154 透明人間3
駅に着いた俺は繁華街の中にある漫画喫茶「ドクラク」に入ることにした。
小さなビルを改装して作ったような感じの店だ。
こんな朝っぱらから入ってきたので、受付の店員に一瞬変な顔をされたが断れることは無かった。
料金体系は一時間三〇〇円、中にあるソフトドリンクについては無料。
五時間パックといった料金プランもあって、値段も千円と良心的な値段だった。
時間に余裕がありすぎるので、とりあえず五時間パックを選択。
受付を済ませてエレベーター前の案内表示板を見る。
二階が雑誌や、漫画のあるフロア。
三階がPCフロア。
簡単な仕切りで個室みたいになっているようだ。
二十台しかないようで、埋まっていたら使えない。
四階には簡易のシャワールームや、フードコートも設けられているようだ。
ここで適当に時間を潰すことにしよう。
エレベーターで二階へと移動。
移動すると、コミックや雑誌がぎっしりと詰まった棚が並ぶ。
中央にはパーソナルスペースが設けられた席が並んでいた。
隣の座席との間に小さな衝立があって、お互い干渉しないようにしてある。
適当に漫画や雑誌を手にしてがらがらに空いた席に座り、手にした雑誌を流し見る。
喉でも潤そうか。壁際にドリンクコーナーがあるのでそれを利用した。
ホットコーヒーを選んで座席に座り、また雑誌を流し見る。
流し見ているだけで頭に入らない。それは当然だ。
頭の中では別の事を考えているのだから。
昼からあいつらと会うんだ。
そのときに何か聞かれないか心配している自分がいる。
太一に雰囲気でばれるんじゃないか。
美咲なら何かあったのかと気づくんじゃないかと、嫌な事ばっかり考えてしまう。
詰まらない事を考える自分がまた嫌になる。
いっそのこと、話してしまおうか。
……いや無理だ。それが出来るくらいなら、もうとっくにしてる。
家族から無視された存在であることがばれるのが怖いんだ。
こんな俺と知ったらみんなは幻滅するかもしれない。
そう考えると怖くなった。
結局、俺は弱虫で意気地無しで見栄っ張りなんだ。
――――無駄な時間を数時間過ごし、俺は漫画喫茶を後にした。
何の解決策も見いだせないままに……。
今の時間はもうすぐ十一時。
待ち合わせの時間まで二時間ほど残っている。
昼食を済ませてから集合の約束。
繁華街をうろついて、何か軽く食べることにしよう。
今日は朝食も食べていない。家から出ることだけを考えてたせいだ。
まともに口に入れたのは漫画喫茶で飲物だけだ。
繁華街をうろついているうちに候補の一つでもある『アダムのリンゴ』の前を通りかかった。
横には美咲とアリカが買い物に行った時に寄ったと聞いた、びっくり鈍器がある。
ここに入ろうか。いや、そろそろ混雑する時間だ。
そんな時に一人で入るのも何だか気が引ける。
そこらのファーストフードで済ませてしまおうか。
考えていると、急に肩を叩かれた。
振り返るとそこには前島さんと奈津美さんの姿。
前島さんがいつものつなぎ姿じゃなく、デニムパンツ姿になんか新鮮な感じがした。
「やっぱり明人君やん。何してんの?」
「奈津美さん、前島さん、こんちわっす」
「おう。お前、今日アリカらと遊ぶんじゃなかったっけ?」
「集まるの昼からなんですよ。その前にメシでもどっかで食おうと思ってうろついてました」
すらすらと口から出る言葉。
当たり障りの無い話だけが口からこぼれる。
「あー、そうなんや。うちらは今日は買い物しにきてん。ご飯食べてないんやったら一緒にどうや?」
「いや、お二人デート中でしょ? お楽しみのところ悪いですよ」
「明人、こういうときはな。俺の耳には「はい」って言葉しか聞こえないぞ?」
前島さんが小指で耳をほじりながら言う。
「そやで。悟の言うとおりやで。お姉さんらについておいで」
奈津美さんも、にかっと笑って言うとびっくり鈍器を指差した。
「店選ぶのも面倒やからそこ入ろか?」
こうして半ば強引にびっくり鈍器に前島さんたちと入ることになった。
店はまだ混雑が始まる前だったようで、すんなりと席に着くことができた。
前島さんと奈津美さんが一緒に座り、対面に俺が座る。
「今日は奢ったるさかい。好きなん食べ。遠慮は無しやで」
「がっつりいっとけ。何ならメガバーグ挑戦するか?」
前島さんがメニューにあるメガバーグを指差しながら言った。
「い、いや。メガは遠慮しときます。昼からカラオケなんで」
そんなの食ったら動けなくなりそうだ。
元気な時なら挑戦はしてみたいけど。
「カラオケかー。この間のバーベキューの後、うちらも行ったんよ。なあ悟」
奈津美さんが前島さんを見上げながら言った。
「そういやな明人君。あの日、悟えらい荒れててな。家帰ったら帰ったで、えらい落込んでてん」
奈津美さんが言うと前島さんの目が急に泳ぎ始めた。
分かりやすい人だなこの人。
「バーベキューの時、奈津美さんが酔っ払いは嫌いとか言ってたじゃないですか。それでじゃないですか?」
荒れた理由は知ってるけれど、本人を目の前にして言うわけにはいかない。
店長や高槻さん達の計画もあることだし、ここは慎重にかわさないと。
「あー、そうなんかなー。聞いても何も無いって言うんやけど。うちの気のせいかな」
「奈津美。とりあえず注文しようぜ」
話を誤魔化したいのか、前島さんが少し慌て気味に言う。
奈津美さんは気づかない様子で「そやな」と言って、備え付けのベルボタンを押した。
注文を済ませた後、奈津美さんから昨日遊びに行ったことを聞かれた。
遊園地から始まってボウリングまでの話を一通り話す。
特に奈津美さんが食いついたのがわんにゃんショーでの話だった。
奈津美さんも猫が大好きのようで、前島さんに後で見に行こうと言っていた。
大体話を一通り終わったところで、奈津美さんはテーブルを「トン」と指で鳴らせた。
その音は小さいはずなのに、やけに耳についた。
「……その割には暗い顔してるで? 何かあったんか?」
奈津美さんは俺の目をじーっと見つめて、囁くように問いかけてきた。
俺は奈津美さんの視線から逃れることが出来なかった。
すいません。話が抜けてしまっていたようです。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。