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帰路  作者: まるだまる
120/406

119 恋愛≒好意7

 俺の周りにいる人は目的や目標、夢を持っている。

 そう思うと、俺は寂しい人間の部類だ。

 時間がくれば、時期が来れば、何とかなると思っていた。

 言ったら甘い考えだ。

 今更ながら、アリカから初めて会った時に言われた俺が楽観しているというのは的を得ている。


 夢や希望を持たないやつは、やはり輝くことは出来ないのではないか。

 俺が高校受験の時に見た無表情なサラリーマンを怖いと思ったのは、彼らが夢敗れた人たちだったからかもしれない。無表情な仮面の下に、何があったのか。

 いつか、俺も同じような表情になるんじゃないかとすら思う。


「――明人君、また悪い癖でてるよ」

「あ、ああ。ごめん」 

「ほんとに明人って、考え事に夢中になる時あるよね。それよか食べなさい」 

 貰ったマフィンを口に入れると、ほんのりとメープルシロップの風味がする。

 美咲は「あまーい」と喜び、アリカは「いつもと気合が違う」と言った。

 そのマフィンの美味しさになんだか励まされた気がした。

 アリカが次のマフィンをパクっと一気に半分ほどかじりつく。

 モグモグと幸せそうな顔をしているが、口端にマフィンの欠片がついたままだ。

 落ちそうで落ちないマフィンの欠片が気になる。

 子供っぽいアリカがそうしてると、ちゃんとしてやりたくなった。

 こういうの父性っていうんだろうな。


「アリカ、ちょっと動くな」

「え? な、なに?」

 俺はアリカの口端に付いているマフィンの欠片を取ろうと指を伸ばす。

 アリカは俺が動くなと言って指を伸ばしたせいで、驚いた顔のまま固まる。

 ひょいと、欠片を指で摘む。

 摘んだ拍子にアリカの身体がビクッと揺れた。


「ケーキの欠片が付いてたぞ」 

 取ったはいいが、指で摘んだものをアリカに食べさせるのも悪いし、捨てるのも愛に悪い。

 食べ物は粗末にしてはいけない。

 少し考えた末に自分の口に放り込む。

 俺が口に欠片を放り込むと、アリカが目を見開いて顔を真っ赤にして驚いた。 

 そんなに欠片がついていたのが、恥ずかしかったのか?


「……ほほう?」

 またも美咲の口から絶対零度の響がした。

 ぞくぞくぞくと悪寒が走る。


「私の目の前で、アリカちゃんにちょっかい出すとは、いい度胸じゃないの」

 美咲の背後にどす黒いめらめらとした炎が見える。

 いや、ちょっかいじゃなくて、親が子の面倒見るみたいな感じなんですけど。


「いっとくけど、アリカちゃんは私のなんだからね! デートだってしたし」

 そう言いながら、アリカの椅子に自分の椅子をくっつけて、アリカに抱きつく美咲。

 アリカは抱きつかれた瞬間、「うひゃああ」と身を縮める。

 美咲の口の端がだらしなく緩んでいるが、きっと気のせいじゃないだろう。

 これはまさしく便乗でアリカに抱きつけたから、美咲はラッキーと思っているに違いない。

 土曜日の買い物では一度も無かったようだから、きっと欲求不満が溜まっているはずだ。


「他についてない? なんだったら舐め取ってあげてもいいんだよ?」

 美咲がアリカの顎に手をかけながら囁くように言う。

 傍から見ていると、口説いているようにも見える。

 ほほう、これが百合の世界か。


 でも美咲、やっぱりそれはやめてあげなさい。

 アリカが「ひぃっ」と、悲鳴を上げて引いているじゃないか。

 マジで怯えてるぞ。


 美咲は、またアリカをむぎゅっと抱きしめ、すりすりと愛おしそうに、

「うふ、うふふ。アリカちゃん。いい匂い。くんかくんか。やーらかい、うふ、うふ」

「あの、美咲さん。もう大丈夫ですから。離れてもらっていいですか?」

「きゃっか♪ さあ、アリカちゃん。ハグハグタイム、レッツ、スタート!」

「ぴぎゃあああああああああああああ!」

 ああ、美咲のスイッチが入ってしまった。

 しかも、今までに無いキャラだ。


 こういう時は、どうしよう?


「いやあああああああ! 助けてええええええええええ」

「ほれほれほれほれほれ、ここか? ここか? ここがえーのんか?」

 嫌がるアリカに蛇のように絡みつく。

 スイッチの入った美咲は壊れまくりだ。


 この間に入るの嫌だなー。

 止めたら、俺までお仕置きされそうな気がするし。


 ふと、マフィンに手を伸ばす。

 美味しい物は早く食べないと、作ってくれた人に悪いからな。


「あー、マフィン美味いなー。どうやって作るんだろうなー?」

 ちょっと喉も渇いたな。

 紅茶で一息。ふー、落ち着くなあ。

 

「明人、助けてええええええええええええええ!」 

「うふふふふ。逃がさないんだよ~。観念しなさ~い」

「ひょうっ!」

 美咲に敏感な部分を触られたのだろう。

 アリカが艶かし――――くない声を出した。


 いや、実に残念な声だった。

 北だか南だかの水鳥拳を使う人も、あんな声出してたぞ。

 つくづく色気の無いやつだ。


「い、いい加減にしてくださーい!」

 アリカが手で距離をあけて美咲に怒鳴った。


「無理♪ 往生せいやああああああ!」

 少しだけ抵抗を頑張ったアリカに、無慈悲な美咲の暴走キャラが止めをさした。

 するすると手をすり抜け、さらにひどい状態に絡まれている。

 アリカも、まさか即断されると思っていなかったのだろう。

 もう半ば放心状態で美咲のなすがままになっていた。

 いやー、美咲がここまでひどいの初めて見る。

 これもまた一つだな。

 

 ほんの一騒ぎし、満足げな表情を浮かべ、アリカを解き放つ美咲。

 アリカの口から魂が抜け出そうな感じに見えるが、きっと気のせいだろう。

 あ、嗚咽もあげずに泣いた。

 汚された気分なんだろうなー。

 どこかで心を癒してくれ。


「まあ、人生色々あるよな……」


 思わず呟いたのがまずかった。


 アリカは目に涙をためたまま、俺をギロリと睨みつけ立ち上がる。

 ツカツカと寄ってきて、ガシっと額を掴まれた。

 アリカさん、これは俗に言うアイアンクローだよね? 超痛いです。


「助けもしないで、いい根性してんじゃないの?」

 額に青筋を浮かべて、ギリギリと締め付ける。

 小さい手のくせに、なんて力だ。


 ――やばい。

 これは思った以上に痛い。脳から汁が飛び出そう。

 

 ちらりと美咲をみると満足気にマフィンを頬張っている。

 いや、そこで食べてないで助けてくれ。


 あ、無理だ。自分で気付いた。

 このシチュエーションは、さっき俺がアリカにしたのと同じだ。

 自分の行いは、自分に返ってくる。

 因果応報、これ、世の摂理。助けなかった俺が悪い。


 でも、ハグとアイアンクローなら、どっちがましかな?


 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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