134 迷路2
壁の向こうで膨れ上がる殺気から逃れるように、キーマスターを目指して移動。
少なくとも五台は途中で目にしていた。
「明人君、キーマスターの位置覚えてる?」
「いや、まともに覚えてるの最初のやつくらいだ。響は……聞くまでもないか」
「そう……では、勘に頼るしかないわね」
元来た道を戻り、幾度目かの分岐点を過ぎたところで、ようやく見つけた。
最初に見たものと違って、幅の広いプリクラのような箱型の機械だった。
近寄って見ると、モニター画面と、カードを読み取るセンサーのついた操作盤。
最初に見た機械の操作盤には、複数のボタンが付いていたが、これには見当たらない。
モニター画面には、『センサーにカードをかざして下さい』とのメッセージが映し出されている。
「明人君、この機械にはボタンがないわね」
「よくわからんが、とりあえずカードをかざそう」
操作盤のセンサー部に俺のカードをかざしてみる。
すると『ピッ』と音がして、モニターに新しいメッセージが浮かんだ。
『グループの方もカードをかざして下さい。あと一名登録されています』
どうやらグループ員が一緒にいないと、次に進めない仕組みのようだ。
バラバラに鍵を集めさせない対策といったところか。
響がセンサーにカードをかざすと、『ピッ』と音が鳴って、賑やかな音楽と同時に画面が変わる。
画面の端からトコトコと、可愛らしい猿のキャラクターが二匹登場した。
猿達は俺達に向かって一礼すると、左側の猿が説明を始めた。
『ようこそ! ここでは制限時間以内に僕たちの真似をしてね。センサーで見てるから、ちゃんとやらないと鍵はあげないよ?』
もう一匹の猿は、何故か横で正拳突きの真似を繰り返している。そっちの理由も聞かせてくれ。
猿の背後に、ゲームの説明画面が浮かび上がる。猿が言った内容が、文字として書かれているだけだ。ようするに猿真似をすればいいのだろう。猿が出てきているのは洒落なのか。
とりあえずは、やってみないことには始まらない。
『まずは一問だけ練習。いっくよ~』
陽気な音楽が流れ、猿たちが踊り始める。
ひいき目に見ても下手くそな踊りだ。
『はい! このポーズ』
音楽が止まると同時に、二匹の猿は、右手をまっすぐ上にあげ、左手は水平に伸ばしている。
俺達から見ると時計の針が三時を指しているようなポーズ。
猿がポーズを決めると同時に、モニターの隅に数字が浮かんで、カウントダウン開始。
あれは制限時間か。響も気づいたようで、二人して、すぐさま猿のポーズを真似る。
『ピロリロリロ~ン♪』と正解のチャイムが鳴る。ちゃんと真似できていたようだ。
しかし、これ他にギャラリーがいたら恥ずかしいな。
『ビュティホー! 今みたいな感じで真似してね!』
猿が大げさに画面の中で大袈裟にはしゃぎながら言う。
「明人君、なぜかイライラするわ」
「俺もだ。この猿の態度が妙にムカつく」
俺達のそんな気分などお構いなしにゲームは進む。
『では本番いっくよー♪ 三問クリアしたら鍵をあげるよ!』
また陽気な音楽が流れ、画面の猿たちが踊リ始める。やっぱり踊りは下手くそだ。
そのうち猿同士が戯れあい、背後から身体を巻きつけるように――――
――って、それコブラツイストじゃねえか! 踊れよお前ら。
『はい! このポーズ』
「「え?」」
ふざけんな。これを真似すんのかよ? 躊躇なしのカウントダウン開始。
どうする。コブラツイストぐらいなら俺だって出来るけど、響にかけるのはちょっと困る。
「明人君あれ分かる?」
「分かるけど……」
駄目だ、やっぱり女の子に技をかけるくらいなら、俺がくらったほうがマシだ。
「響、俺にかけろ」
「どうかけるのかしら?」
「適当に猿の真似しろ!」
見よう見まねに響は俺にコブラツイストをかけてくる。
むにゅうっと背中に柔らかいものが押し付けられる。
うお! 響ってば意外とあるじゃねえか! 着痩せするタイプか?
今までの経験で言うと、美咲より大きいようで愛よりは小さい感じ。
「こうかしら? ふん!」
「ぐああ!」
俺の邪念に気づいたのか?
「あら、ごめんなさい。つい力が」
……今、口の端が少しニヤってしたよな?
『ピロリロリロ~ン♪』と正解のチャイムが鳴った。
響、もういいぞ。早く技をほどけ。名残惜しそうにせんでいい。
いや、力込めるなよ。なんで最後にもう一回締めようとしてくんだよ?
『クリア~。グッドだよー♪ 次いっくよ~』
猿が大はしゃぎで喜びながらクリアを祝う。大袈裟すぎてかえって引きそうだ。
「……やっぱりイライラするわね」
「……同感だ」
今度は聞き覚えのあるマンボが流れ始める。画面の猿が両手をつないで、踊り始める。
踊りはいいから早くポーズを決めろ。
『チャカチャカチャン、チャカチャカチャン、ウ、マンボ! はい、このポーズ!』
両手をつないだまま、頬をくっつけた状態で猿は止まっている。
いや、これ女の子とペアだと恥ずかしいだろ。彼女ならともかく。
容赦なく進むカウントダウン。躊躇していると響が催促してきた。
「明人君、早く」
響は気にもしていないように、両手を差し出す。
「えええええ!」
「ええ、じゃないわよ。早く」
響の両手を掴んだものの、やっぱり躊躇する。
「なにやってるの? こうよ」
ぐいっと引っ張られ、ぴったりくっつく響。
響からふわっと、美咲ともアリカとも愛とも違う香りが鼻腔をくすぐる。
なんとも心地よい匂いだ。
顔をくっつけるのは恥ずかしすぎると思いきや、身長差で俺の頬についたのは響の髪。
美咲とほぼ変わらない響の身長だと、頬の位置が俺の顎付近にくる。
「これならまだマシでしょ?」
確かにマシだけど、お前の胸が当たってるから、嬉し恥ずかしいぞ。
いやさっきは背中だったけど、前から当たってこれだとそれなりのサイズだな。
どっかの幼女もどきとは違うわ。おっと、背中に寒気がする。
『ピロリロリローン♪ クリアー。上手だねー』
いや、早いだろ! もうちょっとギリギリまで見てから正解にしろよ。
もうちょっと柔らかさを堪能する時間をだな――――
「明人君、もしかして――欲情してる?」
「し、してねえし!」
「そう。それはそれで少しムカつくわ」
そう言って響は身体を離した。
気のせいか、少しむくれているような。
基本、無表情なだけに僅かな変化を見逃すとわからない。
『二問連続でクリアだね。次をクリアすると鍵をプレゼントするよ』
画面内の猿が陽気に語りかける。
『それじゃあ、次のポーズいっくよー♪』
また曲の開始とともに猿が踊り始める。
この曲は知ってる。『白鳥の湖』だ。
また密着ネタが続きそうな気配。俺としては、クリアするためだから仕方ない。
甘んじてその課題を受け止めよう。他意はないんだ、他意は。
画面の端から端までクルクルと回る二匹の猿。そろそろ密着か?
画面中央に来たとき、お互いの顔めがけて拳を飛ばす。傍から見るとクロスカウンターだ。
『ぐは! このポーズ!』
おい、白鳥の湖と全く関係ないじゃないか。
てか、お前殴られてダメージ受けてるだろ。
「明人君、低めに構えて。形だけ真似ればいいんだから」
響は画面の猿など気にせず、真似するつもりだ。冷静な奴め。
響の指示通り身体を低めにして拳を突き出し構える。
画面の猿を見ながら、響はクロスカウンターの形を作る。
お互いの頬に軽く拳を当てた状態になる。
手から伝わる響の肌の質感は、サラサラで柔らかくて、ほんのり温かい。
「まだ駄目ね? こうかしら?」
響が少しだけ身体を前に出す。
お互いの頬が軽くむにゅっと押し合う形になる。
『ピロリロリロ~ン♪』とさらに甲高い正解音が鳴った。
『おめでとう。三回クリアしたね。鍵をプレゼントするよ! ……ちっ』
おい猿。今、お前舌打ちしただろ?
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