146 ボウリング4
ゲームは続き、俺と太一は共にスペアー。点差は次のフレーム次第。
美咲はスプリットに泣かされ、一本残し。アリカはストライクを叩き出した。
次の投球は愛、綾乃の順番だ。
二人して球を拭いて準備していると、ボウリング会場内の照明が急に暗くなる。
騒がしい音楽と共に天井に設置されたディスコライトが色彩も賑やかにレーンやピンを照らし出す。
音が鳴り止みレーンの奥が一斉にスポットライトで照らされる。
一斉に機械によって新たなピンが設置される。
設置された新たなピンは、全て金色でキラキラ輝いていた。
「うわ、ゴールデンタイムきた!」
太一が叫ぶ。
「なんだそりゃ?」
「えとな――――」
太一が説明しようとする前に館内放送が入り、
『御遊戯中の皆様、当店名物ゴールデンタイムです。このゲームにてストライクを出されたお客様はこのゲームに限りまして、ゲーム代を当店負担とさせて頂きます。奮って挑戦してくださいませ』
「ええええええ? そんなの無理!」
放送を聞いて嘆く愛。
慌てたように顔をキョロキョロさせている。
「うふふふふ。きたきたきたきたあああああ! こういうの燃える!」
逆に綾乃は火がついたようだ。
球をものすごい勢いで拭いているけど、そこは気合いれなくていいと思うぞ。
「あ、綾乃ちゃん。ごめん。先投げて! ちょっと心の準備が……」
愛が球を置きなおして綾乃に言った。
「はい、いいですよー。先に投げさせてもらいますねー。くくく、ゴールデンピン覚悟しろ」
球をガシっと掴むと、気合と共に綾乃の背中に何かが浮かぶ。
「……虎?」と俺が呟くと、「あれは?」とアリカも続いて言った。
「おー、かっこいい」と美咲が言い、「あんなものを飼ってるのね」と響が言った。
どうやら俺だけでなく、みんなにも綾乃の背中に何かが見えているようだ。
綾乃から動物が逃げるのは、それを飼ってるからじゃないかなー?
気合の入った状態で構える綾乃。
綾乃の周りで『ゴゴゴゴゴゴ』と効果音が出てるのは気のせいだろう。
「見えた!」
綾乃が歩み出て大きく振りかぶる。
「おりゃあああああ!」
綾乃が投げると同時に虎が咆哮してレーン上へ駆け出すように見えた。
球と一緒に駆け出した虎はレーンの上を勢いよく駆け抜け、ヘッドピンに襲い掛かり、右側から爪で捕らえる。
パカーンと快音が響き、レーン上のピンは全て弾き飛ばされた。
「よっしゃー、きたあああああああああああ!」
虎は一鳴き咆哮を上げると姿を消した。
「今のは……有効なのか?」
「そうね。違うものがピンを倒したような気がするのだけれど」
「明人君、響ちゃん。それは気のせいだと思った方がいいよ」
「幻覚よ。今のはきっと幻覚なんだわ。あたしが非現実的なもの見るはずないし。あんなのいたらオバケだっていることに…………」
アリカは自分の髪の毛を掴みながら、必死に自分に何かを言い聞かせていた。
俺はお前らの背中によくああいうの見るから、ああいうのは信じるぞ。
「やりました! イェーイ」
眼鏡をくいっと上げてガッツポーズする綾乃。
一瞬、アリカがビクッとしてたのは気のせいじゃないだろう。
とりあえずゴールデンタイム挑戦成功を称えてハイタッチでみんなが出迎える。
ただ一人暗い表情をしているのは順番を譲った愛だった。
綾乃がクリアしてしまったので逆にプレッシャーがかかってしまったようだ。
「なんで愛のときに限ってこんなのが……。ふぁっきゅーだわ」
なにやらブツブツと言いながら球を拭いている。
そろそろ行こうよ。もう球の光沢が凄いことになってるよ。
「ただでさえ、愛は運動とか苦手なのに」
「愛ちゃん。イベント気にせずに普通と思っていいんだよ。ペナルティなんて無いんだから」
ブツブツ文句を言う愛に、太一が愛に励ましの言葉をおくる。
「でもでも、ですよー。せっかくのちゃんすを台無しにするのって勿体ないじゃないですか」
「まあ、ゲーム代だけなんだからいいじゃないの。あんたは気にせずやればいいのよ。どうせストライクは無理なんだし」
アリカ。姉とはいえ、もうちょっとオブラートで包んでやろうよ。
「愛さんなら大丈夫だと思うのだけれど……」
「響、何言ってんのよ。愛がストライクなんて取れるわけないじゃない。取ったら奇跡よ?」
アリカの言葉に愛もコクコクと頷いている。
そこは認めたら駄目じゃないの?
「……諸刃の剣だけど、エサを変えてみようかしら」
響が顎に手をやり考えている。
何だろう、このデジャブ。
とても嫌な予感がするんだけれど。
「愛さん、あなたの願いがあるとしたら何? できるだけ簡単にできることでお願い」
「……願いって望みとかですか? それも簡単にできることで?」
天井を見上げながら考える愛。
あっと口を開きチラチラと俺を見始める。
「……あ、明人さんに抱きしめられたいです!」
「やっぱりそこにきたわね。まあ思ってたよりはマシだったけれど。ではストライク取ったらご褒美にそれをプレゼントするわ。明人君がね」
ちょっと待て。
そこに俺の意思が存在しないのは何故なんだ?
「あはは。明人君。愛ちゃんにハグだってさ」
「うふふ。明人、なに想像して鼻の下伸ばしてんの?」
止めろお前ら、殺気を放ちながら俺の両サイドに立つんじゃねえ。
その手刀は鞘にしまってくれ。
この件に関しても俺に責任は無いはずだ。
そんな馬鹿な話を真に受ける愛ではないだろう。
「ほんとですか? 愛、やります。絶対すとらいく取ってみせます」
めらめらと目に炎を躍らせて球をがしっと掴み投球位置へ移動する愛。
おーい、俺の意思はどこにいったんだ?
今日の投球を見ている限り、愛がストライクを取るのは、やはり奇跡に近いだろう。
力んでしまうと尚更、取りにくいものだ。
そういった思い込みがあったからか油断が生まれた。
気合の入った愛は、流れるような綺麗なフォームで球を解き放つ。
球の勢いもよく、コースもどんぴしゃである。
ヘッドピンを右側からしっかり捕らえてピンをすべて弾き飛ばす。
「愛の勝利です!」
愛は小さくガッツポーズした。
いやいやいやいやいやいやいや、ちょっと待て。おかしいだろ。
なんで、ついさっきまでできなかったことが急にできるんだよ。
目の前のエサにつられ、本気を出せたってのはわかるができすぎだろ。
「愛さん運動神経はいいはずなのよ。ただ制御に問題があるだけね。普段ブレーキ踏みっ放しみたいなものよ。ここまでうまくいくとは思わなかったけれど。……失敗したわ」
響が愛の後姿を見て呟く。だったら最初から言うなよ。
この後、俺がどういう目にあうのか分かってんのか?
俺はとても想像できてるぜ。地獄絵図が。
くるっと振り返りにこっと笑う愛。
一瞬で俺の目の前に移動してきた。
何、瞬歩使えるの?
「明人さあああああああん。やりましたああああ。生まれて初めてのすとらいくです」
愛の目が『早くご褒美をよこせ』と言わんばかりだ。
「あ、ああ、おめでとう。すごかったね。綺麗なフォームだったよ」
「ありがとうございますー。では、さっそくお願いしまーす」
ずずいっと手を広げて接近する愛。
「その前にみんなにハイタッチで」
「そんなのは後でもいいです。ささ、早く」
周りをちらっと見ると美咲とアリカの笑顔が見える。余計に怖い。
太一はヤレヤレといった顔つきで肩をすくめていた。
綾乃は何か言いたそうな顔をしているけれど、黙って見ている。
響を見ると無表情のままだ。
「明人君、愛さんにご褒美を。この件は目をつぶってあげるわ」
おい響、この件はお前が言ったんじゃねえかよ。
「ささ、明人さん」
愛が両手を広げて寄って来る。えーい、どうにでもなれ。
俺は両手を広げて愛を迎える。
胸元に飛びついてくる愛を軽くハグ。
愛は、この時ばかりにと俺の身体をぎゅうと強く抱きしめた。
「愛、感激ですぅううう」
すぐさま離れようとしたが、愛が俺の身体をがっちり掴んで離さない。
「あはん。明人さんの胸ひろーい。あったかーい。おおきいー。おお、意外とがっしりさんですね」
「あの、愛ちゃんもう終わりで」
「駄目です。愛がまだ堪能してません。愛へのご褒美なんですから、もっかいぎゅっとしてください。すりすり」
いや、それはいいんだけど、周りの殺気が凄い勢いで上昇中なんだ。
早く離れないとやばい気がするんだよ。特に俺が。
「分かったから離れてね」
愛の望みどおりもう一回ぎゅっと愛を抱きしめる。
「あんた達いつまでやってんのよ!」
アリカが愛の身体を掴むと愛を引っぺがした。
「ああん。香ちゃんせっかくのらぶらぶたいむを」
「うるさい」
ぺしっ、と愛の頭をはたく愛。
「うふふ。痛くない。明人さんに抱かれたから痛くないもーん」
はたかれても嬉しさがかったのか、ニタニタ笑いながら高速回転をはじめる愛。
すげえ勢いで回ってるけど目が回らないのか?
とりあえず、これでご褒美は終わりだ。
響も今回は目をつぶると言ったし、アリカと美咲も目をつぶってくれるだろう。
「さて、それじゃあ、お仕置きね」
「そうだね。お仕置きだね」
やっぱり駄目ですか?
「そうね。躾は必要だわ」
なんで響までお仕置き参加なんだよ。
「ちょ、ちょっとまて」
「「「問答無用」」」
理不尽すぎるだろ。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。