がやたらと人数の多いアイドル『AKIBA31』が歌ったこともあると言っていた。
どっかのアイス屋みたいな名前だとしか思っていなかったが、たいそうな人気らしい。
曲が始まりアップテンポな乗りがいい感じの曲。
歌詞だけ見てるとよくわからない感じだけど、ボカロって抽象的な曲も多いからその部類だろう。
アリカは歌っても普段と変わらない声だ。
マイクを持つ愛がいつまでも参加しない。
と、思っていたらサビの部分で愛が参加。
サビの最後の部分でトーンが跳ね上がり、アリカがマイクから口を離し手でバツを作り、愛は歌い続けた。
間奏中にぽりぽりとほっぺたを掻いて、
「あはは。今のとこだけ何度やっても声が出ないの」
少し恥ずかしげにアリカが言った。
「あるある。部分だけ歌えないとこってあるんだよなー」
太一はアリカの気持ちが同意するように、うんうんと頷いた。
愛里姉妹が一緒に歌う姿を見ると、いつもこんな感じで二人でも歌っているのだろう。
兄弟姉妹がいる人を羨ましいと思う時だ。
「はあ~。歌うアリカちゃん可愛いわ~。うずうずしてくる」
横で病気発言している人がいるが、気にしないでおこう。
アリカらが歌い終わり次は響の番が来た。
響はアリカからマイクを受け取り「あ、あ」とマイクテストをする。
初めてのカラオケで歌う曲。何を選んだのだろう?
響は無表情でモニターを見つめる。
「響、初めてなのに堂に入ってるな?」
響に声をかけると、ゆっくりと顔を向け無表情に、
「……倒れそうなくらいドキドキしているのだけれど」
緊張してるのか?
無表情に言われても、そうは全然見えないぞ?
よくよく見ると響の目が怪しい。
焦点が合ってないっぽい。
わかりにくいなー。
曲名は『翼を下さい』。
卒業式や合唱コンクールで選ばれやすい曲。
俺も中学校の時、クラスの合唱で歌ったことがある曲だ。
曲が始まり、響は小さく息を吸うと曲に合わせて歌いだす。
いつもの凛とした響と違って女の子特有の高い声。
音程はぶれることなく、耳に心地よいはっきりとした響きが伝わる。
「うわー。響さんの歌い方お腹から声が出てる歌い方だー」
横で愛が響の歌い方を見て言った。
たしか腹式呼吸だったかな? ボイストレーニングの時にやるやつだ。
やったこと無いからよくわからないけど、違いがあるのかな?
響は歌い終わり、「ふう」と安堵の吐息をこぼすと、無表情のままマイクをテーブルに置いた。
「ドキドキしたわ。ごめんなさいね。私、流行の曲って知らないの」
「気にしないでいいって。歌えるの歌えばいいよ。なんならみんなが歌ったの覚えて帰ればいいじゃん。あとで練習しようぜ」
響の言葉に気遣い屋の太一らしく笑って言った。
「あ、次は明人さんですね。はいマイク」
愛がテーブルにあったマイクを取って俺に差し出す。
選曲したダーツの曲『ソウル』が、モニターに映し出されイントロが流れ始める。
「あっついとこ選んだな、お前」
太一がニヤニヤとしながら言う。持ち歌持ってないんだよ。
上手いのか下手なのか自分ではあまりよくわからないけど、自分なりに精一杯歌ってみた。
若干音が外れることはあっても、ひどい音痴ではないはずだ。
歌い終わった後、マイクをテーブルに置いて周りをチラリと見回すと、
「「「「「熱い」」」」」
響以外のみんなが口を揃えて言った。
どういう意味だよ?
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