155 透明人間4
奈津美さんの言葉に、前島さんは驚いた表情で俺の顔を見つめる。
「悟にはわからんかったやろ。これは女の勘や。気にせんでええで」
前島さんの驚く姿を見て奈津美さんは笑って言った。
多分、俺の表情は奈津美さんに言われた瞬間こわばったのだろう。
その証拠に前島さんまで表情が険しくなっている。
いつもの俺なら、こわばることなどなかったはずなのに。
「明人、お前なんかあったのか? 相談ぐらい乗るぞ?」
完全に疑われてる。言ってしまった方がいいのだろうか。
でも、口を開くことができない。
どんな態度をすればいいのかが思い浮かばない。
「悟、急かしたらあかんよ」
奈津美さんの口調はとても柔らかくて優しく感じた。
「明人君、言いにくいことやったら言わんでもいいんやで。誰かて大なり小なり人に言いづらい事ぐらいあるんやから」
奈津美さん優しい口調で告げる。
今なら、言えるんじゃないか。
親とうまくいかないなんてよくある話だ。
それくらいなら……。
「……あ、あの俺、……親と、その、……うまくいってないんです」
当たり障りのない言葉を選んでたどたどしく言うと、奈津美さんは小さく頷いた。
俺の心臓がバクバクと嫌な音を立てる。
――言った。言っちまった。
あったこと全部をぶちまけたいのに、これ以上の勇気が出ない。
「ちょっと、それで昨日帰ってから嫌な事があって……」
具体的なことが口から出なかった。
まだ、俺の中で知られることが嫌なのか。
どうしても躊躇してしまう自分がいる。
「…………」
お互いに数秒の沈黙が続く。
奈津美さんはただ静かに俺の声を待っているようだった。
洗いざらい言ってしまいたい気持ちもあるのに、言葉が出ない。
「そっか。親御さんとうまくいってないんか。それは家におるのしんどいな。あ、ちょっと待って」
沈黙した俺に奈津美さんはそう言って、小さく手を挙げた。
奈津美さんの位置から見えたのか、俺達が注文した料理がワゴンで運ばれてくる。
テーブルの上に料理の乗った木製の皿が並べられる。
俺はビック、奈津美さんはレギュラーで、前島さんはメガバーグ・チーズ・トッピングだ。
「とりあえず食べよ。明人君もこのあと予定あるんやし」
静かな食事が進む。なんだか箸が進まない。
そんな俺を見て前島さんが口を開く。
「明人、食うもんは食っとけ。腹が減ってると余計に力でねえぞ」
気を遣ってくれているのか、いつもみたいにガハハと笑っていう前島さんだった。
「明人君。辛いとか悩みとか、そういうのは本人にしか分からんから、うちはこうせえ、ああせえ言うのは言わん。……でもな、明人君がその事で手伝って欲しいとか、聞いて欲しいって言うのがあれば、幾らでも胸を貸すで?」
箸でハンバーグを小さく切りながら奈津美さんが言った。
「……ありがとうございます。奈津美さん……俺、そんなに暗い表情になってました?」
「んー、バーベキューの時の明人君とは違ったな。昨日楽しいことがあったはずやのに、おかしいなって思ったんよ」
奈津美さんはそう言って、小さく切ったハンバーグを口にひょいと放り込む。
もぐもぐとしてコクンと飲み込むと一息つく。
「えーと、今日これからカラオケやったよね?」
「はい。そうです」
「ほな楽しいこと待ってるな。楽しみなんやろ?」
「はい。楽しみです」
「悩みには意見言わんけど、楽しいことがあるのにそれ考えなもったいないで? あんなに可愛い子らと一緒に遊べるのなんて贅沢すぎるちゅうねん。そっち考えとき」
「……はい」
言われたからかもしれないけれど、確かにそうだ。
これから楽しいことが待っているのに、つまらないことで台無しにしたくない。
それにこれは俺の問題だ。
あいつらには関係ない。
忘れよう。
とりあえず、あいつらと遊び終わるまでは忘れよう。
その後、食事が終わり店を出た後も奈津美さん達からの質問は無かった。
きっと、俺に気遣ってくれたのだろう。
「ごちそうさまでした。すいません、奢ってもらって」
「ええんよ。誘ったのこっちやし。楽しんどいでや」
「また今日の話でも後で聞かせてくれ。それじゃあ、またな」
頭を下げてから二人を見送る。
二人は話しながら駅の方に向かっていった。
いつまでも落込んでいられない。
他のみんなだって楽しみにしてるかもしれないんだ。
俺の事でそれを台無しにさせるなんてのは嫌だ。
少し時間はあるけれど、待ち合わせ場所のランカーズに移動しておこう。
店の様子を先に見ておいてもいいだろう。
人数が人数だし、下手したら店に入れないかもしれない。
☆
ランカーズ前にたどり着く。まだ、誰も着ていないようだ。
時計を見てみると集合時間まで二〇分ほどある。
一度店内の様子を見ておくことにした。
自動ドアをくぐり、受付に行くとすでに待っている客でいっぱいだった。
ロビーに置いてあるソファーは満席で、立って待っている奴までいる。
「――これ、駄目じゃん」
一応、受付に人数を言った上で待ち時間を聞いてみる。
「すいません。予約も入ってて、時間制限させて貰ってるんで空くのは空きますけど。三時間待ちになります」
店員が申し訳無さそうに言った。
三時間待ち……これやばくない?
もしかして、他の店も駄目な系?
一旦、外に出て太一に電話すると、すぐに出た。
『もしもーし、どしたー?』
「先に着いたんだけど、混んでるぞ。他もやばいかも」
『早いな、おい。大丈夫だぞ。もう予約入れてあるから』
いつのまにそんな行動してたんだ。
相変わらずの気遣いに感心する。
「そうなのか。悪い。そういうの気が付かなかった。今どこよ?」
『もう駅について、今そっち向かって歩いてる。美咲さんも一緒にいるぞ。もう着くぞ。あ、明人見えた』
駅の方角を見てみると携帯を片手に手を上げている太一らがいた。
太一の横に美咲と綾乃が並んでいた。
携帯を切り、鞄に入れて俺も手を上げる。
合流した途端、なんだか俺の中でモヤモヤしたものが消え失せたような気がした。
大丈夫。これならいける。
自分に言い聞かせる。
「おーす。待たせたなー」
「明人君いつも先にいるよね。お真面目さんだ」
「兄にも見習わせたいです」
美咲は青い花柄の入った白地のワンピに薄いピンクのジャケット姿。生足もなんだか色っぽい。
それに今日は髪型がいつもと違って毛先の方にウェーブがかかっている。
綾乃は白地のパーカーに赤いチェックのスカート姿。
中学生らしくて可愛らしい感じだ。
女ってほんと髪型、服装一つですごい変わるなとおもって見ていると、
「明人君どうしたの?」
「……いや、二人可愛いから見惚れてた」
そう言った途端、二人の顔がぼっと真っ赤になる。
美咲は頬に手をあててクネクネとしだすと俺を叩き始めた。
バシバシ叩かないで下さい、痛いです。
綾乃は綾乃で前髪をくしくしと高速で撫でていた。
何だか摩擦で燃えそうな気がするから止めたほうがいいよ?
「明人……いきなり全開だな、おい」
「お前が昨日気付いてやれって言ったじゃねえか」
「俺が言いたいのはそういうことじゃねえ」
俺にどうしろって言うんだ?
ところで美咲、いい加減バシバシ叩くのやめてくれないか?
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