14 子供と大人1
火曜日。
「――あんた、誰?」
背後から突然声を掛けられ、一瞬びくっとなる。
聞いたことがない声に、『そっちこそ誰だ』と思いながら振り返る。
すると本来も釣り目であろう目を、さらに釣りあがらせて俺を睨む背の小さな少女がいた。両サイドを高めの位置で結わえてある。いわゆるツインテールだ。
「君こそ誰だよ。小学生か? それとも中学生?」
「はあ? 頭おかしいんじゃないの。あたしが聞いてんのよ」
「人に名前を聞く前に自分が名乗るのが普通じゃないか?」
「あんた馬鹿? なんで知らない人間に名前言うのよ」
どっかの有名なアニメキャラが、使ってそうなセリフを言いながら、俺の質問に答えない。
突然、現れた少女に何故か因縁をつけられてしまっている。
おかしい。今日の俺は学校で千葉に美咲さんとのことをいじくられた以外は平和だった。てんやわん屋に来てからも美咲さんに何度かいじくられることはあったが、悪いことなんて何一つしていないはずだ。
……俺、何処でもいじくられてるな。
いや、今はそんな事を考えてる場合じゃない。
店長が表屋に来て、裏屋の人達を紹介すると言うことで、裏屋に来ただけなのに、何故因縁をつけられる? てか、この子誰?
「ここで待ってて」と言った店長も別の部屋に入ったきり戻ってこない。
……どうしようか?
「なんとか言いなさいよ。警察呼ぶわよ?」
少女は携帯を取り出し、有言実行するぞとでも言わんように叫ぶ。
「あー、ちょっと待った。俺はここでバイトしてるもんだけど?」
「それは嘘だね。あんたなんか知らないわ」
「嘘じゃない。昨日からここでバイトしてる木崎明人ってんだ」
「あんた馬鹿? そんな人知らないって言ってんのよ!」
なんか話が通じてないぞ。もしかしてと思い言い直す。
「あー、えーと、表屋の方で昨日からバイトに入ってるんだけど……」
「は? 表? あんた表屋のバイトの子? 何しに裏に来てんのよ?」
「いや、店長に裏屋の人紹介するから、ここで待ってろって言われて」
「だったら早く言いなさいよ! 泥棒かと思ったじゃないの!」
いや、それ君が勝手に思っただけでしょ?
しかも、俺エプロンつけてるし……。
「騒がしいと思ったら、やっぱりアリカちゃんかい?」
戻ってきた店長がやれやれといった顔で部屋から出てきた。
店長の後ろには男三人がついて来ている。この人たちを俺に紹介してくれるらしい。
「アリカ~、お前うるさくしたら放り出すって言っただろ!」
巨漢というか、強面のお相撲さんのような男がそう言うと、
「ま、前島さん! すいません! 気を付けます」
言われた瞬間蒼ざめ、さっきとは打って変わった態度でペコペコと謝っている。
「まあまあ、アリカも悪気があったわけじゃなさそうだから、許してやれよ」
店長よりも年配の風格と職人を感じさせる男がそう言った。
「高槻さんはアリカに甘いんですよ。前島みたいにビシっと言ってやって下さいよ」
最後の一人、今時珍しくも無い長髪の若い男が苦笑いしながら、高槻と呼んだ男に話しかける。
「まあ、いいじゃねえか。若いうちは誰でもあることだ」
高槻と呼ばれた男は笑いながら言った。
「明人君紹介するね~。裏屋の職員さんで高槻さん。俺がいないときは、この人に裏屋仕切って貰ってる。あの体の大きい人が前島君ね、主に修理担当、もう一人が立花君ね、主に買取担当だけど、二人とも他の事もやってるよ。んで彼女がバイトのアリカちゃん、君と同じ高二だよ」
店長の紹介に反応してそれぞれが頭を下げてくれる。
だが、最後の言葉だけ耳に入ったとき、違う反応をしてしまった。
「え、高二? 誰かの娘さんかと思ってました……小学生か中学生だとばかり」
ギロリと俺を睨んでくるアリカと呼ばれた少女。怖いんで睨まないで下さい。
「どうせ、ちっこいわよ! 悪かったわね! な、何見てんのよ?」
俺はついついアリカの全身を眺めていた。どう見てもその小柄な体が、俺と同じ高校生とは思えず、胸は平らだし、まだ幼児体系を引きずっているような……。
「ちょっと、なにジロジロ見てんのよ! 目がエロいのよ!」
言われて俺は慌てて視線を逸らす。
「昨日から表屋でバイト始めました。木崎明人です。清高二年です。よろしくお願いします」
気を取り直して店長の横に居並ぶ面々に礼をする。
「おら、アリカ、相手がちゃんと挨拶してんだ。お前もちゃんと返すのが礼儀だろ」
アリカは前島に言われたからか、少しシュンとした顔をして、
「愛里香です。愛に里、お香の香で愛里香。ここでは、聞いてのとおりアリカって呼ばれてます、澤工通ってる二年です。よろしく」
なるほど、漢字で書くと名前のように見えるから、アリカって呼ばれてるのか。フルネームで書いてあっても、確かに名前と勘違いされそうな名前だから納得。
それよりも、彼女の高校を聞いて少し驚いた。彼女の言う澤工は澤田工業高校の略称で、元々は男子校だった。今でこそ男女共学になってはいるものの、女子率が非常に低い。一学年にいる女子は片手にも及ばないと聞いたことがある。それだけに澤工女子との遭遇は珍しかった。
「なに? 澤工だからって馬鹿にしてる?」
「馬鹿にしてないよ。男ばっかだろ? 大変じゃないかなって思っただけだ」
「技術に男も女も関係ないわ。技術手に入れたくて、澤工行ってんだから」
アリカの前向きな姿勢に感心した。女子が技術を手に入れたくて、自ら工業高校に進むなんて、余程自分の将来を見据えての行動なのだろう。今時の女子なら、女が少ないってだけで、敬遠しそうなものなのに。
「目的があるっていいな」
ぴくっとアリカが反応した。俺の言葉に何か気に障ったようだ。
アリカはギロっと睨みながら、
「はあ? あんた目的とか、やってみたい仕事とか無いの?」
言われて少しズキっときた。俺の望む目的は家を出る事であり、将来、何で食べていくかなんて、俺はまだ決めていなかった。
「今はまだ無いけど、そのうち見つけるよ」
「はあ? あんた馬鹿? そのうちっていつよ? そんな寝言、本気で言ってるの?」
なんで俺がこいつに文句言われてんの? 流石にいらっとしてきたぞ。
「さっきからうるせえよ。だいたいなんで初対面の奴に、馬鹿呼ばわりされなくちゃいけないんだ?」
「あんたが馬鹿っぽい事ばっかり言うから、親切で言ってやってんのよ!」
「はあ? 目的が無かったら駄目なのかよ?」
「はあ? 当たり前でしょう? あんた典型的な楽観主義者ね」
「誰も楽になんか考えてねえよ!」
「じゃあ、聞くけどさ? 一度でも一つでも何かの職業に就きたいと思ったことある?」
またストレートな物言いがくる。正直、考えた事なんてない。
「さ、サラリーマンとか……」
「何その曖昧な答え? サラリーマンって言っても何々を売るとかあるでしょ?」
「そんなもん、今考えなくてもいい事だろうが!」
「だから楽観主義者だって言ってんのよ! あんたみたいなのはね、明確なビジョンも持たないで、相手から提示されるのを待って、自分が気に入らなくなれば違う職業が良かったとか言い出すのよ」
「そんなもん持ってる高校生なんて、ほとんどいねーよ!」
「あんた本当にそう思ってるの? やっぱり馬鹿ね」
「マジでそこまで先の事考えながら、やってる奴なんていないだろ?」
「あんたさ、何のために勉強してる?」
「そりゃ……将来の選択肢増やすためだな」
「また曖昧ね」
また俺の心にズキっとした。こいつ、なんて答えにくいことばっかりぶつけてくるんだ。
「お前! 俺がさっきお前のこと小学生とか言ったの根に持ってるんだろ?」
今の話と何も関係のない事をぶつけてる。何故か話を避けたかった。
「関係ないじゃない! 訳分かんないこと言ってんじゃないわよ! ばーか」
「訳分かんないこと言ってんの、そっちだろうが!」
「ちょっと脳に糖分足りないんじゃないの? バナナ食べなさい、バナナ」
「バナナ関係ないだろが!」
「はあ? バナナの効果も知らないなんて、ほんとにあんた馬鹿ね」
「……お前ら、いい加減にしろや? マジで外に放り出すぞ? あ?」
前島さんのドスのある声がした瞬間、俺の頭とアリカの頭は前島さんの大きな手に抑え付けられて、指には徐々に力がこめられていた。
「すすす、すいません!」
「あわわわわわわわ、ご、ごめんなさい~」
一瞬で顔が青ざめ謝るアリカ、おそらく俺も青ざめているに違いない。
「いやっはっはっはっはっは。離してやれ前島」
高槻さんが笑いながら言うと、前島さんの手が緩み俺達は解放された。
「初対面でここまで喧嘩できるとは仲がいいじゃねぇか?」
「「よくないです!」」
なぜかハモった。
「はっはっは、ほれみろ。馬が合ってんだお前ら」
「「そんなことないです!」」
またハモる。おい、お前ハモるなよ。
「喧嘩もできねえ奴に比べりゃましだ。坊主気に入ったぞ。明人だったな、これからもよろしくな」
「は、はあ? ありがとうございます」
高槻さんに何が気に入られたのか良くわからんが、とりあえずお礼を言っとこう。
他の二人はやれやれと言った顔をしているが、なんか俺の印象悪くなったような気がするんだけど……。
「二人とも仲良くできそうだね~。明人君、この中の誰かに言えば、表に出す商品出してきてくれるから。んじゃそれぞれ仕事場に戻ろうか」
店長は何を見て、俺達が仲良く出来そうと言ってるのか分からんが、俺はもう一度みんなに頭を下げると表屋へと戻った。
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