12 てんやわん屋9
まもなく閉店の時間だ。入り口の電気を消して、閉店中と書かれた看板を入り口の内側に置く。美咲さんに教わりながら、閉店準備をしていると、店長が現れた。
「どうだった~? 明人君、初日の手ごたえは?」
抑揚のない声で聞いてくるが、美咲さんの影響か店長も俺を名前で呼んでいる。
「今日は結局お客さん五組だけでしたけど、いつもこんな感じですか?」
「ん~、表屋はそうだね~。売れない日もたまにあるし」
店長は店の売り上げなど全く気にしてないような言い方だった。いくらオーナーが金持ちでも、赤字続きになると店を畳むのではないだろうか。
「利益少ないですよね?」
「ん~、裏屋は結構お客来るし、修理依頼もあるからね~。買取だけじゃないんだよ」
「裏屋って修理もやるんですか?」
修理の言葉に、ちょっと興味が沸いてくる。
「そうだよ、保証の切れた製品を直して欲しい人もいるからね~」
「それって、部品無いんじゃ?」
「方法はいくらでもあるよ、どうやっても直せない物もあるけどね~」
そう言って店長は頭をぼりぼりと掻きながら薄笑いを浮かべた。
視界の隅には美咲さんが棚の影から、じーっと頭だけ出して見つめている。
――いや、これは睨んでる?
まるで、興味を持ってるけれど、あえて近づかない猫のようだ。
「あ、あの店長。美咲さんあそこで何やってるんでしょうか?」
「ん~。俺とばっかり話してるから怒ってるんじゃない? そんな感じするよ~」
首を傾げながら言う店長に、俺は返答も出来ず深いため息だけがこぼれ出た。
「言ったでしょ~。美咲ちゃんにいちいち構ってたら大変だよって~」
慣れた様子の店長の言い方を聞くと、美咲さんはいつもこんな感じなのか。
「でも、良い子なのはすぐに分かったでしょ?」
「……そうですね」
店長の問いを否定することは、俺には出来なかった。
「大体、片付けは終わったかな~? ああ、これ明人君のね」
店長から手渡されたのはタイムカードだ。
今日俺が入って来た時間は、既に記録されているらしい。
カードに「呼び名は明人君でよろしく!」とペン書きされた紙が張っている。
……誰だ? ……これ書いたの。
思い当たる人物に鋭い視線をやると一瞬、びくっとしながらもまだ覗いている。
あれか? もしかして、る~る~る~とかいう奴やって欲しいのか?
俺は、ちょいちょいと手招きするが、美咲さんは顔を嫌々と横に振る。
これは……面倒くさいパターンか?
「おいで、おいで。何もしないから、こっちおいで~」
俺は、しゃがみこみながら極力優しい声でこっちへ来るように促す。
少し警戒しながら、美咲さんはこっちへ近づいてくる。猫かあんたは。
「……別に優しい言い方されたからって来たんじゃないんだからね!」
「はいはい……わかりました、店長、獲物捕獲完了しました」
美咲さんのツンデレキャラをさらりと流し、俺はちょっと悪乗りして店長に報告する。
「あ~ご苦労さん。明人君ノリいいね~。美咲ちゃんと良いパートナーになれそうだ。美咲ちゃん?
そこはモジモジしなくてもいいよ? そういう意味で言って無いからね?」
見ると美咲さんは下を向き、両の指先をつんつんとしながら赤い顔している。
今日複数のキャラを見ているが、演じる能力が高い人だと思う。素ならかなり怖いが……。
そういえば、最初の印象で店長に悪い印象を感じていたが、単にそう見えただけで本当はいい人なのかもしれない。だらしがないって感じはぬぐえないが……。
店長に対する美咲さんの態度を見ていてもそれは感じ取れる。まだまだ自分が人を第一印象だけで本質を判断できないだけなのかもしれないが。
店長が薄笑いを浮かべながら、
「明人君、他のバイトもやってるんだったね? うちはいつ来てもいいけど、来れるときは連絡して欲しいんだよね~。メールアドレス教えてくれる?」
「あ、そうですね。ちょっと携帯取ってきます。」
「ついでに帰る準備しておいで~、美咲ちゃんもね」
「はーい」
店長の言葉に従い、俺達は更衣室に入り、ロッカーから荷物を取り出す。
美咲さんも更衣室に入ってきたが、着替えるような様子はない。
ロッカーに上着と小さな鞄だけしか入れてなかったみたいで、着けていたエプロンをロッカーにしまう。さっと上着を羽織り鞄を肩からかけ、俺を見てニヤりとした。
「今、服は脱がないのか残念って思ったでしょ?」
「思ってないし!」
「ふふ、でも気を使わせるのも悪いから、店長に言って仕切りつけといてもらうね。ここは前まで、女の子しか使ってなかったから」
「そうしてもらえると助かります」
まともなことを言う時もあるので、美咲さんへの対応には困る。店長が言ったように良い人だってのは俺にも分かるけれど。
鞄の中にしまってある携帯をチェック。
メール無し――明日のファミレスでのバイトは無くなった。
平日のファミレスはバイト競争率が激しい。
どこの会社もそうだが、雇うなら高校生よりも大学生、大学生よりもパートタイムを優先させる傾向があり、長い時間定期的に確実に来てくれる方が良い。
俺は単なる小遣い稼ぎでやるバイト生と趣旨が違うと言っても、それは会社には関係ない事で、あくまで、一人の高校生が言う戯言にしか過ぎない。
実際、何度と無く見てきたことだが、遊びに行く用事が出来たと言って急に休む馬鹿もいれば、ちょっと文句を言われただけでバイトを辞める奴もざらにいる。悔しいが高校生のカテゴリーとして同一視されるのは仕方がない時がある。
携帯から視線を外すと、美咲さんが「どうかしたの?」という顔で見つめている。
「明日のバイト無くなっちゃいました。明日もまたこっちに来ます」
そう言うと、美咲さんは満面の笑みを浮かべ、
「にゅふふふ、また私と蜜月な時間を過ごすのね」
「それはないです」
そう返すと、美咲さんは顔を一気に蒼ざめさせる。
「ひ、ひどい、私とのことは遊びだったのね?」
「あー、非常に面倒くさいんですけど? さっさと店長のところ行きましょう」
俺が冷たく言いながら更衣室を出ると、後ろから美咲さんがぶつぶつ言いながらついて来る。
「素直じゃないな……いつになったらデレるのかな?」
昨日の今日でデレてどうするんですか? と言いたくなったが、あえて聞かなかったことにし、店長のもとへ向かい、携帯を取り出して、店長とメアド交換を済ませる。
メアド交換は店長だけでいいかと思っていたが、美咲さんが携帯を握り締めて待つ無言の圧力に屈してしまい、美咲さんとも交換した。その時の顔が怖かったのは、記憶の底に封印しよう……。あんな顔もできるんだ。
「店長、明日なんですけど、予定のバイトが無くなったんで、明日も来ていいですか?」
「うちは構わないよ~。俺は裏屋にいけるから来てくれた方が都合いい。」
「では、明日もまたよろしくお願いします。お疲れ様でした」
「はい、お疲れさん。カードは入れて帰ってね」
美咲さんが言うには、十五分単位で給料は計算してくれるらしく、そこは俺がしてる他のバイトと一緒のようだ。
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