131 うさぎレストラン1
この遊園地内にはゆっくり食べるのに向いた洋風レストラン、ジャンクフードの店が数店ある。
時間を取りたくないならジャンクフードの店だろう。
一応、みんなのリクエストを聞いてみる。
「肉!」
これはアリカのリクエスト。
とりあえず、他の意見を聞こう。
視線をそらすといじけたが、まあ、ほうっておこう。
他のみんなに聞いてみると、なんでもいいが座ってゆっくり食べたいと言う。
確かに、乗り物に乗ってる以外は歩きっぱなし、立ちっぱなしが続いている。
お昼くらいは、ゆっくりしたいだろう。
では、レストランをチョイスすることにしよう。
ガイドブックを見ると、園内のレストランは『SchwarzHase』と『WeisHase』の二つがある。
フリガナも書いてないので読み方がわからないけれど、どうやら英語ではないようだ。
入口に近い方が『SchwarzHase』、ジェットコースターに行く途中に見た店だ。
「――シュヴァルツハーゼか、ドイツ語で黒うさぎだね」
美咲もガイドブック開いていて、店の名前を見て言ったようだ。
「へー、ドイツ語なんだ。んじゃあ、これは?」
もうひとつの店『WeisHase』を指して聞いてみる。
「ヴァイスハーゼだね。そっちは白うさぎだよ。ハーゼが野うさぎで。ヴァイスは白。シュヴァルツが黒って意味」
「あら、美咲さん、ドイツ語わかるんですか?」
響がガイドブックを閉じて、美咲をちらりと見る。
「いやー、前に本読んでて、ちょっと調べたことがあったんだよね」
「さすが大学生。ドイツ語の載ってる本読むなんて、かっこいいー」
綾乃が美咲に尊敬の眼差しを浮かべる。
「いや、読んだ本って、ラノベなんだけどね。いわゆるハーレム物なんだけど――」
それ以上は言わない方がいいと思うのは俺だけか?
本の登場人物が所属している部隊名が、たまたま店と同じ名前だったらしい。
美咲はその登場人物がお気に入りで、興味本位でドイツ語を調べたことがあるらしい。
美咲の色々な性質キャラの材料は、もしかしてラノベから得てるのか?
だとしたら、相当怖いんだけど。
「あの美咲さん、それって、もしかして……」
美咲の話の続きを聞いていて内容に覚えがあったのか、美咲に耳打ちする綾乃。
「おお! そう、それだよ。綾乃ちゃん読んだことあるの?」
「ああ、やっぱり! 既刊は全部持ってます」
同じラノベを読んだことが嬉しかったのか、喜ぶ綾乃と美咲。
「私としてはラウ○が……」
「わかります。私はシャ○ロットが……」
「綾乃ちゃん、わかってるねぇ!」
美咲と綾乃は意気投合して、そのままキャラ論議を始めてしまった。
キャラ名を出されても話を知らないのでわからんな。
今度、貸してもらおうかな。
「明人さん。そろそろほんとに香ちゃんが危ないです」
愛が慌てた声で言う。
妙に真剣な声だったので見てみると、さっきまでいじけていたアリカの目が据わってきていた。
なんだか肉食獣が獲物を見るような目で俺を見ているんだけれど、気のせいだと思いたい。
なんかマジで怖いけど、あいつ腹が減りすぎるとこうなるのか?
座り込んで、早く決めろと言わんばかりに俺をじーっと睨んでいる。
いや、あの目は襲おうと狙っている?
「獣の目だねぇ。それもまた可愛い」
「お腹すいてイライラしてるんですね。色々持ってますねぇ」
美咲と綾乃がアリカを観察しながら、ほんわか言う。
どうやら愛が言ってた人を襲うというのは、あながち間違いではないような気がしてきた。
こういう時に襲われるのは、きっと俺なんだろうという予感すらある。これは急ごう。
時間をかけてたら、きっと俺がやばい。
この予感は当たる気がする。
『SchwarzHase』にしよう。
みんなに聞いたら特に反対もなく決定。
目的地も決まったので、移動を開始。
「香ちゃん、お店決まったよー。お肉もあるみたいだよー」
愛がアリカに言うと、アリカは満面の笑みを浮かべて立ち上がる。
現金なやつめ。
「わかりやすいねぇ。可愛い」
「ほんと色々持ってますねぇ」
美咲と綾乃がアリカを観察しながらほんわか言う。
お前ら本当に仲いいな。
店に着くと店頭でお客が数人待っている。
昼も近いので混み始めたか。
列に後ろに並んで待つしかない。
「待つのか……お腹すいた……」
「もうちょっとの我慢だからねー」
がっくりしているアリカを、よしよしと頭を撫でて励ます愛。
姉妹が逆転しているようにしか見えないぞ。
15分ほど待ってようやく店内に案内される。
案内してくれたのはパンツスーツ姿をした女性の店員。
店名にうさぎが入っているのに、なぜバニーガール姿じゃない。
せめて、うさ耳くらい頭に着けてもいいと思うのだが。
「明人君、今すっごいつまらないこと考えてたでしょ?」
美咲がジト目でぼそっと突っ込んでくる。
何故わかる?
案内されながら周りを見ると店内はアンティーク調に飾られている。
それぞれテーブルの端には燭台。天井にはシンプルなシャンデリア。シャンデリアの付け根には、空気を循環するための大きな木製の羽根がゆっくりと回っている。
今は日の光が入って、明るくなっているが、夜には燭台やシャンデリアが灯りいい雰囲気になるだろう。
壁には絵画と小さな花が飾られ、それを照らすための補助灯も見える。
全体的な感じとして、飾りすぎるわけでもなく、シンプルな装飾をしていた。
店員に案内されたのは、奥側の四人掛けのテーブルが二つ並んだところ。
光沢を帯びた木目のある四人用にしては広めのテーブル。丸くアーチを描く木椅子。
そのどちらもアンティークな基調だ。壁には立ち上がった黒うさぎの絵が飾られている。
順番待ちしていた時に決めた席の通りに着いて行く。
アリカ、響、愛と美咲が左側のテーブルに着き、太一と綾乃が俺と同じ右側のテーブルに着いた。
向こうのテーブルは、通路側の席にアリカ、愛。壁側の席に美咲、響と並ぶ。
こっちのテーブルは、壁側の席に、太一、綾乃の順で座る。俺は通路側の席に座った。
「こちらがメニューになります。お決まりになられましたら、ボタンをお押し下さい。すぐに伺います」
各テーブルに赤ワイン色の革製メニューが二つずつ置かれ、店員は一礼して下がっていった。
手にした表紙には、うさぎのシルエットが描かれている。
太一と綾乃は早速メニューを開いて、一緒に見ながら検討を始めた。
「お兄ちゃん。違うメニューにして、分けっこしようよ」
「おお、それはいい考えだな。んじゃあ、俺は、この肉のセットにしようかな」
「あれれ? 私の知ってるお兄ちゃんなら、きっとこっちが食べたいはずだよ?」
「……お前、自分が食べたい物を俺に押し付けようって腹だろ?」
仲のいい兄妹だ。
単品メニューもあり、一般的なファミレスメニューもあるようだ。
値段は若干割高だが、遊園地内だからこんなもんだろう。
単品メニューの他に、割安なランチセットが四種類設けられている。
ここにも園のマスコットキャラクターのポーンとアルトが出てきた。
ハンバーグと牛肉のサイコロステーキがメイン。肉が主体で量が多いアルトセット。男性向きかな。
女性向けのポーンセット、魚が主体のヘルシーメニュー。一つ一つの量は少ないが、その分副菜が多い。
アルトセットのボリュームをダウンさせて、特製スープがついた魔女セット。
この3つは、それぞれ千五百円。
三つを混ぜ合わせたような豪華絢爛なスペシャルセット。スペシャルだけあって値段も高く三千円。
量もなんか桁違いだけど、頼む奴いるのか、これ?
みんなが何を頼むのかなと周りの様子を見ていると……アリカがじーっとメニューの下の方を見ている。
どこを見ているのだろうと、俺の手元のメニューで見てみると、そこにはスペシャルセットが写っていた。
そういえばチャレンジャーだったな、あいつ。
どうやらそれぞれ頼みたいものが決まったようだ。ボタンを押して店員を呼ぶ。
直ぐにやってきた店員に、それぞれ注文を言っていって貰う。
響と美咲が魔女セット、愛と綾乃がポーンセット、俺と太一はアルトセットを注文した。
最後まで悩んでいたアリカが「スペシャ――」と言いかけた途端、愛がアリカの手をがしっと掴んで首を横に振った。アリカは目で「駄目?」と訴えているようだが、愛の目が「駄目!」と答えているように見えた。
アリカは、しゅんとして「じゃあ……アルトセットで」と言い直した。
お前、欲望に負けかけてただろう。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。