123 恋愛≒好意11
「――ぐおおおおおお」
「言い残したいことはある?」
そう言いながら、俺の額を手でギリギリと締め付けるアリカ。
本日、二度目のアイアンクロー。こうなるのはお約束だったか。
たかだか、また助けなかったくらいで、これはないだろう。
解放された途端に攻撃してきやがって、全く回避できなかったじゃないか。
俺の額を押さえるアリカの指の隙間から、怒った表情が垣間見える。
こめかみ付近がピクピクしてるし、目が逝っちゃってるよ。
この人、殺す気満々だ。
慈悲の欠片も見えない氷の女王のように、これはマジで危険だ。
おい美咲、横で満足そうにホクホクした顔してないで助けろ。
お前の余波でやられているんだぞ。
てか、この展開さっきもやったばっかじゃねえか。
「あら、まだ余裕あるのね? ふん!」
アリカは無慈悲にもさらに手に力を込めてくる。
「ぐおおおおおお!」
手が小さいくせに、なんて馬鹿力だ。
アリカお前、俺より握力あるんじゃないか?
このままでは脳汁が飛び散ってしまうかもしれない。
痛みに耐えながら生き延びる手段を考えてみる。
作戦その一、バックステップで一旦離れる。
では実践。
俺が一歩下がろうとすると、アリカも一歩前へ踏み出る。
なんとなく無意味なことをしたような気がする。
即座に対応されて、結局一歩下がっただけじゃないか。
作戦その二、逆に突進してみる。では実践。
足の裏に力を込めて前へ突進しようとするも、アリカの手で抑えられていて動けない。
何でビクともしないんだよ? 俺、そんなに力ないの?
それともアリカの力が強すぎるのか?
作戦その三、白旗上げて降参。ひたすら謝る。
プライドや理不尽なんて関係ねえ。生き延びる方が先決だ。
これが最もいい選択肢のはずだ。では実践。
「すまん。俺が悪かった。助けなくてごめん!」
「ほほう? やっとわかったようね?」
「わかったから、手を離してくれ」
「今、美咲さんが襲ってきたらどうする?」
そんなの決まってるじゃないか。
「もちろん、放置に決まって――」
「死ね!」
「ぐあああ!」
正直な自分を恨もう。
ようやく離してもらえたものの、まだ少し頭が痛い。
アリカのご機嫌は斜めのままだ。
俺の顔を見るたびにぎろりと睨んでくる。
怖いからやめてくれ。
ちくしょう。胸ないくせに。ちびっこのくせに。
「……明人から悪意を感じる」
「……気のせいだ」
おまけに勘がいいから、心の中での反撃すら許されない。
ひと騒動があったものの、ようやく落ち着きを取り戻し始める。
アリカも美咲と話している間に機嫌がましになったようで、睨んでくることもなくなった。
俺は、二人の会話を傍らでぼーっと眺めている。
この一時間で、お客は数人来たものの、ちょい寄りのお客ばかりで店内を見て回るだけだった。
客がいない間はまた雑談で時間を過ごす。変わらずの平和な時間。
ゆっくりのような早いような、それでいて止まらない時間。
平和だと感じるのは、目の前にいる二人のおかげだろう。いや二人だけじゃない。
この店にバイトに来てから出会った人たちみんなだ。
まだこの店で勤め始めて、それほど経っていない。
それなのに俺の世界は明るさを取り戻している。
人間味を取り戻しているといったほうがいいだろうか。
みんなと一緒にいる時だけ、まともでいられるような気がする。
相変わらず、ひとりの時間は嫌いだけれど。
時折、考えにとらわれてしまうこともあるけれど。
俺の友達は、嫌な時間を忘れさせてくれる存在になったようだ。
時折、暴走して困ることもある美咲。
でも、それは俺と積極的に絡もうとしてくることの副作用みたいなもので、相手にすると疲れることはあっても嫌いじゃない。
最初の出会いは悪かったけれど、接しているうちに根はいい奴だとわかったアリカ。
外見とは違って俺よりも大人の考えを持っていること、目標に向かって一生懸命なところは好感がもてる。
今までのバイトでは、同僚とこんな付き合いをしたことなんてない。
記憶をたどっても。今まで一緒にバイトした奴の特徴なんて覚えていない。
それだけ俺が彼らと接していなかった結果だろう。
話しかけること、じゃれあうこと、一緒に遊びに行くなんてことも考えたことなかった。
ただ黙々と働き、時間を費やしているだけだった。
もしかしたら、自分でそうしていただけかもしれない。
自分で勝手に壁を作って、周りなど気にせずに孤立していただけかもしれない。
俺は見ているようで何も見えていなかったんだ。
美咲の言った言葉に従うなら行動しなければ変わらない。
以前と同じ過ちを繰り返さないようにみんなと付き合っていこう。
ただ後ろめたいのは、俺が自分の弱さに負け続けていること。
みんなと違って、家族の絆を失っていることを言えないこと。
いつかみんなに言える日が来るのか。そんな自信がつくのか。
こんな弱い俺をみんなは今みたいに受け止めてくれるだろうか。
☆
そろそろ店じまいの時間が近づくが店長が現れない。
アリカも裏屋に戻さなくてはいけないことだし、どうしようか。
カウンター脇のインターフォンで店長に連絡してみると、前島さんが出た。
「あれ、前島さん? 店長をお願いします」
『店長なら、もう上がってもらった。すまんが、美咲ちゃんに精算して金庫に放り込むように言っといてくれ。それとアリカにも裏屋を閉めるから戻ってこいと伝えてくれ』
了解し、受話器を置いたあと、二人にそれぞれ今の内容を伝える。
「んじゃ、あたし戻るわ。明日遅れないようにね」
「お前こそ遅れんなよ」
「アリカちゃん、帰りは運転気をつけてね」
「はい、ありがとうございます。では、お疲れ様でしたー」
頭をペコっと下げてアリカは裏屋へと戻っていった。
「さてと、こっちはこっちで片付けますか。俺、表を片付けてきますよ」
「うん。さっさとレジ精算して手伝うね」
てんやわん屋入口の看板を店内に引き込み、正面玄関をロック。
店内のブラインドを下ろして回る。
ブラインド下ろし終わったところで美咲が裏屋に向かっていった。
掃除をしていると美咲が裏屋に行って、すぐに戻ってきた。
「あら、もうほとんど終わりだね。手際よくなってる」
「そりゃあ、もう半月も同じことやってたら」
「そっかあ、明人君来てから半月になるんだ。もっと前からいる気がしてたよ」
二人して、掃除を終わらせて更衣室へ。
「明人君。明人君はここにバイト来て良かった?」
「そりゃあ良かったさ。希望通り毎日これるし、それに……」
「それに?」
「美咲が変わったみたいに、俺も変われるかもしれない」
「前向きなことはいいことだよね……できれば私がゴニョゴニョって言って欲しかったな」
「え? なに?」
「なんでもなーい」
衝立で見えないけれど、美咲は今どんな表情しているのだろうと少し気になった。
店を出た俺たちはいつものように帰路へ足を進める。
俺の生活はここに来てから俺の周りは変化を続けてばかりだ。
その歩みは遅いかもしれないけれど、美咲が変わってきたように俺も変わりたい。
その思いはあるのに、まだ勇気が足りないことが俺には悔しい。
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