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帰路  作者: まるだまる
122/406

121 恋愛≒好意9

 人は恋をすると世界が変わる。

 何かの本で読んだ受け売りだが、本当なのだろうか。

 ……そんなセンチメンタルなことよりも、目の前の二人がおかしい。


 どうしよう?


 俺の「恋したこと無いから」と言ったのを受けてから様子がおかしい。というか怖い。

 こわばった表情をした後の美咲は。何だか憔悴した顔になって、乾いた笑いを浮かべていた。


『ははは……い、今までのは……ラグじゃなかったの?』

 肝心な所が聞こえなかった。今、なんて言ったんだろう?

 気のせいか、目に涙がたまっているように見えるけれど、俺の事をそんなに可哀想なやつだと思っているのだろうか。同情を誘うほど、恋を知らなくてすみません。

『いや、待てよ。それなら……』

 今度はよからぬことを急にたくらみ始めたのか、にたぁと笑う。

 その笑い方はやめろ。せっかくの綺麗な顔が台無しだ。

 だが表情はすぐに変わり不安そうな顔をし始める。

 何か思いついたことに、不安要素でもあったのだろうか?

「いやいやいや、そんなことは無い。種はいつか芽吹くはず」

 そう言うと小さくガッツポーズして、妙に嬉しげな顔をしている。

 うーん。コロコロと表情が変わりすぎて怖いんですが。 


 アリカはアリカで、こわばった後、俯いてやたらとニタニタとしている。

 なに笑ってんだと思ってよく見ていると、小さくブツブツ何か言ってる。

『しん……してない……いまか……まに……』

 ……アリカ……お前、言語中枢でもやられたの?

 もしかしてTウイルスにでも侵食された?

 そのうち『かゆ……うま……』とか言い出しそうなんだけど。

 

 俺がそう思って見ていると、視線がかち合う。

『!?』


 一瞬驚いた表情を見せるが、またいつもみたいにギロリと睨んでくる。

 指出したら噛みそうな勢いだ。

 そんな怖い顔するなよ。侵食されてもう凶暴なの?

 睨んだ後、ぷいっと顔を背け、どこかのマセた幼稚園児みたいに「うへへへ」と笑っている。


 さらに様子を見ていると、二人とも順番こそ違うが喜怒哀楽を繰り返している。

 どうしようか……。

 いつまでも休憩するのも店長に悪いし、このまま見てるのもなんだか怖い。

 どうしようか悩んでいると、気持ち悪い笑い方をしていたアリカが、急に真顔になった。


「……思い出した。あたしの初恋!」

 そういうアリカの顔が、ほのかに悲しそうな表情をしたのは何故なんだろう。

 気になるので、アリカの初恋話を聞かせてもらおうか。


「小学校一年のとき、いつも近所の公園で母親が帰ってくるのを一人で待っていた男の子がいたの」

 アリカはその男の子をなん度か見かけていたが、お互い話もしたことが無かったらしい。


「その公園で愛と一緒に遊んでてね。愛がこけて怪我したのよ。膝すりむいて血も出てさ」

 駆けつけて怪我をした愛を家まで運んでくれたのが、その男の子だったようだ。


「それから、顔を合わせるたびに手を振ったりしていたの。向こうも恥ずかしそうに手を振り返してくれたわ。あたしも公園に行った時その男の子がいないか、いつも探してた」

 けれど、その男の子は、ある日、急に姿を見なくなって、それっきりだという。

「きっと家の事情で引っ越したんだろうけど、あの時は悲しかったな」

 アリカはしみじみと懐かしそうに言った。


「あたし、あれがきっと初恋だったと思うの」

「お前、そんないい話忘れるなよ」  

「だって、切ない気持ちになったから。多分、それが嫌で忘れてたんだと思う」

 気の知った人がいなくなる。それは確かに子供であっても切なかっただろう。

 無意識に記憶の底にしまってしまったとしても、仕方のないことだったのかもしれない。

「戻れるのなら、最後に会った日に行って、ありがとう、またいつかって言いたいわね」

 いい話を聞かせてもらったのはいいが、アリカのドヤ顔がむかつく。

   

「いい話聞かせてもらったところで、そろそろ戻らないか?」

「あ、そ、そうね。いきましょう美咲さん」

 アリカがそう言うと美咲はコクコクと頷いて立ち上がった。

 美咲とりあえず涙拭いとけ。

 感情移入しすぎてボロボロ涙出てるぞ。


 更衣室を出て、カウンターに向かうと、店長は雑誌を広げてのんびりとくつろいでいた。

「あ~、おかえり。もっとゆっくりしてても良かったのに~。お客さん一人も来てないし」

 いや、店長。そういう問題じゃないと思うよ。

 てか、堂々と雑誌読んでるのもどうかと思うんですが?


「店長の読んでる本って難しいのよねー」

 美咲がぼそぼそと後ろから呟く。

「いや~、たまにこういうの見ないと感覚忘れそうでね~」

 店長の手にした雑誌の表紙を見てみると、全て英語で漢字や平仮名が一つも無い。


「それ外国の雑誌ですか?」

「アメリカで発行してるトレンド物の雑誌でね~。ちょっとした参考に見てるんだ~」

「店長、英語できるんですか?」

「うん。俺は今の仕事する前は海外での仕事が多かったからね~。英語なら今でも大丈夫だよ~」

 何でそんな人がこんな閑古鳥が鳴く店で店長やってるんだろう?


「今日は裏屋も退屈してるんだよね~。前島君は外回りに行ってるからアリカちゃん今日はこっちね」

 アリカはそのまま表屋で残り、こっちで店番することになった。

 道理でつなぎを着ていないと思ったら、元々そのつもりだったのか。


 店長にも聞いてみようかな。

 馬鹿にされそうでちょっと怖いけど。


「――あの店長?」

「ん? なんだい?」

 いつもの薄ら笑いを浮かべて、首を傾げる。


「あの、……人を好きになるって、恋したときって、男はどうなるんですかね?」

「もしかして二人にそれを聞いてたのか~。道理で二人とも様子がおかしいと思った」

 この人もよく見てるものだ。


「いやいや、恋愛ごとか。明人君は気になる子でもいるのかな?」

 店長が言った瞬間に、俺の左右にいる美咲とアリカから猛烈な気を感じた。

 何? このプレッシャー。

 なんでそんなに闘気出してるのさ。どこの戦闘部族なの?

 とりあえず、店長、今は裏屋に帰らないで欲しい。一人にされたら殺される気がする。


「そういうのじゃなくて、俺、初恋もまだなんですよ」

「ふむ……それは恋その物が分からないってことでいいのかな~?」

 店長は少しばかり目を閉じて黙考してる。


 わずかな沈黙、そしていつもの薄ら笑い。

 店長が仕草で椅子に座るよう促したので、俺達は従った。

 俺達が椅子に座ったところで、店長は静かに、ゆっくりと話しだす。


「俺の考えだけど、守りたいとか助けたいと思ったなら、それはすでに恋だと思うよ」

「でも友達同士でも、そう思う事はあるんじゃあ?」

 店長は俺が返すと、ふっと、いつもよりも薄ら笑いを深めて頷く。


「そうだね。友達とは友好関係にあたるから友達に恋してるといってもあながち間違いではない。これは受け売りだけど、男の恋愛には三段階の欲求に分かれてるといった方がいいかな~。まず一段階目。男はみんな自分より弱いものを守りたいっていう欲求がある。どんなことであれ、庇護下に置きたくなったら恋は始まってるといってもいいと思う」

 美咲とアリカはウンウンと頷いて、しっかり聞いている。

 どうやらとても興味があるようだ。 


「二段階目は、はっきり言って相手への肉体的欲求だろうね~。いやらしい意味だけじゃないよ? 相手にこうして欲しい、相手とこうしたいとかかな~。肉体的につながりを持ちたがる。君達くらいの年齢だと、エゴが強い感じになりやすいかな~」

 横にいるアリカと美咲の顔が赤くなっている。二人してどんなことまで想像したんだろう?

 少しばかり気になるから教えてくれないか? 


「そして三段階目、最もらしく聞こえるんだけど、精神的欲求だね~。これが一般的な恋に近いかな~。相手の心を自分だけに向けたい。通わせたい。親密な関係になると、これが起きるって言われてるね」

「それって二段階目と同じことなんじゃあ?」

「二段階目までは、愛が無くても出来るからさ。三段階目に入るのは個人差もあるけどきっかけが必要なんだよ。三段階目は恋から愛に変わった時だと俺は解釈してる。精神的欲求ってさ、求めると同時に認めてもらう欲求だと俺は思ってるよ。特に弱さをね」


 なんだか恋の話をしてるはずなのに、家族のことを言い出せなくて、一歩が踏み出せない俺のことを言われてるような気がした。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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