127 アトラクション1
順番を待っているとようやく俺達の番になった。
俺達の前にいた客が、先頭を怖がったため後ろの席に移動。
俺達は特等席とも言える先頭に乗ることになった。
美咲が先に乗り込み、次に俺が乗り込む。
シートベルトを付け、身体を抑える安全装置のガードバーが係員の手によって順番に肩に降ろされていく。しっかりと肩から胸が包み込まれた状態だが、このジェットコースターは発射時に釣り上がり足の踏み場がなくなる。
足がブラブラとした状態でジェットコースターに乗ると踏ん張りがきかなくて怖さも倍増する。
そういえば、俺も先頭なんて初めてだ。これは前より怖いかもしれない。
横では美咲が緊張した面持ちでガードバーを握っている。
『――まもなく、出発します』
始動のアナウンスが流れて、係員が最終確認をすると『ピリピリピリピリ』と号的のような音が鳴る。
ガタンと音を立て、ジェットコースターはゆっくりと浮き上がりながら前へ進んでいく。
横では美咲が緊張した表情をしている。
後ろから愛の「うわー、うわー、うわー」と連呼が聞こえる。
どうやら愛はジェットコースターが苦手なようだ。
響の声は聞こえないが真後ろなので見える角度にいない。
太一と綾乃の声が途切れ途切れに聞こえてくるが、中身はよくわからなかった。
少しするとコースターは急角度に上昇していく。
こういう時、引力や重力という言葉が脳裏によく浮かぶ。
座席に全体重がかかっている感触は結構嫌なもんだ。
横を見るとゆっくりと回る観覧車がよく見え、その向こうに綾乃が指さした塔のような建物が見える。
このゆっくりと上昇する間は恐怖感を増すための時間なのか。
嫌な時間だといつも思う。違う意味での賢者タイムと言えそうだ。
このわずか一分程の間に様々なことが脳裏を駆け巡る。
「来る来る来る、来ちゃう来ちゃう。あーもう限界、来ちゃううううう」
後ろから愛が恐怖心からか色々と喚いている。
ヤバそうな単語を並べているのは気のせいか。
こういう事を考えてる時点で、俺も本音では現実逃避したいのだろう。
頂点まで上り詰めたコースターはぴたっと動きを止める。
そういえば、このコースター最初は後ろ向きに落ちていく。
思いだした瞬間、引力と重力が解放された。
加速度が生んだ風は、ものすごい音を立てて耳を駆け抜けていく。
その音に混ざるように、悲鳴が俺の耳に届く。
「きゃああああ、ふわわわわわ」
すぐ後ろから愛だと思われる悲鳴が聞こえる。
他にも色々な悲鳴が混ざっていて、誰が発しているかまではわからなかった。
俺は俺で、解き放たれた重力に、内臓だけがおいてけぼりにされるような感覚に耐えていた。
勢いよく落ちていくコースターに肩から胸にかけて付けられたガードバーが胸に強く当たる。
まるでガードバーに引きずり落とされているような感覚だ。
ちらっと美咲を見てみると、満面の笑顔を浮かべている。
どうやら全然平気のようだ。
いきなり横に重力が加わる。
旋回運動に移ったようだ。
縦から横、横から縦とめまぐるしくコースターは奔り、重力と無重力を無理やり体に叩き込まれる。
勢いを落とすことなく今度は後ろ向きのまま上昇を開始した。
ガードバーだけで支えられているような、そんな不安定さが恐怖心を呼び起こす。
そのうち、完全に勢いをなくしたコースターは、反対方向に自然落下を開始して、前向きに同じコースを走り抜ける。わずか二、三分ほどの時間を走り抜け、俺達は足の着く地上、乗車した場所へと戻ってきた。
「ふわー、楽しかったー」
美咲が満面の笑みのまま言った。
俺も面白かったが内臓へ受けたダメージが美咲ほど喜べなかった。
降りてから他のみんなを見てみると、愛が満身創痍な表情。
響は相変わらずの無表情。
太一は青ざめ、綾乃は太一を気遣った様子をしているが、なんともなさそうだ。
アリカは美咲と同様に満面の笑顔だった。
こうみると結構、個人差があるものだ。
楽しかったと言ったのは、美咲、アリカ。凄かったと言ったのが太一。
やっぱり怖かったと言ったのは愛だけだった。
響と俺は、怖さも面白さも両方あるけど、連続して乗るものじゃないと意見が一致した。
ジェットコースターを乗り終えた俺達は、それぞれの感想を聞いてから次の乗り場に移動した。
『シューティングスター』
去年の秋にできたという屋内式フリーフォールタイプのアトラクション。
これを経験したものは、俺達の中では誰もいない。
体験情報がない中の絶叫系は、未知への恐怖と体験してみたいという欲求の狭間に揺れる。
シューティングスターがあるのは遊園地の外から綾乃が指さした建物。
はたから見ると大きな塔に見える建物で、三階層に分かれている感じに見えた。
一階層だけでも普通の三階くらいは高さがある。
一階の入口は列が出来ており、待ち時間は二〇分ほどのようだ。
列の後ろに並び、順番を待っている間に、じゃんけん大会。
結果、綾乃が勝利した。
今度は綾乃が俺の横で並んで一緒に進む。
「遊園地って滅多に来ないから楽しみだったんですよ」
「俺はここ、三年ぶりだよ」
「リニューアルしてますからね。新鮮味あると思いますよ」
「そうだね。いい思い出になりそうだよ」
綾乃を見ていると、もし俺に妹がいたらこういう感じでいられたのかなと感じた。
太一を羨ましいと思うところだ。
列が進み中に入ると、悲鳴が聞こえてくる。
それなりの高さから落ちるようだ。
外観から見た感じだと、それほど高いような感じはしなかったが。
いよいよ順番が回ってきた。座席を見ると四人掛け。
俺が端に座り、その横に綾乃、次に愛、太一と続く。
太一にとってはいい状況だろう。
反対側の座席に美咲と響、アリカが座った。
四人掛けといっても独立したシートになっており、ガードバーは個別だ。
準備も整ったようで、アナウンスが流れ俺達を乗せた座席はゆっくりと上昇を始める。
一階の天井を越えた途端、真っ暗になった。
真っ暗な状態でゆっくりと上がっていくと、周りの壁がまるでプラネタリウムの映像のように星がふわっと浮かび上がる。それと同時に静かな音だけのBGMが流れ始める。
「うわあ、綺麗」
綾乃が感嘆の声を上げる。
俺もまばゆくきらきらと光る星々に見惚れた。
時折、流れ星が流れたりするロマンティックな光景に、みんなからも感嘆の声が漏れる。
緩やかな音楽と美しい映像で魅了されていると、知らないあいだに上昇が止まっていた。
「明人さん、とても綺麗ですね」
「そうだね。こういう落ち着いたものもいいね」
「あ、あの明人さん。私ですね――――」
綾乃がなにか言おうとした途端、轟音が響く。
「なんだ?」
壁に映る無数の星々が天井に向かって集まりだし、大きな光になっていく。
明るさが徐々に増していき、強い光を放った瞬間、その光は、流星群のように落ちていく。
「あ、あの、わ、私、明人さん――――」
「きゃああああああああああああああああああああ」
綾乃がなにか言おうとしたが、それと同時に俺達も落ちた。
甲高い悲鳴が響いたが、今の悲鳴は愛だ。
全くの不意打ちに自分がフリーフォールに乗っていたことすら忘れていた。
突然の無重力、ほんの数秒、浮き上がる身体、周りの流星群と一緒に落ちる感覚だ。
流星が地面に落ちたのか、光が花火のように強く散らばる映像が見える。
それと同時に急激に重力が身体に戻ってくる感触がした。
どうやら終わったようだ。周りが明るくなって、一階が見えた。
機械は停止し、思ったよりも力が入っていたようで手が汗ばんでいるのを感じた。
俺達は座席から降りると、出口へむかいながら、それぞれの感想を聞いてみた。
全員が面白かった、綺麗だったと言ったが、なぜか綾乃はションボリとしていた。
そういえば上で何か言おうとしていたな。
聞いてみると綾乃は俯いて「何もないです、はい」とだけ答えた。
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