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帰路  作者: まるだまる
119/406

118 恋愛≒好意6

 ――変わろう。俺も変わってみよう。


 ほんの小さなきっかけかもしれないけれど。

 美咲の話を聞いて、そう思ってしまった。


 美咲も俺と同じだった。

 誰かと一緒にいられれば、嫌な自分を忘れられる。

 俺と同じじゃないか。


 今の俺は、現実逃避しているだけのただの子供だ。

 自分から何もせず、ただ時間を無駄にしてきただけ。

 何かをすれば変わるかもしれないのに、ただ傍観しているだけ。

 まるで他人事のように。


 一歩前に出てみるには、どうすればいい?

 

「えい」


 また美咲に鼻を摘まれた。


「ふぁかりゃ、なんれふぁにゃふぉふはふ?」(だから、なんで鼻を摘む?)

「まーた、悪い癖が出てるからだよ」

 美咲は笑って言った。


 すぐさま鼻から手を離したが、つんつんと鼻を突かれる。


「思いつめたって何も変わらないよ。変わるのは行動した時だけだよ。私が言うのもなんだけどね」

 そう言った美咲が、俺には眩しく見えた。


 言ってみよう。美咲に俺の事情を話してみよう。

 それが俺の第一歩のような気がした。

 何も変わらないかもしれないけれど。小さなことが変わるかもしれない。

 小さなことがやがて大きなことに繋がるかもしれない。


 どう伝えたらいい?

 何から伝えたらいい?

 頭の中で整理がつかない。

 

「美咲……あの、俺……」

「ん?」


 俺が美咲に言おうと、たどたどしく言葉を選んでいると、入り口から客が入ってきた。

 なんてタイミングの悪さだ。

 意を決して言おうと思ったのに出鼻を挫かれた。


 客は店内をウロウロとしただけで、すぐに出て行てしまった。

 大事な話しようとしてるのに用も無いのに来るなよ。

 ……やめよう。

 八つ当たりだ。客には何の罪も無いのに。


「明人君、さっき何か言おうとしなかった?」

「あ、いや。客が見えたから言おうとしただけだよ」


 ――結局、言うタイミングを逃してしまった。

 そしてまた俺は嘘を重ねる。

 変わらない。何一つ変わらない。


 俺の前向きな気持ちは、些細なことで行動できないのか。

 ますます自分が嫌になる。

 

 また美咲に感づかれても困る。

 ここは意識を振り払おう。

 今は独りじゃない。美咲がいる。




 それからしばらくの間、客も来ない時間が続き、俺と美咲の雑談は続いていた。

 すると裏屋への扉が開き、店長とアリカが現れた。 

 店長は手に籠を持っていて、その籠には小さなマフィンケーキがたくさん載っていた。


「今日は連休中だから客が少ないでしょ~。はいこれ、君達の分」

 籠をカウンターの上に置いて差し出す店長。


「うわ、美味しそう」

「アリカちゃんの妹さんが、えーと、愛ちゃんだったかな? 皆さんでどうぞって」

「愛がいっぱい作ったから持ってきたのよ」 


 つまり、愛のお手製なのだが、これどう見ても店で売ってるようなレベルの見栄えだ。


「俺がここ見てるから、三人で食べておいで~。せっかく持ってきてもらったからね」

 店長の優しい言葉に美咲が「わーい店長大好き!」と、最も幼い発言をした。


 店長の言葉に甘えて、三人で更衣室の中でティータイム。

 とはいっても、ドリンクはペットボトルの紅茶だ。

 更衣室の小さなテーブルの上に籠を置いて、囲むように座る。


「愛ちゃんって、お料理もお菓子作りも出来るんだね」

「あの子のとりえなんで」

 美咲の話にアリカが微笑む。


「本当に将来これで食っていけるんじゃないの?」

「え? 愛がそんなこと言ってたの?」


 あれ、アリカは聞いたこと無かったのか?

 マフィンをいただきながら、太一や響、愛と昼飯を一緒に食べた時の話をした。

 一瞬、二人から黒い炎の気配がめらっと上がる。


 ――何で?

 俺がビクビクしていると、二人して「続き」と言うので従った。

 何か気に触ること言ったのだろうか。トリガーが分からん。


 気を取り直して、響に将来何がしたいかと聞かれたときの話をした。

 その時に、愛は料理関係の仕事にできればつきたいと言った。


「それ初耳だわ」

 アリカは少しショックを受けているような顔をした。

 きっと、今まで愛のことなら何でも分かっているつもりだったのだろう。


「アリカちゃんが未来を見つめてるから、愛ちゃんもならって目標立てたんじゃない?」

 その言葉が慰めになったのか、アリカは「そうだといいですね」と小さく笑った。


「まあ、弁当といい、このケーキといい、確かに調理は上手だからできそうだけどな」

 そう言うと美咲が同調して、うんうんと頷いた。


「あんたは何か見つかったの?」

 アリカがぼそっと聞いてくる。

 そういえば、俺とアリカの初対面で喧嘩になったネタだ。

 ここは、正直に言うのが正しいだろう。


「いや、まだだ。お前に言われてから結構考えているんだが、思い浮かばない」 

 また何か言われるかなとも思ったが、特にアリカは何も言わず俺を見つめるだけだった。


「ふーん。まあ、考えるようになっただけましじゃない。それで美咲さんは将来何になりたいの?」

「え、わ、私?」

 アリカの不意な質問に動揺する美咲。

 そういえば、美咲と色々話しているけれど、そんな話を聞いたことが無い。


「わ、笑わない?」

 うんうんと頷く俺とアリカ。


 アリカは神妙な面持ちで美咲が言うのを待ち構えている。

 俺といえば、このパターンなんとなく答えが見えている。

 美咲は少し俯いて、照れくさそうに顔を赤らめながら、小さく呟く。


「……お、お嫁さん」


 やはりそうきたか。

 この展開なら王道パターンだ。


 しかし美咲。結婚までには料理上手くなっていこうな。

 一瞬、俺の脳裏で、さっき封印したスライムが群れをなして、家中を闊歩しているのが浮かんだ。

 あれと毎日格闘はチートクラスの勇者じゃないと無理だろう。

 


「美咲さん」

「はい!」

 アリカが険しい顔をして、ずずいっと美咲に寄った。

 一瞬、美咲が怯えたのも見逃さない。


「ですよねー。晩婚化って言われてる時代でも、女の子の夢ですよねー」

 ニパッと笑って、美咲の手を掴んでぶんぶんと振る。

 アリカも同調すると言うことは、同じ思いがあるのだろう。

 いつの時代がなっても、女の子は、愛しい人との幸せな家庭を夢見るのだ。


「まあ、二人とも結婚するときは、ぜひ呼んでくれ。盛大にお祝いするから」

「「あ゛あ゛?」」


 なぜ怒る?

 二人して声を荒げて睨まなくてもいいじゃないか。

 相変わらずトリガーが分からん。

 二人が怖い顔して睨んでくるので、話を少し振りなおす。


「お嫁さんはわかったけど、大学卒業したら何するつもりなの?」


 美咲の美貌ならば、アナウンサーとかでも通用しそうだが。

 お天気お姉さんなんかとても似合いそうだ。

 想像してみたが、美咲が暴走して天気予報で暴れていた。

 変な兎の着ぐるみの首を絞めている姿も浮かぶ。

 それマスコットだから駄目だぞ。想像の中なのになぜか突っ込んでしまう。

 うん、無理だ。いや、無茶な想像だった。

 そもそも人前に立つ職業は、今の美咲の状態では、まだ無理だろう。


 少しばかり美咲は黙考して、言葉を選びながら呟く。


「できれば環境を化学するみたいな会社いきたいけど。希望通りは難しいよね。私、理数系じゃないし」

 意外と美咲はしっかり考えていた。


「環境を化学ってどんな感じなんですか?」

 アリカも少しピンとこないようだ。

 俺も同じなのだけれど。


「簡単な事例で言うと、生活排水を綺麗な水にする浄水システムを開発する事業とか、そうだね」 

 さらに思ってた以上に難しいことをいっている。


「世の中、環境汚染が進んじゃってるから、何らかの形で改善する側にいたいの」

 

 みんな、なんだかんだと考えているんだ。

 俺は、みんなのように、やりたいことが見つかるのかな?

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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