122 恋愛≒好意10
「ややこしい言い方したかな~?」
ぽりぽりと頭を掻いて、店長は首を傾げながら裏屋に戻っていった。
「今の話、春ちゃんも似たようなこと言ってたなー」
「恋愛って色々な観点があるんですね。ああいう考えもあるんだって初めて知りましたよ」
美咲とアリカは、店長の話した恋愛論の話題で二人して意見交換している。
俺はというと、店長が言った最後の部分に引っかかっていた。
自分を認めてもらう欲求――それも弱さをか……。
「アリカちゃん見て。明人君がまた悪い癖出してるよ」
「ホントですね。実はエロいことでも考えてるんじゃないですかね?」
おい、そこのちびっ子。人をあからさまに煩悩の塊のように言うな。
俺がジロリと睨むと、アリカはぷいっと顔を背けた。
「それで明人君は、人を好きなるってどういうことか理解したのかな?」
「そうよ。人に聞いといて理解できませんでしたじゃ、はあ、何それってものよ?」
美咲の言葉に便乗したのか、背けた顔を元に戻す。
「いや、みんなの言っていることはわかったよ。結局、そのなんて言ったらいいのか。俺自身が体験してないんだろうな。店長の言ってた二段階目までなら、男なら誰でもありえることだし」
二段階目という言葉に美咲とアリカは赤面する。
「そ、そりゃあ、明人君だって男の子なわけだから、ねえ?」
「そ、そうですよねぇ。部屋にえっちぃ本の一冊や二冊あってもおかしくないですよねえ」
「ねえよ!」
残念ながらマジで俺の部屋には現在えっちぃ本は無い。
なんでそこに喰らいつくんだよ?
「それはそれで問題だと思うけど?」
「あんたまさか、女の子に興味がないだけじゃなくて、そっち系なの?」
「頼むからそれだけは勘弁してくれ。俺はノーマルだ」
「明人君もしかして、草食系?」
「えー、そんなタイプじゃないように見える」
「好きずきに言うな。俺だってやるときはやる」
言い方間違えた。今の言い方どう考えてもおかしい気がする。
案の定、美咲とアリカが顔を赤くして、頭を寄せ合ってヒソヒソと話し出す。
このパターンっていいことないから、好きじゃないなー。
『やる時ってやっぱアレかな?』
『アレってアレですよね? でも初めての時って失敗しやすいとか言うじゃないですか』
『男は本能でできるって春ちゃん言ってたよ』
『ええ、そうなんですか?』
『わ、私も経験ないから断言はできない』
『そ、それ言ったらあたしだって』
お前ら聞こえてるから。
こっちの顔が赤くなるじゃねえか。
『こ、今度、美咲さんちに色々勉強させに行かせてもらっていいですか?』
『う、うん。春ちゃんがいる時に、うちにおいでよ。一緒に勉強しよう』
おいこら、なんの勉強会開く気だ。
それには監視も必要だ。ぜひ俺も呼んでくれ。
いや、やましい気持ちはこれっぽっちもないんだ。
春那さんの大人の体験談が聞きたいなんてこれっぽっちも思ってない。
『見て、なんか明人君がやらしいこと考えてるよ?』
『ああ、あの顔はそうですね。本当に男ってのはアレですよね』
「ちょっとまて」
なんで俺の表情でそこまで分かるんだ。
俺、そんなに表情に出やすいの?
「あ、また乙女の会話盗み聞きしたな?」
「いや、聞こえるくらいの声で話してるのそっちだから! どこがやらしい顔してんだよ?」
「鼻膨らませてるもん。前に愛ちゃんに抱きつかれた時もそんな顔してた!」
「自分じゃわかってないでしょう。春那さんの胸に顔うずめた時だってデローンって……あ」
アリカのセリフが導火線になったのか、二人の気配がごろっと変わる。
空気は乾燥したようにぴーんと張り詰める。
なんだ、このヤバイ気配は?
「……そういえば、さっき店長が明人に気になる子でもいるのって聞いてましたよね?」
「……ああ、そう言えばそうだったねー」
あれ? 二人の目つきまでおかしくなってきたぞ?
「あれって、もしかして春那さんのことじゃないでしょうね?」
ずずいっと、アリカが顔を近づけて言う。怖いよ。
「いや、ちょっと待て? なんでそこに春那さんが出てくるんだよ?」
「明人君、春ちゃんの前だと異常におとなしくなるじゃない!」
「いや、それはあんな美人で、あんなにスタイルのいい人が傍にいたら萎縮するだろう?」
「「あ゛あ゛?」」
怖いよお前ら。人を射殺せるような目で睨んでくるなよ。
二人共顔立ち悪くないから余計に迫力あるんだよ。
「うふふふ。アリカちゃんどうやら明人君は春ちゃんに欲情してるようだよ」
「あははは。そうですねー。これは躾が必要だとあたし思うんです」
いや、その理屈おかしいだろ。
てか、二人して何ジリジリ寄ってきてんだよ?
「二人でお買い物行った時も話してたんだけどさー。春ちゃんの前だとかっこつけてない?」
「春那さんの前だと、妙にいい子ぶってるように見えるんだけどー?」
「春ちゃんも明人君のこと可愛いって言ってたしー」
「では、そういうことでー。はい、正座しなさい!」
何がそういう事なんだよ! 完全な濡れ衣じゃないか。
――結局二人の異様な迫力に逆らうことができず、なぜか正座でお説教された。
俺、何も悪いことしてないよな?
理不尽だと思ってもおかしくないよな?
なんで春那さんが絡むと俺はいつもこういう目に遭うんだろう。
あの人は現場にいなくても俺を虐める術を持っているのだろうか。
☆
お説教して満足したのか、二人は恋愛談義に夢中だ。
その表情を見ていると、恋愛に対する憧れが見えて、なんだか微笑ましくも思う。
みんなそれぞれに恋愛に憧れを持っていて、恋に恋焦がれる乙女なのだろう。
愛も好きな人と相合傘や昼食をとるのは自分の夢でそれが叶ったと喜んでいた。
美咲やアリカも、同じように好きな人と一緒に何かをしたいって夢を持っているのだろう。
店長が言った二段階目の欲求ってのが、いやらしい意味だけじゃないってのは、それで分かった。
もし俺が誰かを好きになったら、そういう風に思えるようになるのだろう。
そして、いつしか俺が弱さを見せられる人が……あれ?
……いや、ちょっと待てよ。既にいなくないか?
ついさっきのことだ。忘れることはない。
俺は美咲に俺が抱えてる事情のこと、家のことを話そうとした。
ちょっとした邪魔は入ったけれど、言おうとしたのは、美咲には聞いてもらいたいと思ったからだ。
何かが変わるような気がしたから。
なんで俺は最初に美咲に言おうとしたんだ?
今まで美咲のことをそういう目で見たことはないはずだ。
美咲の外見に見惚れることはあったとしても。
外見や性格は確かにいい人だ。年上とは思えずなんやかんやと手のかかる人だけれど。
バイト仲間ってカテゴリーだけなのに、一緒にいるのが当たり前になってきている。
学校以外の時間を共有しているのは、美咲が一番長い。わずか二週間あまりのことなのに。
――俺は、もしかして美咲に?
いや、きっと店長の話と偶然一致しただけだろう。
美咲にしても、年下でまだ高校生の男から言われても困るだろうに。
ちらりと話を続けている二人を見てみると、美咲と目が合った。
ほんの少しだけ視線が合うと、美咲はまたアリカに視線を戻す。
あ、美咲の今の表情はなにか企んでる。
なんとなくだけど分かってしまった。
その目の動きで気になったのか、アリカが俺の方に振り向いた。
あ、ばか。今、美咲に背中を見せたら。
「隙ありぃいいいいいいいいいい!」
「ぴぎゃあああああああああああああああああああ!」
またこの展開かよ。
どうか俺に被害が来ませんように。
きっと無理だろうな。
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