136 迷路4
カチャンと音がして、ゼブラ柄の門が自動で開いていく。
門を抜けた先には、また緑の壁が続いていた。
「こっから先は普通の迷路か?」
「アリカは『関門を抜けるまでが大変』って、言ってたわ」
「他のみんなも抜けたかな?」
「どうかしら?」
とりあえず、進むことにしたが…………。
「……明人君、目が回ってきたわ」
「……お前だけじゃないから安心しろ」
道を進めてみると、十字路ばかり。ただでさえ同じ風景が続いて覚えにくいのに、前方、左右と進んでみても、いずれかの道が透明なアクリル製の壁で塞がれたりもしている。これは方向音痴でなくても、迷いそうだ。
いくつかの十字路を探っていて、前方と右側の通路が塞がれているところに出た。
ならば左に道が続くと進んでみたものの。
「あれ? ここも塞がってる」
「おかしいわね? 右も前も塞がってたわよ?」
「……ここで行き止まりか。どこまで戻らないといけないんだ?」
「私に聞くと後悔するわよ?」
無表情な響の悲しい答えに肩を落としながら戻る。
戻っている最中、十字路に出たところで響に腕を引っ張られた。
「明人君、向こうの奥にアリカがいるわ」
響が指さす方向を見てみると、透明な壁の向こう側ではあるが、3つ先の十字路にアリカがいる。
俺達には気づいていないようだ。
キョロキョロとしているが、一緒にいるはずの太一はどうした?
「あ、太一君も出てきたわ……様子が変ね?」
見てみると二人で手を挙げて何やら会話しているようだ。
「あの二人、もしかして透明の壁に阻まれてるのかしら?」
響が目を凝らして呟いた。
確かにそう見える。二人は透明の壁に邪魔されて合流できないようだ。
「私たちも気をつけなくちゃいけないわね」
「お前を一人にするなんて事、俺がするわけないだろ?」
方向音痴を一人置いていくなんて、できるわけがない。
とりあえずゴール目指して道を進めないと。
足を進めようとすると、響がついてこない。
振り返ると俺をじーっと見つめている。
少し頬が赤いように感じるのは気のせいか。
「どうした?」
「……危ないわ……」
「何がだよ?」
「今、明人君に思いっきり抱きつきたくなったわ」
「冗談言ってないで行くぞ」
「……冗談じゃないのに」
後ろで何やらブツブツと言っているが、道を進めていく。
同じ形状の道は記憶の混同を招き、戻っているのかさえ分からなくなってくる。
透明な壁が曲者で記憶をごちゃごちゃにしてくれる。
「明人君、私たち一生出られないかもしれないわ」
無表情に響が縁起でもないことを言い出す。
「そんなわけあるか。いつか道は切り開かれるもんだ。ちゃんとついて来い」
「ところで、明人君さっきから変な気配を感じるのだけれど」
「変な気配?」
今いる十字路の周りを見渡しても、左が透明壁に塞がれていて、あとは進めそうな前方か右側だけだ。
その他にあるのは先に見える十字路だけ。特に変わったものはない。
「気のせいじゃないのか?」
「そうだと思いたいのだけれど、……私たち、ちゃんと戻ってるのかしら?」
「……正直、おそらくとしか言えないな」
「私が言うのもなんだけど、違う道に来てるような気がするの」
ここからの位置だと、右の方に観覧車が見える。
今まで気にしていなかったが目安にするにはいいかもしれない。
「それに…………確かめたいことがあるの。そこを右に曲がって様子を見ましょう」
響が俺の腕を取って強引に右に曲がっていく。
曲がって少し進んだところで、響が壁にもたれかかって様子を伺っている。
「この辺だと大丈夫かしら?」
響の言ってる意味がわからない。
俺も横で様子を伺っているが状況は変わらないようだ。
「なあ、響これ意味があるのか?」
「しっ」
響は口に指を当てて、黙るよう促した。
「……やっぱり」
響が確信を得たようにうんうんと頷く。
響が何をしたいのかさっぱりわからない。
「見て、さっきまで塞がってた左側の通路」
見てみると、今は正面に見える透明な壁が自動ドアのように動き始めていた。
「なんだ、ありゃ?」
毎日変わるとは聞いていたけれど、変化する仕組みの迷路かよ。
「十字路にいる間は動かない仕組みのようね。多分あれだわ」
響が指し示す方向に黒くて小さな丸い物体があった。
単なるオブジェだと思っていたが、どうやらセンサーのようだ。
「ゴールの方向はどっちかしら?」
「えーと、確か入口の真裏がゴールだったから……」
今いる位置から後方に観覧車が見える。
観覧車を背中にして進んでいけば、ゴールに近づくはずだ。
「ここを真っ直ぐ行ければ、ゴールだな」
「では、細工も分かったことだし、進みましょう」
透明な壁がなくなった道を進もうとすると、さっき俺達が通ったところが透明な壁に塞がれていた。
「もしかしたら太一君たち、この罠にかかったのかもね」
「これは卑怯だな。響よく気づいたな」
「さっきから小さいモーター音が聞こえてたのよ。それも曲がったときだけ」
十字路内にいるときと真っ直ぐに進んだ時は作動しないと響は推測したようだ。
ゴール方面が塞がれていた場合、わざと曲がって戻る方法を取ることにした。
何度か試しているうちに、透明な壁はランダムに開いたり閉じたりしているのも分かった。
やはり直進したときは作動しないことも確認できた。
響の観察力には驚かされる。これでこの迷路はクリアできそうだ。
「さっきの行き止まりは、たまたま全部閉じていたってことか」
「そうなるわね……」
そう言う割には喜んでいるように見えない。
「嬉しくないのか?」
「……私としたことが失敗したわ」
「なんでだよ? 謎は解けたんだから大成功だろ」
「明人君と一緒にいる時間が短くなるわ」
「……お前も愛ちゃんと同じくらいストレートだな?」
「あら、アピールは大事よ?」
いつもの無表情がわずかに笑った感じに見えた。
迷路のトリックもわかった俺達は仕掛けを利用しながら道を進む。
進んでいるとゴールと書かれたゲートが見えてきた。
「お、響。ゴールが見えたぞ」
「明人君、急ぎましょう。右を見て」
十字路に入ったところで言われて見てみると、そこには美咲と愛、綾乃の姿があった。
向こうも気づいたようだ。
美咲と綾乃は手を振っているが、愛は突進してくる。
「明人さあああああああああああああん! お会いしたかったですぅううううう! ――あう?」
『ゴン』と大きな音がする。
愛にとって残念な事に、俺達の間には透明な壁ができていた。
今ぶち当たったとき、すごい音がしたけど大丈夫か?
「ああ、愛と明人さんの邪魔をするこの壁が恨めしい!」
壁にへばりつきながら文句を言う愛。
どうやらダメージは大したことがないようだ。
意外とどっちも丈夫だったらしい。
「ゴールで待ってるわ。……ふふふ」
響は愛にそう言うと、俺の腕を取った。
おい、そういうことすると……。
目の前にいる愛がどす黒いオーラを放つ。
にたあっと笑う愛の顔。それは怖いよ。
まだ向こうにいる美咲と綾乃が、どこかの戦闘民族みたいに闘気を出しているように見えるのは気のせいだと思いたい。
「……ふっふっふっふ。その挑戦承りました……」
愛はゆら~と身体を反転すると、ダッシュで美咲と綾乃の元へ向かう。
「明人君、急ぎましょう。愛さんが本気になったわ」
「お前が焚きつけたんだろが!」
二人して、急いで走り出して道を進める。
向こうもゴールまでの距離は大したことがないはずだ。
透明な壁が一部残っていたものの、仕掛けを利用して解除して進む。
最後の十字路を抜けたあとは壁沿いに真っ直ぐ行くだけだ。ゲートも見えている。
「あと少しだ。行くぞ」
「ええ」
美咲たちの姿が反対側の通路に見えた。これは勝ったぞ。
ゴールのゲートをくぐり抜ける。
「――――あんたたち遅いよー。どんだけ待たすのよ?」
ゴールのゲートをくぐった時、目の前にアリカと太一がいた。
ほんの少し遅れて美咲たちもゲートに突っ込んでくる。
「ああ、負けた! って、あれアリカちゃんところが一番?」
「明人さああああああああああん、お会いしたかったですう!」
俺の背中にへばりつく愛。だからそういうことすると……。
ほら見なさい。さっそく美咲とアリカと響が手刀を構えたじゃないか。
痛む脇腹をさすりながら、綾乃と一緒にしゃがみ込んだ太一へと近寄る。
「あれ? お兄ちゃんがおかしいです!」
よく見ると太一が『ヒューヒュー』と息が苦しそうだ。
「……ヒュー、あ、アリカちゃんと、は、走りっぱなしで。……ヒュー……」
「どんだけ走り回ったんだよ。お前ら」
「……アリカちゃん……体力ありすぎ……」
「……お兄ちゃんが体力なさすぎなんだよ……」
妹に冷たい目を向けられる太一だった。
結局、アリカチームが一位、俺達が二位、美咲たちが三位という結果になった。
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