117 恋愛≒好意5
開店準備を終え、さあ、商い開始。
店内にポツポツとスペースが目立つ。
昨日運搬したのが多かったのが、その理由だが。
一応、補充はされているらしく、昨日には無かった商品がいくつか並んではいた。
美咲は物が減った店内を確認しに行って、戻ってくると、
「……ニケ君やボルケイノさんもいない」
と、寂しそうに言った。
ちなみに、どの商品がその名前だったか、教えてくれないか?
相変わらずの閑古鳥。
店内の空きスペースを整理しなおたりして、時間を潰すも時間は稼げない。
結局いつものように美咲とトークで時間を潰す。
春那さんも、今日から次の日曜日まで休暇らしく家でゆっくりしているそうだ。
近々、秘書検定の試験を受けるそうで、合格すると正式に秘書となるらしい。
オーナーには、すでに三人の秘書がいて、春那さんで四人目になるそうである。
「第一秘書さんが、春ちゃんが脱帽するくらい凄いんだって」
聞く限り、高スペックな春那さんが脱帽するって、どんな人なんだ。
「前に奈津美さんも言ってたけど。あれは人間じゃないって」
「へー。そんなに優秀なんだ?」
「オーナーがてんやわん屋に遊びにこれるのも、その人のおかげなんだよ」
オーナー仕事じゃなくて、遊びに来てるのか……。
「前にオーナーがここに来たとき行方不明になったから、それで春ちゃんが第一秘書さんに随行を任命されたんだって。しっかり監視するようにって言われてるそうだよ」
オーナーが決めたんじゃなくて、第一秘書さんが決めたんだ?
もしかして、オーナーって逃亡癖でもあるのだろうか。
「秘書ってよくわからないけど、難しいのかな?」
「どうだろね? 春ちゃんも苦労してるみたいだからねー。私には無理だろうな」
二人して想像力の限界に近付いてしまい、この話題は終了になった。
それから今日ユニシロに行って買い物をした事と、綾乃と涼子さんに会った事を話した。
あえて綾乃の虎柄パンツが見えた話をしなかったのは、言うまでもない。
言ったら、確実に首を締められる予感がする。
「知り合いとばったり会うだなんて、世の中狭いよね。昨日の私達もだけど」
確かにそれはそう思う。
まあそのお陰で愛をびっくりさせることも出来たし、響をまた一つ知ることが出来たのだから、結果としては良かったのだと思う。
美咲の三鷹さんに対する警戒というか緊張も知ることができた。
未だに美咲の人が怖いというのに克服できないところがあるのだろうか。
「美咲、三鷹さんにやたら緊張してたけど、俺や太一の時何も無かったでしょ?」
美咲も、うーんと頭を抱えているようだが、自信なさげに呟き始める。
「多分、明人君と太一君に変な緊張しなかったのは、ここだからだよ」
「ここ? てんやわん屋だからって事?」
こくりと頷く美咲。
そう言うと美咲は去年の話をし始めた。
春那さんに連れて来られて、ここで半ば強制的にバイトを始めることになった美咲。
とは言うものの、はっきり言って役立たずだったらしい。
なにせ、接客がまったく出来なかったらしいのだ。
店長や立花さんにも怖がって、高槻さんや前島さんは、当時の美咲からしたら論外だったらしい。
高槻さんも前島さんも見た目怖そうだから、見た目って大事だなって、少し思った。
店長とは三週間ほどかかって、やっとまともに話せるようになったと前に言っていた。
これは店長の努力なのだろうと俺は思った。よく諦めずに美咲を雇い続けたものだと思う。
何気に店長は話しかけてくることが多い。きっと店長自身が気遣ってくれているのだろう。
店長とは話せるようになったものの、二ヶ月経っても店長以外の前だと緊張が解けずにいたという。
そんな時、店長が春那さんと美咲の絡みを見て、『ちょっと演じてみようか』と言ったらしい。
店長は美咲が思い浮かべるなりたい自分になってみればいいと言ったそうだ。
ただし、演技で。
そっちの方が難しいような気がしたけれど、美咲には効果があったらしい。
美咲は店長の言葉を信じてやってみると、接客も徐々にできるようになったようだ。
夏が終わる頃、少しの話なら高槻さんたちとできるようになったそうだ。
ちょうどアリカもその頃に顔を出すようになったらしい。
事の起こりは奈津美さんが店長代理として来た時。
シフト調整をして、わざと美咲を一人にする日を作った。
最初は意地悪されているのかとも思ったそうだが、何のことは無い美咲のためだったようだ。
誰かに依存し続ける自分に、奈津美さんが自分自身の力で立ち向かわせてくれたと美咲は言った。
その結果、美咲に自信が少し生まれ、今の美咲の基礎となっているようだ。
「でもね。未だに外では自信がないの」
心に不安の翳りを帯びて、その表情はさっきのバスから降りてきた美咲と同じだった。
「ここに来ると、私は自信が蘇るの。私が変われた場所だから」
その台詞と共にいつもの人懐っこさのある表情に変わる。
ふと、今までの美咲を思い出す。
会話の節々で、美咲は探っていた。どう演技すればどうなるのかを。
いつか見た美咲の虚ろな目は、それが見つからなかったのではないだろうか。
それはきっと俺に対しても一緒だったのだろう。
いつか俺が言った『ありのままの美咲』という言葉。
あの時の美咲が変な反応を示したのは、演技している自分があったからだろう。
美咲の事がまた一つ。俺の中に積まれていく。
「私は誰かと一緒にいるときは、嫌な自分を忘れられるの」
「え?」
誰かと一緒でいられるときは嫌な事忘れられるって……。
……それって、俺と一緒じゃないか。
「これが藤原美咲だよ。明人君、ちゃんと覚えていてね」
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