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帰路  作者: まるだまる
154/406

153 透明人間2

 ……これは夢?


 何だか幻想的だ。

 ビルの立ち並ぶ街中にいるのに目の前を動物たちが歩いている。


 虎や、立派な角をつけた鹿もいた。

 幻想的だと思ったのはその動物たちが服を着て二足歩行で歩いているからだ。

 通りすがりにチラリと俺を見て通り過ぎていく。

 姿形が違うからか、俺の事を興味本位でチラリと見て通り過ぎていく。


 どこかで見たような親子連れらしき大小のウサギが、俺を見てふと足を止めた。

 二匹のウサギは遊園地にいたポーンやアルトと違い、真っ黒な毛並みをしている。

  

 小さいウサギは赤い蝶ネクタイを首元につけている。

 大きなウサギは白のケープを肩にかけていた。

 何だかおめかししているような気がするけれど、どこかへ出かけるのだろうか。


 二匹のウサギに手招きされた。

 近づいてみたけれど、何を言っているか分からない。


 小さなウサギに手を引かれた。


 どうやらついて来てと言っているらしい。

 どこへ行くのかもわからないまま、俺はついていくことにした。


 着いた先は、大きなビルの前。

 なんとなく東条ビルに似てるような気がした。


 二匹のウサギは、その中にある小さなホールに入っていく。

 ホールには前方に舞台があって、その前にはパイプ椅子がたくさん並んでいた。

 まばらに座席に座る動物達。犬や猫の姿も見かけられる。


 今からクラシックコンサートでも始まるのだろうか。

 ステージ上には奏者用のものであろう椅子が並んでいて、その横にはバイオリンやコントラバスなどの楽器が置かれていた。


 ウサギの親子は前側の右端の席に座った。

 座った直後に小さなウサギに手を引かれる。

 どうやら俺も座れと言っているようだ。

 俺は小さなウサギの横に腰を下ろした。

 

 言語は分からないが、周りでもがやがやと話し声がしている。

 隣のウサギたちも親子で会話をしているようだった。


 舞台袖からステージに猿や馬達が登場して、楽器をそれぞれ手にしてステージ上の椅子に座っていく。

 ステージに動物が登場した途端、しーんと静まり返るホール会場。

 音が一切なくなると、舞台袖から正装した太一が現れた。


 太一は会場内にいる観客に左右正面と礼をすると、俺に分からない言葉で何かを演説している。

 そして太一がひとしきり演説した後、舞台袖に手を伸ばした。


 太一が伸ばした手の舞台袖から、ステージ中央に向かうパーティドレスに身を包んだ五人の姿。


 美咲、アリカ、愛、綾乃、響だった。

 五人はそれぞれ観客に挨拶すると、均等に並べられたマイクスタンドの前に移動する。

 

 太一が指揮台に立ち、観客席に一礼した。

 振り返り、タクトを高く掲げると、楽器を持った動物たちが一斉に構える。

 太一がタクトを振ると演奏が始まった。


 イントロを聞いて、どこかで聞いたような気がするけれど思い出せない。

 いつだったかランキングに入っていた曲だったと思う。


 美咲、響が声も高らかに交互に歌いだす。

 でも、その言語は俺の知らないものだった。


 歌が進むに連れて、アリカ、愛、綾乃も参加し、サビでは五人が合唱している。

 言語は分からないけれど、五人が紡ぐ歌声にいつしか聞き惚れている自分がいた。

 曲の終わりが近付き、太一が最初と同じポーズをしたところで演奏が終わった。

 

 ホール会場の動物たちは立ち上がり拍手を送る。

 パチパチという音ではなく、もきゅもきゅと鳴っているのは肉球だからか。


 隣にいた小さなウサギが俺を突く。


 顔を向けてみると俺の顔を見ながらステージに向かって前足を伸ばしている。

 何を言っているか分からないけれど、俺にステージに行けと言ってるのか?

 ステージを指差してみると、小さなウサギはこくこくと頷いた。

 どうやら合っていたようだ。


 でも、俺は躊躇した。

 

 俺が行っても居場所がないんじゃないか? 

 指揮も出来ない。楽器も出来ない。

 歌うことは出来てもこの世界の言葉ではない。


 なんだろう、胸が痛くなる。


 小さなウサギが俺の手を取った。

 まるで着いて来いというように俺の手を引っ張った。


 小さなウサギに連れられて、俺はステージに近付く。

 太一が俺を見てにやりと笑い、美咲たち五人もステージ上から笑顔を俺に向けてくれている。


 ――いいのか?

 何も出来ない俺だけど。そこにいっていいのか?


 太一が舞台上から下りてきて、俺の手を取ってステージ上へと導こうとする。

 俺は太一に引っ張られるようにしてステージに上った。

 小さなウサギは俺に小さく手を振って、自分の席まで戻っていく。


 太一が舞台袖に向かって手招きしている。


 相変わらず、この世界の言語で言っているようで、何を言っているか分からない。

 舞台袖から、タキシードを来たひつじが出てきて、マイクスタンドを設置した。

 俺のためにステージの端に置かれた新たなマイクスタンド。


 ステージに上がった俺は観客席を一望し、礼をするように大きく頭を下げた。


 

 ――――瞬間、世界が暗転した。

 

 頭を下げた途端、急に真っ暗になった頭を上げてみると、ステージ上には俺がただ一人。

 今までいた太一や美咲達、演奏していた動物達もいない。


 観客席には動物たちがいるけれど、誰一人として俺に視線を向けていない。

 まるで俺がそこにいないかのように。


 観客席の中に俺を連れてきてくれた親子連れのウサギを見つけた。

 だが、その二匹のウサギも俺に視線を向けることは無かった。


 誰も俺を見てくれない。

 俺はここにいるのに。


 眩暈がする。いや世界が回っている?

 地面に立っているのかどうかも分からなくなった。


 ……もう、どうでもいいや。

 諦めの気持ちが出てくる。


 景色が歪んで映像にならない状態で、

『にゃ~~~~~~~』

 と、小さな音が聞こえてきた。


 猫? 猫の鳴き声だ。

 ずっと鳴り響いている。音を頼りに手を伸ばした。


 ――――もぎゅっとした感触。


 触れた途端、『にゃっ』と鳴き、それが現実の音だと気が付いた。

 てんやわん屋で買った猫のグローブが、手に当たって音を出していたようだ。


 時計を見ると五時。


 もう一眠りは出来るけれど、そんな気は失せていた。

 また同じ夢を見る様な気がして、そんな気分になれなかった。

 俺は身支度を整えると、物音を立てないようにして家を出た。


 家にいると駄目だ。


 どうしようもない俺がいる。

 今の状態から逃げ出したかった。


 太陽の光が東の空に見える。

 歩いて移動していると段々と明るくなっていた。

 まだ気温は低めで、少し肌寒い感じはしたけれど、時間が立てば温かくなるだろう。


 バス停にたどり着く。


 時刻表を見ると、一〇分ほどで一番最初のバスが来るようだ。

 こんな時間に乗ったことは無いけれど、これで駅まで移動してしまおう。

 駅に行けば、繁華街に二十四時間営業の漫画喫茶とかもある。

 そこで時間を潰そう。


 ただ、ぼーっとバスを待っていた。

 考えると嫌な事が浮かんできそうで、無意識に避けていたのかもしれない。


 しばらくしてバスが到着した。


 乗り込んでみると、俺の他に乗客は誰もいない。

 また運命は俺を一人にさせようとしているのか。


 バスが出発して、家との距離がどんどんと遠ざかる。

 少しばかり気が楽になったはずなのに……。

 陰鬱な空気がさらに俺の身にまとわりついたような気がした。


 あいつらに会うまでに、この空気をなんとかしないと。  

 また、嘘で塗り固めなくちゃいけないのか……。


 ますます自分が嫌になる。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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