11 てんやわん屋8
「あ、明人君! お客さんかも?」
笑顔で指差しながら言い、美咲さんの示す方向を見る。
入り口越しに初老の夫婦が、車から降りてこちらに向かって来ていた。
夫婦は会話しながら、こっちに向かっているが手には荷物も無い。
それを見る限り、表屋に用事があるのは間違いないだろう。
入り口の自動ドアが開き、
「「いらっしゃいませ!」」
俺と美咲さんが同時にお客を声をかける。
夫婦は、一瞬こっちを見やると店の中を見回す。目当ての物でも見つけたのか、奥の棚の方へ歩いていった。
「明人君、初のお客さんだね。買ってくれるといいけど。ふふ」
美咲さんは、お客さんの動向を見ながら嬉しそうに囁いた。
中古販売店だと、買いたい物があっても、物の程度によっては二の足を踏む物もあるだろう。俺が客でもそう思うから、ここに来る客だって同じ思いを持つだろう。程度によっては、高いと感じるものもある。これには個人差がでるだろう。やっと来たお客なので、できれば何か買っていって欲しいところだ。接客は積極的に攻めた方がいいのだろうか? 疑問を客に聞こえないように美咲さんに質問してみた。
「美咲さん、お客さんにこっちから希望商品とか、聞いたほうがいいんですか?」
「聞かれたら答えればいいよ。ノルマがあるわけでもないし、のんびり見てもらいたいしね」
「なるほど、中には店員に話しかけられるの嫌な人もいますもんね」
「……私もその口だね」
その言葉は俺にとって、今日の中で最も驚いた発言だった
「またまた、そんなキャラじゃないでしょう? 店員さんを困らしてるんじゃないですか?」
意外な答えに俺は、思ったことをそのまま笑って言うと、
「……明人君、君は私をそう見てるのか?」
少しむすっとした顔でジト目で睨んでくる。
美咲さんなら、店員を呼んで、あれでもないこれでもないってしてそうだ。楽しげにやり取りしながら買い物してる気がしたんだが、そういうことはないような言い振りだ。想像とは違ったが、店員が苦手な人もいるから普段とは違うのかもしれない。
美咲さんは急にモジモジしはじめ、
「だって、ほら私、人見知りだし……」
こちらをチラチラ見て体をよじりながら言った。
「だれが? なんだって?」
思わず素で聞き返した。
「だから……人見知り……」
「どの口がそう言ってんですかね? 人見知りって意味わかってます?」
俺は引きつった笑いを浮かべながら、美咲さんに詰め寄る。
「そんなに近づかれると照れちゃう。ぽっ」
「いやいやいやいや! それもおかしいでしょ! なんか『ぽっ』って口で言ってるし!」
「くっ……気弱キャラもダメか!」
顔を背けながら悔しそうにしていた。……何狙ってんだ? この人は。
「どんだけキャラ演じたいんですか!」
「ふっふっふ。知りたくばワシを倒してみせい!」
(もうやだ、この人……)
軽く頭痛がしてきた。美咲さんは俺の方に向き直り、指を立てて軽くウィンクしながら、
「明人君、お客さんいるんだから、ふざけちゃ駄目だよ?」
「あんただ! あんた!」
俺は客が店内にいることを一瞬忘れてしまい、自分の声の大きさにびっくりして慌てて口を塞いだ。幸い客はチラリとこちらを見ただけで、また商品に視線が移っていった。気にされていないようだったが、怪しまれないように気をつけよう。
老夫婦は頷きあいながら、小型の空気清浄機を手にしてこちらに向かってくる。
「明人君がレジやってね。私は袋に入れるから」
「はい、わかりました」
美咲さんは小さな声で指示を出し、俺も同じように小さな声で返事した。
「こちらの商品は二千円になりますが、こちらでよろしいですか?」
そのスマイルいくらですか? と聞きたくなるくらいの笑顔で、美咲さんは商品の購入確認をする。
老夫婦の旦那さんのほうが、うんうんと頷くが見惚れてるような気がするのは気のせいか。
「かしこまりました。清算はこちらでお願いします」
レジ操作を待つ俺へ客を促し、バトンパスされた俺はレジの操作に掛かった。
財布を持った奥さんが、俺の前でレジ操作を見ながらお金を用意している。
その間に美咲さんは客から商品を預かる。強力パワーと書かれた空気清浄機をすっぽりと覆う袋にすばやくしまい、旦那さんに渡した。二千円ちょうどを預かり奥さんにレシートを渡すと「ありがとう」と言って、先に歩き始めた旦那さんを追いかけていった。
「おし! ひとつクリア!」
俺は小さくガッツポーズ。
仕事を覚えていく喜びは、どんなバイトでも上手くいくとやっぱり嬉しい。
「お客が来たら、美咲さんみたいにすればいいってのも、分かりまし……」
俺は美咲さんに向かって話しかけようとして、言葉を失った。
俺と同じように、美咲さんは小さくガッツポーズしながら、目をうるうるさせぶつぶつ呟いている。
「美咲さん?」
「……やった、やったわ。……明人君と最初の共同作業。……いつかケーキとかにもしちゃうのね。うふふふふ」
「ちょっ? 一緒にレジやっただけで、何でそうなるんですか!」
「……こうやって少しずつ、愛が深まっていくのね。うふうふふ」
「み、みさきさん! 正気にもどれ!」
「みみさきさんなんて、いないわよ⁉」
顔だけこっちに向け、ぎろッと睨んでくる。
何故、睨む? もしかしてトラウマか?
ふっと表情を崩した美咲さんは俺の方に向き直り、笑顔でこう言った。
「いい? 明人君、私に惚れちゃダメだよ? 苦労するよ?」
「あー、もう……どうでもいいです」
また頭が痛くなってきた。
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