143 ボウリング1
俺達は犬猫わんにゃんショー会場を後にして、さらに西側へ足を進める。
美咲、アリカは犬猫の余韻に浸っているようで顔が緩んでる。
響は相変わらず無表情だけれど、ときおり口元がかすかに緩んでいた。
難しい奴だ。
太一と愛は安心したような顔で足を進めている。
綾乃は「どうして駄目なんだろ?」と納得いかない顔をして呟いていた。
そればっかりは動物たちでないと改善できないんじゃないかな?
西側へ足を進めていくと噴水広場にたどり着いた。
ここでも通行人は多いが、多噴水広場の面積は広く埋め尽くされはしないようだ。
噴水の近くに行くと、噴水の中央で水が高く舞い上がる。
飛沫が風に運ばれ、風下にいた俺の顔に当たりヒヤッとして気持ちいい。
噴水広場の周りには、ベンチでゆっくりと時間を過ごす人もいる。
人だかりもあって、派手な原色の服を着た大道芸人がジャグリングしていた。
人前でやれる度胸はすごいと思う。
いつか大舞台に立つ夢を見て続けているのだろうか。
通行人もパフォーマンスが気になったのか、一旦足を止めて見物して、また何事も無かったように足を進めていく。 興味を持った千葉兄妹がパフォーマンスを近くで見てくるといって、見物している人の群れに入っていった。
風通しもよくて心地よい場所なので、二人が戻るのを待っている間ここで少しばかり休憩することにした。
残念ながらベンチは埋まっているけれど、人混みの中にいるよりはましだろう。
周りを見渡すと小さな出店もあり、クレープとかジュースを販売しているようだ。
アリカがクレープ店を見つけるなり、愛の顔をじーっと見つめている。
どうやらクレープを買ってもいいか愛に確認しているようだ。
見つめられた愛は顔をふるふると横に振った。
期待が外れてしまい、アリカはしょぼんとして「生クリームバナナチョコぉ……」と呟く。
「いいの? アリカしょぼくれてるけど」
「いいんです。香ちゃんは衝動買いが多いですから。いくら自分で稼いできたお金だからといって、愛と一緒のときは無駄使いはさせません。出かける前にお財布は預かってますし」
「しっかりしてるね。愛ちゃんの方がお姉さんみたいだ」
感心したように美咲が言う。
「家の食費とか任されてるので自然にですよ。愛も使うときは使いますよ」
「へー。愛ちゃんいいお嫁さんになりそうだな」
金銭感覚がしっかりしてるのはいいことだ。
「愛をお嫁にすると、とてもお買い得だと思うんですが、明人さん貰ってみてはいかがでしょう?」
真面目な顔で言う愛に「……ノーコメントで」とだけ返すと、響が無表情のまま俺の足を踏み、美咲はにっこり笑って「だってさ明人君」と手刀でわき腹を連打してくる。
やはり俺の地獄はリピートされる習性があるらしい。
「愛は、焦らずゆっくり待ちますよ?」
「そう言われてもさ……」
そんなことはお構いなしに、にっこりと笑う愛だった。
どうしろって言うんだ。
とりあえず美咲、手刀をしまってくれないか?
あと、響はいいかげん足どけてくれ。
それにしても家族連れが多い。
小さな子供を連れた家族がよく目に入る。
俺にもあんな時代があった。
忙しい親父がたまに遊びに連れて行ってくれた時はとても嬉しかったもんだ。
不意に小さいときの楽しかった頃の記憶が呼び起こされる。
だが、思い出すと今の自分がかえって辛くなるだけに、思い出すことを意識的に排除した。
俺がつまらないことを考えていると、パフォーマンスを見物していた千葉兄妹が帰ってきた。
「ジャグリング下手だったけど、パントマイムは上手だったぞ」
「今度、部活でやってみようかなと思いました。ああいう漫画の本無かったかな?」
軽く影響を受けたような口ぶりで綾乃が言うが、また動画にでも投稿するのだろうか。
このまま進めていくのは時間的にどうだろうかと考えていると、太一が携帯を取り出してなにやら確認している。
「お、連絡きてるぞ。ボウリングそろそろ順番らしいぜ。戻ろう」
そう言って太一は携帯をみんなに見せた。
『まもなくお客様の順番になります。ボウリング場受付までお越しください。キャンセルされる場合はお手数ですが、代表者のお名前及び『キャンセル希望』と、ご返信の程お願い申し上げます』
ボウリング場からのメールだった。
受付をした際に係員と太一が横で携帯を使ってごちゃごちゃしていたが、これをしていたのか。
これなら、ボウリング場から離れていても連絡が来てから戻ればいいから楽だな。
「それじゃあ、戻ろうか。ところで太一、組み合わせは?」
「おう、ちゃんと決めてきたぞ。向こうについてのお楽しみと言うことで」
◇ ◆ ◇ ◆
ボウリング場に戻ったあと、太一が代表して受付に手続きに向かう。
俺達はその間に靴のレンタルを済ませておくことにした。
「この機械でシューズを借りるんですよ。お金入れて自分のサイズボタン押せばいいですよ」
愛が初めての響に靴のレンタル方法とかを教えている。
響も「ふむふむ」と頷いていた。
「ボールはあそこに重さ別に並んでいるので、好きなの借りればいいですよ」
「私だと、どれくらいの重さがいいのかしら?」
首を傾げて考えこむ響。
普通は自分の体重の一割がいいとか聞くけどな。
「好きでいいと思いますけど。香ちゃんは重い方がストライク出たときいい音がするって言ってましたよ」
「体型が似ているから美咲さんと同じにしておくわ」
「お二人とも似た体型されてますもんね。細くてうらやましい。そういえば響さん。先ほどおられた会長さんとかいなくなってますね」
「そうね。私としては助かるけど。あの人絡んでくると、酔っ払いみたいに厄介なのよ」
「そうなんですか? 見かけによりませんね」
響、お前生徒会でどんな関係築いてるの?
太一が戻ってきて奥側を指差す。
「一番レーンと二番レーンだから一番奥な。端っこだ」
レーンに向かう途中、それぞれハウスボールを選択。
俺と太一は13ポンドを選択。アリカは12ポンドを選んでいるが大丈夫なのか?
美咲と響は10ポンド、愛と綾乃は8ポンドのボールを選択した。
レーンに入り、上にある表示板を見ると、1番レーンに俺とアリカ、綾乃の名前が並び、2番レーンには太一、美咲、響、愛の名前が並んでいる。
「男女、兄妹姉妹、事前に聞いていたアベレージを踏まえて、この組み合わせにした。これでも結構悩んだんだぜ?」
「まあ、響が初めてだからな。妥当なラインじゃないか?」
「それじゃあ、勝負方法はどうするのかしら?」
「団体戦アベレージ勝負でいいだろ。個人戦だとハンディキャップがめんどくせえ」
響の問いに太一が答え、それを聞いて愛ががっくりとうな垂れた。
「うう……それだと愛が思いっきり足を引っ張りそうです」
「気にしない。気にしない。もしかしたらいいスコア出るかもしれないじゃん」
「そうだよ。私も久しぶりだからいいスコア出るとは限らないし」
太一と美咲はうな垂れた愛を励ましていた。
「……とりあえず勝ちに行くわ」
響、お前勝負事好きだな。
それプレッシャーしか与えてないから、愛が余計緊張した顔になってるだろ。
「向こうさんは結束したようだな。俺らも気合いれていくぞ」
「明人こそ足引っ張らないでよ。あたし全開でいくからね」
「まあまあ、お二人とも気合入れすぎず、リラックスしていきましょうね」
一番大人な意見を言う綾乃だった。
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