147 ボウリング5
「誰が二回も抱きしめていいと言ったかしら?」
「なに鼻の下伸ばしてんの? あんた馬鹿? どうせエロイ事ばっか考えてたんでしょ」
「随分と長いこと抱擁してたよね? なんで? ねぇねぇ、なんで?」
「――はい、すいません」
愛への報酬でハグをした後、説教と質問攻めをくらう。
理不尽な気持ちで一杯だったが、逆らうことも出来ず素直に謝った。
愛は報酬を得て満足したのか、高速回転をやめ椅子に座っているが顔は緩んだままだ。
「おーい、次は響の番だぞ。そろそろ再開しようぜ」
俺の危機を察してか太一が言った。おお、心の友よ。
「「「あ゛あ゛?」」」
そんな太一を一蹴するかのように睨み返すアリカ達。
「いえ、何も無いです」
おい太一負けるなよ。もうちょっと抗おうよ。
五分ほどして、ようやく気が済んだのか開放される。おかげで胃が痛い。
俺が説教くらっている間にゴールデンタイムは終わり、店内は普通の照明に戻っていた。
響がまだニヤニヤしている愛に近付いていく。
「愛さん、おめでとう。やればできるものなのよ」
「はい! ありがとうございます。おかげで明人さんから抱きしめられて……でへへへへ」
そう言う愛を見つめている響の口端が、わずかに歪んだのは気のせいか。
「……次は私の番ね。時間があいたから、ちゃんと肩を慣らしておかないとね」
そう言って響は球を掴んで身体を左右に揺らし始める。
「――えいっと」
響は身体を捻ると同時に、持っていた球を俺の方へ放り投げる。
「うわ!」
咄嗟に避けることはできた。
「あぶねぇ! 殺す気か?」
「そのつもりだったけど?」
俺の文句に無表情に答える響。
無表情だけに冗談かどうかがわからない。
「おお、あんな手があったのか」
「いいわね。あたしも準備運動しよっと」
美咲とアリカがその様子を見て感心したような表情で言った。
お前ら思想が危険すぎる。
「こらこら、周りに迷惑だし店のもん壊したら追い出されるぞ。そういうのは後でやっとけ」
太一が呆れた顔で言った。
「……そうね。後にするわ」
響はそういって自分の投げた球を拾うと、位置決めも早々に投球を開始した。
球は緩やかなカーブラインを描きヘッドピンを右から直撃。
ピンアクションにも恵まれ見事ストライクを取った。
こいつ上手すぎだろ。
「か~、ナイスストライク。響、初めてとは思えねえな。完全に置いていかれてるわ」
ハイタッチで出迎えた太一が言った。
「今のは先頭のピンを明人君に見立ててぶつけるつもりで投げてみたの。上手くいったわ」
言ってる内容がひどすぎるんですけど?
お前俺の事好きだって言ってたよね?
それはともかく、俺も勝負しているとはいえ、ストライクを祝ってやろうとハイタッチで出迎える。
「やったな響」
「ありがとう。えい」
「ぐは!」
俺の差し出したハイタッチを避け、響の両手は俺の肩に振り落とされた。
「後にすると言ったでしょ?」
投げた後すぐなのかよ。
俺の両手の行き場所を教えてくれよ。
「おお、ああいう手もあるのか!」
「あたしの場合、身長が足りないなー」
また美咲とアリカがその様子を見て感心したような表情で言った。
後ろでそういうこと言うのやめようぜ。
おちおちハイタッチもできなくなるじゃねえか。
なにはともあれ、1ゲーム目が終了。
個人トップは響の171。
安定したスコアでそのまま駆け抜けた。
次点は俺の151。
後半3フレームでスペア、ストライク、スペアと一気に点数を稼ぐことができた。
個人三位の太一は137点。
ストライクとスペアを一個ずつ取ったものの最終フレームでスペアを逃した。太一も決して悪くは無い点数だったが、俺の方が運は良かったようだ。この点差を次のゲームでも死守しないと。
四位は綾乃の118点。
ゴールデンタイムのストライクの後、スペアを取って急浮上。
五位は愛の110点。自己の最高得点らしい。
綾乃と同じくゴールデンタイムのストライクで点数を稼ぎ出した結果だろう。
六位は美咲の98点。
一生懸命狙っているが、スコアに繋がらない。最終フレームでやっと二回目のスペアが出て嬉しがっていた。
びりっけつはアリカの79点。
球が荒れまくりで自分でもどうしていいかわからない様子だった。
何をしても悪循環ってあるよな。
太一のチームは平均129点で俺のチームは平均116点。
「これは厳しいか?」
「……ちょっと厳しいですね。特に響さんがやばいです。勝てる気がしない」
「うぅ、ごめん。あたしが足引っ張ってるよね」
アリカが落込んだ顔で言った。
「調子のいい悪いくらい誰にだってあるぞ? 次がんばれ」
そう言ってしょげたアリカの頭を撫でる。
何か小さい子を慰めてる気分だ。
「……」
アリカは一瞬だけ俺のほうに視線を向けたが何も言わず俯いた。
顔が赤いのは気のせいか?
「あ~~~~~、香ちゃんだけずるい!」
それを見た愛が横から叫んだ。
「――ほほう? アリカちゃんに手を出すとは、私に挑戦しているのかな?」
美咲がアリカの横に座り、ひったくるようにアリカを抱き寄せた。
「うひゃあ!」
アリカの口から悲鳴が上がる。
「よしよし、スコアが伸びなくて残念だったね。私が慰めてあげるからね。ぐふふふ」
抱き寄せて頬にすりすりと擦り寄る美咲。
おい、病気出てるぞ、病気。
「み、美咲さん。ちょっと待って!」
「みみさきさんなんていないわよ? 往生せいやああああああああ!」
「いやあああああああああああああ!」
逃げ出そうともがくアリカだが、美咲の方が上手だった。
美咲の病気が段々ひどくなってるような気がするんだけれど、気のせいじゃないだろう。
ほら見ろアリカ、助けられないのは俺だけじゃないだろ?
俺以外のみんなもどうしていいか分からずに傍観してるぞ?
しばらくしてアリカは開放されたが放心状態で天井を見上げていた。
可哀想と思うがとりあえず放っておいてやろう。心を癒してくれ。
そうこうしていると、太一がテーブルの操作パネルをいじりだした。
「ちょっと待ってろよ。1ゲームの得点順に投げる順番を変更する」
太一がパネルを操作し終り、モニターに新たな順番が表示される。
太一のチームは響、太一、愛、美咲の順番。
俺のチームは俺、綾乃、アリカの順番となった。
「オッケー。次のゲームといこうか。ちょいと点差はあるけど、次は明人に負けねえぞ」
にひひと笑って言う太一。
そうは問屋が卸さないぞ。
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