150 大事なもの2
「宝探しのイベントはどこでやってたんだろ?」
注文したものが出てくるまでの雑談で太一がふと漏らす。
ああ、忘れていた。そういえばそんなイベントもあったんだ。
俺達が通った所ではそれらしきものは見当たらなかった。
「宝探しは運動公園のほうでやってたはずだよ。離れてるから行けなかったね」
美咲が綾乃の頭ごしに太一に言った。
「あ~、そうなんだ。ちょっと覗いてみたかったんすよ」
それは俺も同じだ。
ああいうのってオリエンテーリングみたいで楽しいと思うんだよな。
「そういえばさ。ボウリングの時、響が愛ちゃんの運動神経がいいはずって言ってたろ? あれなんで?」
太一が響に聞くと、響は無表情のまま愛を見つめて口を開く。
「だって今日見ていて、ゴーカートの時も、わんにゃんショーの所でも運動神経が無いように見えなかったんですもの。逆に運動神経が優れていると思ってたわ」
「えー、でも愛はかけっこ遅いし、泳げないし、何やっても駄目ですよ?」
「そうは見えないのよね。愛さんたまにクルクル回ってるでしょう? あのボディバランスは運動神経が悪い人にできる芸当じゃないわ」
「あれはスーさんが犠牲に、いえ練習台になってくれたからだと」
今、犠牲って言った?
何の練習したの?
それとスーさんどうなったの?
「ちょっと愛。あたしがいないときにまたスーさん使ったんじゃないでしょうね?」
スーさんと聞いてアリカが愛を睨む。
愛はアリカから顔を背けて知らん振りしている。
そういや前にアリカと電話してる時もスーさんって名前出てたな。
「アリカ。ところでそのスーさんって何?」
横にいるアリカに聞いてみると、アリカはしまったといった表情で固まった。
アリカの顔が段々と青くなっていく。
「スーさんはですね。香ちゃんが大事にしてる熊のぬいぐるみです」
固まったアリカの代弁をするかのように愛がアリカの頭越しに言った。
「愛!」
慌てて愛の口を塞ぐアリカ。
さっきまで青かった顔が今度は耳まで赤くなっていく。
忙しい奴だ。
それにしてもスーさんって、熊のぬいぐるみの名前だったのか。
なんだ、アリカも女の子っぽくて可愛らしいところあるんだな。
微笑ましいなと思ってアリカを眺めていると、当のアリカがギロリと睨んでくる。
「なによ文句ある? 幼稚だって言いたいの? 言ったらぶん殴るからね」
誰もそんなこと言わねえよ。何で力で訴えようとするかな。お前は。
「萌える。ハグハグしたい」
対面でアリカを見つめる美咲が怪しげな目をしながらぼそっと言った。
隣にいたら襲ってただろうな。
スーさんのエピソードでも聞きたいところだが、嫌がるだろうか。
「大事にしてるって思い出か何かあんの?」
「ないない。そんなの別に無いから。長いこと持ってるから捨てられないだけ」
早く話を終わらせたいのか、ぶっきらぼうに答えるアリカだった。
「えーと、あとなんだっけか。ハマちゃん? それもぬいぐるみ?」
「あ、あんた、よく覚えてるわね?」
いや、あの時のお前ら姉妹の会話がおかしかったから覚えてるだけだ。
「ハマちゃんは愛の持ってるキリンのぬいぐるみですよ」
愛がアリカと違って堂々とした態度で言った。
「ぬいぐるみか。電話で聞いたときは何かと思ってたよ」
削ぐとか、首が取れたとか言ってたもんな。
何となく怖い想像がつくけど。
「でも、そういうの大事にしてるって女の子らしくていいよな。逆に安心した」
俺がアリカにそう言うと、アリカは慌てたように自分の髪を握りだした。
ふと、ホラーハウスから出たときの泣いていたアリカを思い出す。
みんなの前では言えないけれど、怖さを我慢し続けて表に出たときにアリカは泣いてしまっていた。
いつも強気なアリカの弱い一面を見て、また一つアリカを知った気がした。
やはり何だかんだいってもこいつも女の子なんだ。
「……」
あれ? 何で誰もしゃべってないんだ?
アリカから視線を外し周りを見てみると、みんなが逆に俺を見ている。
みな同じようにジト~とした眼差しで見つめていた。
「え? 何?」
「……また」
「躾が足りないのかしら?」
「愛にはしてくれないのに……」
「……ずるい」
「明人……お前ってば……」
え、なになに? お前らなんでそんな目で俺を見てくんの?
しかも口々に何か言ってるけど、俺なんかした?
「お待たせしました!」
不穏な空気を感じていると、店員が注文したものを持って座敷に上がってきた。
どうやら嫌な空気を流せたようだ。
次々にテーブルの上にラーメンやチャーハンが並べられていく。
美咲の注文した野菜炒めとチャーハンのセットは小さなスープがついていて、これも美味しそうだ。
どうやら美咲のチャーハンについていたスープはラーメンのスープと同じようだ。
それだけスープに自信があるのだろう。
みんなのが揃ったところで「いただきます」とみんなそれぞれ味わい始める。
これがラーメン勝負で優勝したラーメン。ベースはとんこつ醤油。
スープ自体は、こってり寄りらしく、こくが深いと評判でもある。
間近で匂いを嗅ぐと確かにとんこつだということもわかる。
定番のネギ、メンマ、半分に切った半熟のゆで卵、そして煮込みに煮込んだ豚の角煮のようなチャーシューが乗っている。店主が自ら選んだ厳選素材らしく、見た感じからしてボリュームもある。
蓮華でスープをすくう。スープは若干のとろみを利かせ、ゆっくりと蓮華に流れ込む。
熱いスープを口の中に入れると、鼻腔に醤油の香がくすぐる。こってりと言う割には油っぽさを感じない。喉越しに残るような感触も無く、もう一口飲んでみたいという気にすらなる。
「おお? これうま!」
対面にいる太一が俺と同じようにスープを飲んで言った。
周りを見まわしても、みんなの表情が驚いている。
美咲もスープを一口すすると「これ、おいし!」と驚愕していた。
響は無表情にスープを味わっていたが、飲んだ途端、目を見開き驚いた表情を浮かべる。
「こ、これ。凄いわね。癖になりそう」
「うわー、これ、ここの食べたら他のとこいけないかも!」
アリカが一言感想を述べると、今度は麺に手をつけ始めた。
さっそく俺も麺を味わってみる。箸ですくうと麺に絡みつくスープ。
ツヤツヤとした麺の歯ごたえもいい。噛んだ時にぷつんとした感じがあった。
どんだけ弾力あるんだこの麺。しかもスープの絡み具合もいいし、喉越しもいい。
麺とスープの重なり合う味がまた、新天地を開拓したような絶妙なハーモニーを描き出す。
気が付けば無我夢中で食べていた。
器を手に取り、最後の汁まで飲み干して静かに器を置いた。
「――うまかったー」
大盛りラーメンとチャーハンを完食した俺は余韻に浸る。
来て良かった。ここまで歩いてきた甲斐があった。
今まで足を運ばなかったことを後悔もした。
もっと早く来ればよかったと。
対面にいる太一も食べ終わり、他のみんなが食べ終わるまで二人で話。
「これ反則だわ。こんな美味いと思わなかった」
「何かもう一杯くらい行きたくなるよな」
「あー分かる分かる。替え玉頼めばよかったぜ」
しばらく二人で話していると、最後のアリカが食べ終わって幸せそうな顔で「ごちそうさま!
」といって器を置いた。一番ちっこいのに、相変わらずよく食べる奴だ。
少しばかり余韻に浸りたかったが、入り口付近には席が空くのを待っているお客がいるようだ。
太一も気付いたようだ。
「みんな、もう大丈夫かな? 待ってる人いるみたいだから席空けてあげようぜ」
太一らしい気遣いだった。
会計を済ませて、外に出ると少し肌寒く感じられた。
「お、ちょっと冷えてきたか?」
「日も完全に暮れちゃったね」
隣でアリカが空を見上げて言う。
着いたころはまだ薄暗かったが、今はもう夜の闇が周りを包んでいる。
駅に向かって元来た道を歩き出す。
俺の横でアリカが笑い、俺の後ろでは美咲と太一の笑い声。
その後ろでは綾乃と愛、響がまた話をしながらついて来ていた。
俺達は、まだ知り合って日が浅い。
お互いの事を知らないことの方が多いだろう。
俺もまだ、みんなに言えないことがある。
もしかしたら横にいるアリカにだって、そんなことがあるかもしれない。
愛にだって、太一にだって、美咲にだって、そんなことがあるかもしれない。
でもいつか、いつか俺自身のことちゃんと話してみたいと思う。
俺達ならいつかそんな仲になれる気がするんだ。
今はまだ勇気が無いけれど。
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